第七十八話 自己紹介
ブクマやポイントありがとうございます!
帝国の対外侵略に置ける最重要拠点であるベルバーン。その最も高い塔の最上階は代々、帝国の武を代表する者達が占拠してきた。だが、そんな栄光の象徴は、今や屋根はないわ、壁には穴が幾つも開くわでとても元の面影はない。
「世話になったな、ユァーリカ」
気を失っているロマノフが冒険者達によって縛り上げられている光景を背に、スコットはユァリーカにそう礼を言った。
「いや、大したことは。ロマノフを倒したのも、ベルバーンを解放したのもあなた達ですから」
が、何の含みもなくそういうユァーリカにスコットは肩透かしを食らったような気分になる。何しろ、ベルバーンを青竜騎士団から解放できたのは、誰がどう見てもユァーリカの力なのだ。
「何か俺達にして欲しいこととかはないのか?」
「いや、俺達は帝都に行くためにここを通りたかっただけだから」
「そ、そうか」
確かに青竜騎士団がいた頃のベルバーンは人の出入りは勿論、物流も完全に封鎖されていた。そのため、青竜騎士団を排除すれば通れるのではないかという考えは理が通っている。しかし、それ以外に方法がないかと言うと、そうではない。
(これだけの力があれば、もっと簡単にベルバーンを通る方法があるはずだ。一体、どういう……)
スコットがそんなことを考えていると、ユァリーカが何かを見つけ、声を上げた。
「あ、皆も来たな!」
ユァリーカがそう言うや否やスコットと冒険者達は後ろを振り返り、そしてその途端、目を疑った。
(船が地面の上を走っている、だと?)
それを見てスコットは少年時代に見た冒険者達のことを思い出した。魔物討伐の依頼を受けて村まで来た冒険者は力と自信に満ちており、子どもだったスコットはその力強さに全身の毛が逆立つような思いがしたものだった。
そして今、その時の興奮を遥かに凌ぐ衝動がスコットを襲っていた。
(一体、こいつは何者だ)
スコットがそんなことを考えているうちに、地面を走る船──勿論ムサシのことだ──からヨルクやクロエ、エルが降りてくる。
「今後のことで少し話し合いたいんだが、構わないか?」
クロエがそう言うと、スコットは力強く頷いた。スコットやティーゼを始めとした怪我人は【戦乙女】とベルバーン解放戦線に所属するヒーラーの治療を受けており、傷は癒えているし、体力もそれなりに回復していた。
「こちらへ」
ティーゼが一同を案内する。彼女はこんなこともあろうかと、話し合いに使えそうな部屋を見繕っていたらしい。スコットは、信頼の厚い数人の冒険者だけを残し、後は見張りと片付けのために街へと散るように指示をした後、部屋へ向かった。
「とりあえず、自己紹介からさせて貰います」
皆が席に着くなり、ティーゼが口火を切った。パーティーの中で、いや、ベルバーンの冒険者の中で最も冷静で視野の広い判断が出来るティーゼは他の組織との折衝役には最適だ。彼女の手腕が無ければ、外国の支援を受けるような段取りは出来なかっただろう。
「私はティーゼ。ベルバーンの中級冒険者で、ベルバーン解放戦線の副リーダーです。そして、こっちがスコット。中級冒険者でベルバーン解放戦線のリーダーです」
「じゃあ、こっちは俺から。俺はヨルク。あんた達と連絡を取っていた者だ。だが、別に大したもんじゃない。ただのコソ泥だ」
スコットとティーゼは一瞬視線を交差させ、お互いの意志を伝えあった。ヨルクのことは魔法や手紙でやりとりしただけだが、ティーゼはヨルクの軽薄な言動の裏にある強かさや計算高さに早くから警戒を見せていた。
ユァーリカ達に城壁の破壊だけを依頼し、青竜騎士団は自分達と援軍で抑える手筈を取ったのも、ヨルクを警戒したからなのだ。
「次は私だな。私はクロエだ。元帝国兵だが、信用してくれ。裏切ってから大分経つしな」
「元帝国兵のクロエ……まさか先賢のクロエ!? 生きているはずが」
ティーゼが驚きのあまり、席を立つ。そんな彼女の驚く様子を見て、クロエは嬉しそうに手を叩いた。
「まさか、まだ私のことを知ってくれている人がいるとはな! 分かってる。異世界から召喚された者はこの世界の理に縛られない。つまり、半不老不死ってことだ」
「異……世界?……召喚?」
スコットが困惑した声を上げる。そんな彼にティーゼは簡潔かつ適切なフォローをした。
「彼女は元勇者なの」
「勇者!?」
思わず身構えるスコット。だが、それに遅れてティーゼは彼を止める。
「待って、スコット。彼女は今は帝国のお尋ね者なの」
「だけど!」
「分かってる。もし、信用出来ないなら、私はこの部屋から出て行く。ただ、まだ自己紹介の途中だ。終わるまではここにいさせてくれ」
ティーゼに抑えられ、スコットは静かに席に着く。だが、彼はまだクロエを全く信用していないため、手は剣の柄にかかったままだ。
「次は私。私はエルヴィール。ユァーリカとルツカの友達」
まるで絵画から抜け出たような整った顔立ちの少女が短く自己紹介する。エルの説明は言葉が足りなさすぎて、スコット達には訳が分からなかったが、幸か不幸か、この場にはそれを付け加えるお喋り者が一人いた。
「あ、小さくても神聖エージェス教国の教皇様です」
「はあぁぁ!」「き、教皇様っ!」
ヨルクの言葉にスコットとティーゼは共に声を上げる。部屋の外にいた冒険者達が、それを聞きつけて慌てて入ってくる。それでようやく自分達の立場を思い出したスコットとティーゼは、彼らに“大丈夫だ”と言いながら、部屋の外へ押しやった。
「し、失礼した。エルヴィール殿。何せ、予想外だったもので」
「気にしてない。後、エルでいい」
「正体があんまりばれるのも不味いだろ?」
再び言葉を足すヨルクに二人は無精無精頷いた。
「で、俺はユァーリカ。聖霊から選ばれた救世主……らしい」
「改めてだが、さっきは世話になった」
「いや、ほんと、大したことじゃないんで気にしないで下さい」
大したことだよ!
と突っ込みたくなる自分を自制するスコット。本当に救世主かどうかなんて、スコットには確認のしようも無いが、ユァーリカにそれを名乗る力があることだけは確かだ。
(にしても、どんなパーティーなんだよ)
元勇者に神聖エージェス教国の教皇、それにこの世界、アルディナの救世主。一体何があればこんなパーティーが出るというのか。
「じゃあ、早速始めたいが、いいか?」
スコットの方を窺いながら聞いてくるクロエに、彼は一つ頷いた。正直、スコット自身はクロエのことを信用している訳では無いが、もはやそんなことは些細なことに思えて来たのだ。
「まず、今後のことだが、君たちはどう考えている?」
「正直、結果が出来すぎていて、白紙状態です。確かにベルバーンを青竜騎士団から解放したいとは思いましたが、いくら外国の手勢を城壁内に入れても、彼らを牽制するくらいのことしか出来ないだろうと考えていましたから」
「まあ、そりゃそうだよな。数が違いすぎる。まさか、城壁があんなことになるとは思わないよな」
「あー、もしかしてちょっとやり過ぎたかな?」
「……ちょっとではない」
わざとらしく嫌味を言うヨルクだが、その手の嫌がらせはユァーリカには通じない。だが、エルにまで釘を刺されると流石に応えたようで、小さなため息をついた。
だが、今はユァーリカに内省を促すよりも話すべきことがある。エルはティーゼの話から自分が理解したことを口にした。
「駐留する青竜騎士団の駆逐は帝国への反逆。でも、そこまでは考えていなかったと」
「まあ、有り体に言えばそうです。民衆は帝国から開放されて嬉しそうにしていますが、現状帝国に代行する武力があるとは全く思えません」
「なるほど。ところで──」
エルとティーゼの間で着々と状況の確認と共有が続いていく。ユァリーカやスコットにとっては守備範囲外の話らしく、二人の話は右から左に抜けていっている状態だ。
「分かった。じゃあ、神聖エージェス教国の教皇派が占拠したことにする。ベルバーンは暫定的に私の直轄領。そうしたら、信仰とか面倒くさい話はとりあえずなくなる。後、自治は約束する」
「……細かな条件の折衝はしたいけど、基本的には願ってもない話ね。あそこまで徹底的に青竜騎士団を倒してしまった以上、今更帝国に戻れないし」
「つまり、俺達は仲間ってことでいいのか?」
スコットがティーゼとエルにそう尋ねる。二人が“まあ、とりあえず”と返答すると、ユァーリカやクロエは手を叩くし、スコットもまんざらでは無さそうな笑顔を浮かべる。
「じゃあ、今日は戦勝会だ! ベルバーンの自由と救世主に乾杯だっ!」
「俺は救世主なんかじゃないですよ」
急に肩を組まれて驚きつつも、ユァーリカはそういうが、誰も聞いてはいない。ここにはいない仲間と連絡を取りに退室するティーゼとエル以外の面々はテンションを上げながら、人を呼び、酒宴の準備を始めた。
読んで頂きありがとうございます! 次話は12時に投稿します!




