第七十七話 救世主
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「お前の粘りは認めてやるが、所詮前座。これで終わりだ」
そう言ってロマノフは剣を水平に構える。その必殺の構えで一言唱えれば、雷がスコットに向かう。それはスコットを戦闘不能にするだけでなく、命すら奪うかも知れない一撃だ。だが、スコットには恐れはない。なぜなら、彼には一つの確信があったからだ。
(どちらにしろ、俺はここで終わりだ)
例え急所をそれたとしても、あの剣の雷を受けてただで済むとは思えない。だから、スコットは覚悟した。そして、同時に感謝した。
(ありがとうよ、救世主。あんたのお陰で相打ちだ)
ロマノフが“天龍”と叫ぶと同時に、スコットがおたけびを上げて剣を出す。すると、ロマノフの雷に一瞬遅れてスコットの剣からも雷が走った。
“一時的な効力しかないと思うけど、君の武具にもあいつと同じ力を付与しておいた。だから、思う存分に戦ったらいい”
ユァーリカがスコットに彼の剣を返した時に言った言葉がこれだったのだ。
スコットの胸を雷が打った後、ロマノフの胸にも雷が突き刺さる。二人が浴びた雷は、人の命を奪うには充分すぎる威力だ。故に彼らはそのまま倒れ、動かない。
だが、一部始終を見ていた周りの人々はすぐに反応した。
「スコットっ! 立てや!」
駆け出しの頃にスコットに命を救われ、以後独り立ちするまで面倒を見てもらった冒険者が叫ぶ。少年といってもいい年齢の彼に続いて、傍にいた同い年くらいの少女も叫ぶ。
「スコットさん、立って下さい!」
彼らを皮切りに冒険者達が口々にスコットへ声をかける。彼を助けに入らないのは、皆がこれを所謂決闘に近いものだと感じているためか。
「スコットっ!」
「スコット兄っ!」
冒険者達から次々と声がかかる。それが、意識を失ったはずのスコットにも聞こえたのか、彼の指が痙攣するように少し動いた。
その僅かな動きに気づいた冒険者達はさらに歓声を上げながら、スコットの名を叫ぶ。声の高まりと共に、スコットの動きも少しずつ大きくなる。
最初は拳。次に腕。
身動き一つしなかいロマノフとは対照的に、スコットはゆっくりと立ち上がろうとする。
「スコットっ、こんなところで死なないでっ! 私を一人にしないで!」
そして、それまで何も言葉に出来なかったティーゼが嗚咽しながら叫ぶと、ついによろめきながらスコットが立ち上がる。その時、冒険者達の熱狂は頂点に達した。なぜなら、それはスコットが敵をとったことを示すのと同時にベルバーン解放戦線の勝利も意味していたからだ。
(危なかった)
ぼんやりした意識の中でスコットはそう思った。
(今、俺は確実に生と死の瀬戸際だった)
肉体的にも限界だったが、それよりも先に心が折れ、死を受け入れていた。そんなスコットに生への執着を呼び起こしたのは、仲間の声援であり、ティーゼの哀願だった。
スコットは傍に駆け寄るティーゼの肩を抱き、高らかに勝ち鬨を上げた。
「みんな、俺達の勝ちだっ!」
だが、その時、まるで彼らの喝采を裂くよう一条の雷がスコットに走った。
「油断しおったな! お前らなんぞが私によって勝てるとでも思ったかっ!」
ロマノフが立ち上がる。流石にダメージは大きく、足取りは覚束ないが、彼の顔はだまし討ちをしてのけたことで勝利を確信していた。
(所詮烏合の衆だ。戦意を折れば自ら崩れるわ)
相手が勝ったと思ったタイミングでの不意打ち。これもロマノフの得意技だった。
「さあ、次はどいつを消し炭に……」
そう言いながら、冒険者達を見舞わした時、ロマノフの喉元に杖が突きつけられた。それは、呪法使いがよく持つような長めの木の杖だ。さほど高価とは言えないその杖でロマノフに向かいあったのは怒りに震えたティーゼだった。
「あんたって奴は!」
ティーゼが怒りを露わにして打ちかかる。だが、ロマノフは鼻で笑いながら、それを躱し、ティーゼの腹を蹴る。
「っ!」
短く悲鳴を上げながら、飛ばされ、うずくまるティーゼ。そんな彼女にロマノフは自分の剣の切っ先を向けた。
「すぐに後を追わせてやる!」
ロマノフが“天龍!”と叫ぶと同時に雷が走る。重戦士のスコットならともかく、ティーゼでは耐えられない攻撃だ。
それでも、ティーゼはまっすぐロマノフを睨みつけていた。まるでそうすることで、屈しないという意志を示すかのように。
だが、その視線は不意に遮られる。自分を庇うように立つその人が視界に入ったのと、ロマノフの放った雷が彼に突き刺さるのは同時だった。
「スコットっ!」
雷に打たれるスコットを目の当たりにして悲鳴を上げるティーゼ。しかし、瀕死のはずのスコットはティーゼににっこりと笑って見せた。
(まじで、あいつは救世主だな)
スコットはユァーリカの方を向く。彼が一つ頷いたのを見ると、自らのマナを鎧に流し込み、ユァーリカが書いた魔法文字を起動した。
その途端、ロマノフに向かってスコットの鎧から雷が走る。ユァーリカは剣に魔法を付与した際、盾を持たないスコットの為に鎧に【反射】の魔法を仕込んだのだ。
「は?」
間の抜けた顔で自らに迫る雷に向き合うロマノフ。状況が理解出来ていない彼は、勝利が自らの手からこぼれ落ちたことに気がついてさえいなかった。
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