第七十六話 前座
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【戦乙女】の目を通して、ベルバーン解放戦線のピンチを知ったユァーリカは単身、彼らの元へ向かっていた。
(くそっ、間に合えっ!)
ユァリーカは内心焦ったが、《蒼風》の固有技能を使えば、まるで空を飛ぶような感覚で跳ねることが可能なため、結局さほど時間もかからずに目的地にたどり着くことが出来た。
「てやっ!」
ユァーリカはロマノフとスコット達が戦っている建物を見つけると、その屋根を吹き飛ばす。すると、彼らの姿がハンスの眼下に現れた。
「この部屋が最上階で良かったよ」
恐らく誰にも共感されないであろう感想を口にしながら、ユァーリカはスコットの傍まで近づいた。その間、誰も動かなかったのは、単に何が起こったのかが理解できなかったからだ。
「その力、お前が救世主だな」
いち早く正気を取り戻したロマノフがスコットの隣に降り立ったユァーリカに剣を向ける。
「俺は救世主なんかじゃないっ!」
切っ先から走る電光を《死霊食い》で創った剣で防ぎながら、ユァーリカはそう叫ぶ。
攫われた恋人を取り返すことだけが目的なのに、救世主などと名乗れるはずがない。
「その力、やはり救世主か。ロビンの鼻を明かせる機会がこんなに早く訪れるとは、全く面白い!」
だが、ユァーリカの思いとは違い、ロマノフはユァーリカが救世主だと確信する。元々、ロマノフが帝都を離れ、ベルバーンまでやってきたのは、ロビンより先に救世主を倒すためだったのだ。
勇者が幾人も返り討ちにあった救世主を青竜騎士団長である自分が倒す。そうすれば、世間の評価は一気に逆転する。これがロマノフの考えだった。
「いざっ、尋常にっ!」
と言いながら、ロマノフはユァーリカが構える前に投擲用のナイフを投げる。不意打ちも投擲もおよそ騎士らしくない技だが、ロマノフが本当に頼みとしているのは剣術でも体術でもなく、こうした技だった。
だが、いかにも不意を打とうとも、殺気があれば、それはマナの流れに現れる。ユァーリカはマナサイトで攻撃の兆候を掴み、《死霊食い》で強化された動体視力で難なく軌道を読み切ると、ナイフを指で挟んで止めた。
「ふふふ、今のは挨拶代わりだが、こうでなくては面白くない!」
ロマノフは内心の動揺を押し殺してそう叫ぶと、突進しようと前傾姿勢をとる。だが、ユァーリカはそんなロマノフを制するように手を出した。
「いや、お前の相手は俺じゃないだろ」
「何だと?」
ユァーリカは驚くロマノフの方には向かず、何かを問うようにただスコットの方を見た。その視線に気づいた時、スコットは自然と立ち上がっていた。
「ロマノフ、まだ俺との決着がついてないぞ」
「馬鹿な。もはや お前など相手にしている場合ではないわ!」
妄執に取りつかれたロマノフの目はユァーリカを捉えては離さない。ユァーリカは何と言っていいか分からずに困ってしまうが、幸いなことにスコットは自身の敵を振り向かせる言葉を知っていた。
「そうだよな。負けるのは怖いよな。救世主ならまだしも、俺のような平民に負ければ、もう名誉もへったくれもないしな!」
「何だとっ!」
ロマノフの顔が怒りに染まる。スコットは小さく拳を握るユァーリカのことは無視してロマノフに向き合った。
(とはいえ、クソッ! どうするか)
スコットは満身創痍な上に、武器と言えば使い古した鋼の剣が一本。それに対して相手は、大した傷はない上に信じられないレベルの価値がある魔道具が二つ。勝負はやる前から分かっている。
(だが、それでも、こいつは俺が殺る。それがけじめだ)
スコットは一本しかない剣を構えた。体に力は入らないが、体と心が集中し、意識はロマノフのことで占められる。
(これほど何かに集中したのはいつぶりだろう)
そんな思いもすぐに意識の外に追いやられていく。景色も音も触覚もなくなり、スコットは剣と一つになり……
ふと視界が開けた。見れば、スコットの剣はいつの間にかユァーリカに奪い取られている。彼はしげしげと剣を見つめた後に、何かを書くように刃に触れる。その視線から何かを感じとったユァーリカは、横やりを入れられたような気分になって憮然とするスコットに謝りながら、剣を返した。
「悪い。良い剣だと思って」
別に今確かめることじゃないだろうと思いながら、スコットはユァーリカから剣を受け取った。渡すものと受け取るもの。両者が最も近づく一瞬にユァーリカはスコットにしか聞こえないような声で何かを囁いた。
(!!!)
スコットはユァーリカの言葉に驚いたが、ほんの少し目を大きくする程度のリアクションに留めることに成功し、そのままロマノフに向き合った。
その姿勢にはさっきまでの迫力やプレッシャーはない。だが、体のこわばりは抜け、どんな攻撃も打ち流せるような自然体になっている。
「さあ、行くぞ!」
スコットを侮りきったロマノフは、なんの警戒もなくスコットへと切りかかる。だが、それはスコットにとってはいいカモでしかない。スコットはロマノフの攻撃を最小限の動きで躱すと、その顎へ拳を振り抜いた。
「っ!!!」
脳を揺らす衝撃に苛まれながらも、ロマノフは鍛えこまれた反射神経でその場を回避する。
「まだこんな力があったとは。まあ、この方が面白いか」
ダメージと引き替えに冷静さを取り戻したロマノフはスコットを睨みながらそういうが、瞳に映る怒りは隠しようがない。
「お前の粘りは認めてやるが、所詮前座。これで終わりだ」
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