第七十五話 幻
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「くらえぇぇっ!」
【戦乙女】が距離をとったことで空いたスペースに、わざと目立つように大声を上げながら剣を手にして飛び込むスコット。その攻撃は当然のようにロマノフに防御される。
「随分と金をかけてるじゃないか、その装備っ!」
「ほぅ。死にぞこなってまだそんな減らず口が叩けるか。まあ、そうでなくては面白くない!」
「そうかいっ!」
ロマノフが構えた盾に書かれた魔法文字が光り、封じられた魔法を発現する。封じられたのは【反射】という相手が放った攻撃のベクトルを正反対にして跳ね返す呪法。その力により、スコットが放ったものと同じ攻撃が盾から放たれる。
だが、その時にはスコットは刃を引いて後退している。スコットは最初から盾に仕込まれた魔法の正体を見極めるために攻撃したのだ。
(さっき、精霊を殺ったのはこれか!)
盾に封じられていた魔法を見て戦慄するスコット。冒険者として比較的長く活動している彼でさえ見たことがない魔法だ。恐らく、相棒であるティーゼでも使えないくらい高度な呪法だろう。
「一体何のためにそんな武具を揃えたんだ?」
雷属性の属性魔法が宿った剣に高度な呪法が封じられた盾。どちらもその価値は計りしれない。例え大貴族だとしても、家を傾ける覚悟がないと手に入れることは出来ないだろう。
「我らには守らねばならぬ矜持があるということだ、冒険者っ!」
ロマノフが剣をふる。その刀身にびっしりと書かれた魔法文字が使い手の意志に従い、直進する雷を吐き出す。
「くそっ、早いな」
予想していたにも関わらず、スコットの回避は紙一重。スコットはロマノフの攻撃の速さと仲間への被害の大きさにに思わず舌打ちをした。
(仲間の傷は【戦乙女】が癒してくれるが、くそっ、攻撃に参加する程の余裕はないか)
回避する寸前に見た光景から素早く状況を整理する。つまり、この場は精霊の力ではなく彼の、いや彼らの力で何とかしなくてはいけないらしい。
「そういや、何か言ってたな。あんたにも守るべきものがあるとか。一体何のことだ?」
スコットはロマノフの話に興味を持ったわけではない。しかし、彼、いや彼女には時間が必要だったのだ。
「言ったがそれがどうした? ああ、高尚な言葉は理解できんか。わざわざ聞き直すとは面白い。」
スコットはロマノフが予想外に返事をしてくれたことに内心ほくそ笑む。
(まあ、今のところ自分の方が有利だという余裕のなせるわざだろうけどな)
だが、何でも構わない。スコットは興味を引かれた素振りを見せながら、ロマノフの話の腰を折る続きを待った。
「青竜騎士団は帝国最強だ。そうあるべきだ。その誇りを守るために必要なのだよ」
「最強? 勇者よりもか」
「当たり前だっ! あんな新参者なんかにでかい顔をされて堪るか! しかも、最近、人数を増やし、遂には騎士団まで作りおって。全く面白くないっ!」
ミリオンメサイアのことは、情報の伝わりの遅いこの世界ではあまり広まってはいないし、勇者が実は異世界人であることも知らない者がほとんどだ。だが、そうした事情が分からなくても、スコットには目の前の男がちっぽけな自尊心のために魔道具を求めたことは分かった。
「そんなことのために、俺達から巻き上げた金を使ってるのか。くそっ、どんだけ金があるんだよ、貴族様はよ!」
「お前は馬鹿だな。金などもうないわ。私の持ち物は今、身に着けているものしかないわ」
「はあぁ?」
あまりに馬鹿げた虚栄心にスコットは呆れてしまうが、ロマノフは本気だ。彼は何かに取り付かれたように叫ぶ。
「だが、それでもいい。金はまた領民から巻き上げればいいのだ。騎士たるもの、誇りが全てなのだ!」
再びロマノフが剣を振るう。すると、三度剣の切っ先から雷が走った。それは今度こそスコットの胸を捉えた!
───かに見えた。
しかし、雷がスコットに当たると、その姿は霧のようにかき消える。そして、訝しむロマノフの周囲にスコットの姿が幾つも現れた。
「これは……呪法か。面白いな」
余裕たっぷりにロマノフが口にするのを聞いて、スコットは臍を噛む。
(くそっ、完全に効いた訳じゃないか)
これがスコット達の切り札。ティーゼが呪法でスコットの幻を作り、それに紛れて敵を討つという戦術だ。単純ではあるが、それ故に使いやすく、今まで幾度も強力な魔物を葬ってきた。だが、今度の敵は人間だ。
「面白い話を聞かせてやろうか、スコット」
「何だと」
相手の言葉の内容よりも、自分の名前を知っていたことに動揺し、思わず返答してしまうスコット。幻は喋らず、音も立てないので本来は会話なんてもってのほかなのだが。
「勿論、私はお前のことを知っている。何故なら、私はお前の敵なんだからな」
「敵だと?」
スコットは思わず生唾を呑みこむ。聞いてはいけないと理性が囁くが、そんな声をかき消す力がロマノフの言葉にはあった。
「誰のせいでああなったと思う?」
「お前、何を言って……」
「誰のせいで村を追われたんだと聞いているんだ。まさか、皆が勘違いしたからだとは思ってないよな?」
「お前、まさか」
「たかだか田舎の村へ騎士が何人もやってくるなんておかしいだろ? あそこはな、鉱石の試し堀りをするのに邪魔だったんだよ。だから、どさくさに紛れて焼かせてもらったよ。それを知らずに今日まで誰も恨めずに生きているなんて、非常に面白いな!」
「この野郎っ!」
スコットの怒りは我慢の限界を超え、彼はロマノフへ遮二無二に切りつける。だが、それはロマノフの思う壺だった。
「がっ!」
剣を籠手で防がれたスコットはロマノフの蹴りを腹に受ける。鎧越しでもダメージを受ける重い一撃だ。
「くそっ、この野郎……」
何とか立ち上がるものの、足取りは覚束ないし、周りにあった彼の幻もすでに消えてしまっている。
「お前達は踏みつけられるのがお似合いだ!」
再びロマノフの蹴りがスコットへ飛ぶ。普段のスコットならどうということもない一撃だが、今は回避すら覚束ない。
(くそっ、こんな奴に……いや、こいつにだけは負けられねぇ!)
スコットが強くそう思った時、突如として天井に穴が空き、そこから一人の男が顔を覗かせた。
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