第七十一話 協力者
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「どうやら、卑しい平民には体に教えてやらんと分からんようだなっ!」
そういうと、騎士は鋼鉄の具足で包まれた足で男の頭を踏みつける。男が上げるくぐもった悲鳴を聞き、騎士達は心底面白そうに声を上げた。
「何だ? いいたいことがあるならはっきり言わんと分からんぞ。そんなことも分からんのか、平民!」
数人で好き放題にリンチを加える騎士達に反感を抱きつつも、遠巻きに見る人々は誰も手を出せない。何か言えば、自分や家族も同じ目に遭うのは目に見えているからだ。
だが、不幸なことにその場には例外もいた。
「おとうさん、おとうさん!」
「ルーシー、駄目よっ!」
二~三歳の女の子が母親の制止を振り切って、暴行を受けている父親の元へ駆け寄ろうとする。だが、父親の元にたどり着く前に騎士の一人につかまってしまった。
「やめてくれ、娘には手を出さないでくれ!」
女の子を捕まえた騎士は、青あざが出来た顔で哀願する男を可笑しそうに眺めながら、腰の剣を抜いた。
「我らに楯突くものには容赦せん。それが例え子どもでもな」
「あああっ!」
今まで大人しくなされるがままになっていた男は、突然、周りの騎士達を振り払い、娘を捕らえている騎士へと突進した。だが、どう考えても騎士の刃の方が早い。予測される最悪の未来に耐えられずに多くの人々が目をつぶる。
しかし、その凶刃が振り下ろされることはなかった。
どこからともなく投擲された一本のナイフが剣の軌道を逸らす。そして、それと同時に左側からの風のように何かが近づき、騎士の手から女の子を奪いとった。
「なっ!」
フードとマントで身を包んだ人物は金属製の鎧を身につけた騎士には追い付けない速力でその場を離れていく。その場にいる皆が呆気にとられている間に、また一人、フードとマントを身につけた何物かが騎士達に近づき、彼らの足下に向けて何かを叩きつけた。
「っ!」
声を上げる暇もなく倒れていく騎士達。正体不明の一団はベルバーンの近くによく生息しているある魔物の糞を乾燥させた粉末を辺りにばらまいたのだ。この粉末は少量なら麻酔の代わりになるが、大量に吸い込むと気を失ってしまうのだ。
気が付くと、騎士から暴行を受けていた男はもういない。その場に残されたのは、彼らの希望、ベルバーン解放戦線の登場に沸く人々だけだった。
※※
「つまり、みんなを困らせている奴らを倒せば先に進めるんだな」
ユァリーカの能天気とも言える発言にヨルクは内心顔をしかめたが、何とかいつもの仮面を維持した。
「まあ、そうだ」
クロエはそう言ってから補足した。
「ベルバーンの内部にいる協力者、ベルバーン解放戦線は帝国と敵対する国々とも連携している。彼らだけでは青竜騎士団の打倒は難しいが、城壁を壊せば援軍が戦いに協力してくれる」
ヨルクとクロエはセリムの仲介でベルバーンにいる青竜騎士団の排除を目的とした組織、ベルバーン解放戦線との接触に成功した。ちなみに直接彼らと会うのはヨルクで、内容を吟味したり、方針を決定するのがクロエだ。
「これを見てくれ」
そう言うと、クロエは一枚の羊皮紙を机の上に広げた。そこにはベルバーンの地図が描かれており、兵士が駐屯する詰め所などの軍事施設は分かりやすく赤い線で囲われていた。
「これが攻撃すべき場所、つまり目標だ。ベルバーン解放戦線は中級の冒険者を中心とした集団。腕はそれなりだが、数は多くない。どうしても外からの協力者を呼び込まないといけない」
クロエがそこまで説明すると、ヨルクはユァーリカとエルの方を向いて、口を開いた。
「あんな城壁、ユァリーカの精霊魔法や教皇様の神聖魔法でドカーンと出来るんじゃないか?」
実はヨルクはそれが不可能なことを知っているのだが、彼は敢えて気楽な口調でそう言った。そうとは知らず、エルは悔しそうに整った顔を僅かに歪ませた。
「今の私では無理。あの城壁には魔法を吸収するラビア鉱石が大量に混ぜられている」
だが、こうした事情はエルだけではなく、他の魔法使いにとっても同じことだ。それ故に、エルは次のユァリーカの発言に耳を疑った。
「なんかそれだけだと楽すぎるな。他にもやった方がいいんじゃないか?」
「え?」「何?」「はあ?」
三者三様のリアクションだが、そのタイミングは全くの同時だ。
(あれ? なんで?)
ユァリーカの主観では、さっきの一言は何気なく呟いたものだ。当たり前のことを口にしたと言い換えてもいい。故に、それに対して三人があまりに大きなリアクションを見せたことに、逆に彼は戸惑った。
……ただ、世間一般の基準で言えば、悪いのは三人ではなく、状況が分かっていないユァリーカだ。
「あ、なんか不味いことを言ったかな?」
「不味いことというか、一体どうやってするつもりだ」
度肝を抜かれつつも、クロエは冷静に問い返す。が、クロエが冷静さを保てたのはここまでだ。ユァーリカの次の言葉にはクロエも含めた全員が度肝を抜かれた。
「いや、方法は色々あるけど」
「「「色々!?」」」
椅子から腰を浮かして詰め寄る三人の迫力にユァリーカは反射的に身を引いた。
「そう言えば、目を覚ますまでに何があったかを聞いていなかったな。とにかく説明してくれ、最初から」
そう言いながら迫るクロエの顔を見て、ユァリーカは“姉さんの怒った顔に似てるな”と思った。
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