第七話 決意と旅立ち
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ハンスの目の前に風が吹き込むと同時に灰が巻き上げられて集まる。すると、それらは急速に集まり、形を成す。呆気にとられる兵士の前で、それが卵のような姿になった時、ハンスはそっと卵に触れた。
その瞬間、卵が割れ、炎で出来た美しい鳥が姿を現した。
「……美しい」「これは……精霊か」
伝説とさえ言われる精霊魔法。初めて見る神秘に見とれる兵士を前に、【紅炎鳥】は優雅に翼を一振りした。
「うっ!」「これはっ!」
その途端、爆風がその場にいたもの全てに襲いかかる。
技の名前は、【陽炎嵐】
炎属性の精霊使いの技として最も有名かつ恐れられているものだ。使える者が問答無用で英雄視されるその技は、兵士達を地面になぎ倒し、その身を焼いた。
「うう……う」
「あ……ああ」
焼け野原のあちこちで苦悶の声を上げる兵士達。地獄絵図のようなその場に置いて立つ者が、ハンス以外にもう一つあった。
「まさか、お前があの精霊使いとはな。見誤ったわ」
目の前に転がる部下の体を踏みながら、ハンスに近寄る勇者。彼は肩を怒らせ、ハンスの前に立ちふさがった。
「救世主よ、死ね!」
勇者が両手を天に掲げると、勇者の手に白い光が集まり始める。そして、その光はハンスにあることを思い出させた。
(あれは、あの時の光だ)
リンダがハンスをかばって致命傷を負う直前に見た光、それを目の前の男が放とうとしている。
「姉さんを殺したのはあんたか!」
「NPCの違いなど分かるわけがないだろ! 今日、誰を倒したかなんて覚えておらんわ!」
その輝きが頂点に達した時、勇者が両手をハンスに向かって振り下ろす。すると破壊的な光がハンスに迫った。
(逃げられない。俺の後ろには姉さんがいる!)
【紅炎鳥】が主の意志を感じ、形を変える。瞬く間にハンスの手元に炎で出来た剣が現れ、彼はそれで《断罪の光》を受け止めた。が、それを見た勇者は高笑いをする。
「馬鹿め!《断罪の光》はあらゆる存在を殺す光。精霊でさえ例外ではないぞ」
言われるまでもなく、ハンスは《断罪の光》を受け止める【紅炎鳥】から急速に力が失われていくのを感じていた。同時に【紅炎鳥】の痛みが伝わり、体がわななき、膝が折れそうになる。
「所詮、お前の力など帝国の前では何の意味もなさんのだ。虫けらのように死ね! 姉のようにな! アーッハッハッ!」
その言葉はハンスの心に火を付けた。姉を殺したばかりか、侮辱する人間などハンスには許しがたい存在だった。
(俺は今、姉さんの力を借りてるんだ。出来ないことなどあるはずがないんだ!)
再び風が起こり、灰が巻き起こる。それは崩れる【紅炎鳥】の体を覆うように集まり、爆ぜた。すると【紅炎鳥】の炎が再び勢いを取り戻した。
「ぬ、まさかお主、精霊を生み続けるつもりか。馬鹿な!」
「姉さんの力はこんなもんじゃないぞ!姉さんは、姉さんは──っ!」
ハンスが叫ぶ。すると、その声に応えるように、何度も何度も風が灰を運び、【紅炎鳥】の体を再生させる。その度に【紅炎鳥】の炎は少しずつ強まっていく。そして対称的に、勇者の《断罪の光》は少しずつ弱まっていった。
「馬鹿な! 《断罪の光》は我が固有技能だぞ。救世主風情に負けるわけが──」
「俺は救世主なんかじゃないっ!」
ハンスの咆哮と共に【紅炎鳥】の炎が《断罪の光》を飲み込み、勇者の両腕を焼く。鋼であろうと真銀だろうとその炎熱は防げない。
「やめろ! やめろ! ヤメロ、ヤメロ……」
炎は、勇者の苦悶の声を燃料にするかのように燃え広がり、その全身を包む。やがて勇者は断末魔の声をあげて倒れると、彼の体が光り輝き、四散した。
後には倒れた兵士と破壊し尽くされた森、そしてハンスだけが残された。
「逃げるのか、この卑怯者!」
ハンスは彼方へ飛んでいく光を睨み、憎々しげに呟いた。
「逃がさないぞ、勇者! 必ず姉さんの敵はとってやる」
※※※
《断罪の光》とやらで消滅したのか、村人達の遺体は見つからなかった。従って、ハンスはリンダの遺体だけを埋葬することにした。
埋葬する場所は、大樹の根本。
理由は上手く説明出来ないが、ハンスはそれが良いと思ったのだった。棺は用意できなかったが、リンダの体を覆い尽くすくらいの花を用意して、姉を埋める穴に敷き詰めた。
白く美しいリンダの顔を見ながら、ハンスはゆっくりと姉に話し始めた。
「姉さん、俺は姉さんが最後に何を俺に言おうとしていたのかが分からないんだ」
目の前の姉は勿論、ハンスの中にあるリンダの霊魂も何の反応も示さない。ハンスは一つため息をついてから、話を続けた。
「それに、姉さんや村の皆が何故こんな目にあったのかも分からない。分からないことだらけなんだ」
風が吹き、大樹の葉を揺らす。ハンスには、その様子がまるで大樹に“これからどうするんだ”と聞かれているように見えた。
「だけど、一つだけ分かることがある」
ハンスは拳を強く握りしめた。
「俺はアイツを許せない。姉さんを殺したアイツを。この復讐を遂げないと先には進めないんだ」
ハンスは痛覚が無くなるくらい拳を握りしめた後、息を吐いた。そして、物言わぬリンダの白い顔を見つめた。
「俺は旅に出るよ。そしてカタをつけてくる。だから、ここで待っててくれないか?」
返事はない。しかし、ハンスはもう決めていた。
ゆっくりと姉の遺体に土をかける。これで姉とはお別れだ。そう思うだけで視界が歪む。構わず作業を続けていると目の前が見えなくなってきたので、目元を拭った。何度も何度もそんなことを続けていると、土が覆っていないのは顔だけになった。
(姉さん、俺は……)
ハンスの手が一瞬止まる。しかし、ハンスはそんな自分を恥じるように、顔を叩き、作業を終えた。
墓標代わりに大きな石を運んだ後、ハンスは決意に満ちた顔で姉に別れを告げた。
「さよなら、姉さん。今までありがとう」
そういうと、ハンスは身を翻し、姉に背を向けて歩き始めた。が、すぐに小走りになり、次の瞬間には走りだした。分かっていたからだ。振り返れば先によって進めなくなることが、そして、本当は……
(違う、違う!俺は決めたんだ)
ハンスは村へ向かって走り、村を出ても走った。何かから逃げるようなその出発が、救世主ユァリーカの旅立ちだった。
読んで頂きありがとうございました。これで序章は終わりです。
次話は明日の八時に投稿します。バトルもドラマもますますパワーアップするので、是非ご一読下さい。
【補足(読まなくても多分支障はありません)】
大分後にちょろっと明かされる話ですが、勇者達はとあるVRゲームを通じて異世界アルディナに召喚されています(正確には、ある条件を満たすとゲーム内で発生するクエスト、『救済の門』をクリアすると召喚される)。そのため、勇者として転生した者達は、アルディナに転移した後もゲームをプレイしているような感覚でいる者が多いです。




