第六十七話 ハンスの真実
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自分は一人。相手は十二人。
まともに戦っても何ともならないのは明白だ。ハンスは【紅炎鳥】のマントを削って剣を作り、切りかかって来た三体の剣を【紅炎鳥】の剣で一瞬だけ受け止めた。
ギシッ
骨がきしむ嫌な音が聞こえると同時に、ハンスは斬撃をずらして受け流し、目の前の精霊達の体勢を崩す。そして、【紅炎鳥】のマントを振るって一瞬だけ視界を奪うと、その隙に精霊の真名を呼んだ。
「【不枯樹】」
まるで模様のように魔法文字を纏った蔦が一瞬で伸び、紫炎の精霊達を覆いつくす。当然、彼らはそれらも固有技能を宿らせた剣で切り払うが、蔦は斬っても斬っても精霊達へ伸びていく。彼らは瞬く間に体を拘束された。
「すまんな。少しじっとしておいてくれ」
ハンスが創った精霊は【復活草】という木属性の下級精霊を《死霊食い》で強化したもので、その再生能力はもはや不死に近い。しかも、ハンスはそれを多数創り出しているため、上級精霊といえど直ぐには対応しきれないのだ。
「次っ!」
そう言って振り返るハンスの頬を氷の竜のブレスがかすめる。五体の精霊が彼に剣を向け、次々に固有技能を放ち始めた。
(さっきの三体は俺に隙を作るための陽動か!)
このタイミングで仕掛けられたら、ハンスには何もすることは出来ない。出来ないので、ハンスは自分の相棒を頼ることにした。
ハンスの胸から現れたリウルが彼を背に乗せ、舞うように飛び跳ねる。その背に揺られながら、ハンスは再び精霊の真名を呼ぶ。
「【幻光灯虫】!」
【幻光虫】という水属性の下級精霊を《死霊食い》で強化したものだ。霧状のその体は相手の視界を遮り、時には蜃気楼のように遠い場所にあるものを見せる。その力でハンスは自分に襲いかかる精霊達に自分の幻を見せた。
殺気を放ちながら、幻のハンスを追い続ける五体の精霊。ハンスはその内の一体の肩にそっと触れる。
(騙してごめんな)
ハンスは心の中で謝ると、残る四体に向かって走りだした。
「さあ、どうする!」
残った四体はハンスの言葉に、いや、勢いに動揺したようだった。これも精霊らしくない行動だ。らしくない行動だが、ハンスにはだんだん分かってきた。彼らは自分だ。敵を見れば怒るし、押されれば動揺するのだ。
しかし、その納得は次の瞬間に崩れ去る。
(だけど、何を恐れているんだ?)
ハンスは目の前の精霊が自分が無意識に創った存在──つまり、自分自身だと理解した故に分からなくなった。
(確かにこいつらの味方の数は減った。だけど、まだまだこいつらの方が有利だ。しかも、さっきの奴らも直に戻ってくるのはこいつらにも分かってるはずだ)
有利な戦況で動揺する理由、それがハンスには分からない。
そんなことを考えているうちに、堪えきれないといった様子で一体の精霊がハンスに打ちかかった。ハンスは【紅炎鳥】のマントで身を隠して剣を躱すと同時に死角から刺突を放つ。上級精霊が声なき声を上げながら消えていくのを目の当たりにした残りの上級精霊達はフルフェイスに隠れた目の色を変えた。
(なんだ?)
その視線だけで上級精霊達の変化を感じ取るハンス。それと同時に三体の上級精霊達がハンスに襲いかかった!
(でも、三体だけならさっきも凌げた!)
例え三体が相手でも少しの間なら耐えられることはついさっきの攻防で分かっている。ハンスはその剣を受け流す心づもりをしながら剣を受けた。
が、予想に反して、ハンスは上級精霊達の剣を受けきれず、尻餅をついてしまう。これでは攻めることも、逃げることも出来ない。さらにおいつめられた姿勢になりながらも、ハンスの胸を占めていたのはやはり疑問だった。
(さっきよりも力が上がって──いや、違う!)
ハンスのマナサイトは目の前の三体の精霊のマナが不安定になり、今にも消滅しそうになっていることを伝えてきた。つまり、先ほどの攻撃は自らの身を犠牲にした一撃だということだ。
(何故だ。何故こいつらは!)
知らず知らずのうちに動悸が激しくなる。それと同時にハンスは自らが答えに近づいていることを感じた。だご、望んでいるはずの答えがもう目前にあるはずなのに、ハンスは何故か怖くて堪らない。
だが、鍛えた体はそんな心とは裏腹に精霊の足を払い、その隙に立ち上がると【紅炎鳥】の剣を伸ばして三体の敵を一撃で切り裂いた。
最後に残った上級精霊が頭を抱え、まるで苦悶するようなポーズをとり、地に伏した。
(《自己複製》を使わないのか?)
ハンスの疑問に精霊が答えるはずもない。だが、それはしばらくすると覚束ない動きで立ち上がった。緩慢な動きの中でその眼光だけは鋭い。
(マナの流れが、さっきの奴ら以上に不安定だ)
最後の一体のマナが荒れ狂うのが、ハンスには見える。だが、本来、そんなことをしてまで力を振り絞る必要はないのだ。《自己複製》を再び使えば、戦況はついさっきと変わらない状態に戻るのだから。
答えが出る前に最後の精霊が剣を振るう。固有技能なしでも、しのぎきれない力と早さだ。後ろに引きながら、かわすしかハンスに出来ることはない。
ただただ剣の切っ先を見て躱し続けるが、それ以外への意識は相対的に低くなってしまったらしい。ハンスは精霊の放った蹴りを胸に食らって吹き飛ばされた。
「このっ!」
反射的に受け身をとり、瞬時に立ち上がるハンス。だが、その時、思いかけずハンスの目と最後の精霊の目があった。
「お前、泣いているのか?」
精霊の体は仮初めのもの。涙を流す機能はないし、実際、目の前の精霊が涙を流したわけではない。だが、ハンスはその瞳を見た時、確かに精霊が泣いていることが分かったのだ。
「まさか、仲間を倒されたことを悲しんで、いや……」
ハンスの独白には気にも留めずに精霊はハンス目がけて突進する。力はあるが、自らの身を省みない攻撃だ。
その姿がかつての自分とダブる。悲しみと復讐に取りつかれ、ただただ勇者と戦った自分と。そして、気づいた。目の前の精霊が、そして自分が何故そこまで、勇者を憎み、恨んだのかを。
「お前は後悔しているのか……仲間を、大切な人を守れなかったことを」
精霊は何も答えずに次の攻撃のための構えをとる。ただ剣を前に突き出すためのシンプルな型。単純ゆえに読まれやすいが、最も早く強い刺突が放てる構えである。
「自分にもっと力があれば……いや、力はあったのに何故救えなかったのか、お前はそれを悔やんでいるのか」
自分が無力だから誰も救えなかった。
……いや、違う。力はあった。
救えたはずなのに救えなかった。逆に守られ、皆の、姉の命を犠牲にして生きながらえた。
そんなことは認められない。絶対に。
例えそれが姉自身の願いだったとしても。
「ああ、そうか」
ハンスは唐突に理解した。いや、ずっと前から分かっていたことだ。にも関わらず、目を背けていただけだ。
「俺は……」
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