第六十四話 最後の修行
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「どうなってるんだ、ロビン!」
一段落つき、一人になれる時間が出来るとヨルクは【通念】を使い、姿の見えない相手に怒鳴った。彼の怒りが心を乱しているせいで、【通念】は酷く聞き取りにくくなっているだろう。だが、そんなことは今のヨルクには関係ない。
“すまない。正直、全くの予想外だった。私に歯向かうものがいたとは”
ロビンの冷静な声を聞き、ヨルクはふと我に返る。それと共に一体自分が何にここまで怒っているのだろうかと考えるが、口から勢いよく飛び出した言葉は止まらない。
「あんたの意志じゃないっていいたいのか、ロビン!」
“当たり前じゃないか。というより、私も困っている。君がその調子だと、ハンスはもっと酷いんだろうな”
まるでこちらの急所を突くような一言だ。ついさっきまでのハンスの姿を思い出し、ヨルクは一瞬怒りを忘れてしまう。
「酷いなんてもんじゃないぞ」
“ルツカを攫った勇者は既に捕らえた。だから、安心してくれ”
「なんだと!」
再びボルテージが上がるヨルクにロビンは宥めるように声をかけた。
“今、ルツカの身柄も確保しようと動いているところだ。出来次第そちらに引き渡す。だから、しばらく待ってくれ”
「その話、本当だろうな?」
“本当だとも。私には君たちの協力が必要なんだ。ルツカの安全は既に確認している。信じてくれ”
そういうと、ロビンは【通念】を切り、目の前の光景に注意を移した。
「というわけだ、キアラ。自分の立場が分かったかな」
手足を縛られ、床に転がされているのはハンスの姿をしたキアラだ。ハンスからルツカをさらうと同時に彼の血を得たキアラはその常人離れした脚力で逃亡している際にロビンの部下に捕まったのだ。
「ロビン、あんたがまさか帝国を裏切っていただなんて!」
世間話をしているかのような調子のロビンにキアラは激昂した。
「裏切ってはいないさ。別に帝国に忠誠を誓った覚えはない」
「屁理屈を!」
「まあ、確かに屁理屈だな。だが、それの何が悪いんだ?」
居直るロビンにキアラは押し黙る。ロビンの裏切りを責めたところで何の意味もない。起死回生のハズの一手が、この上ない悪手だったのだ。
「まあ、君には死んで貰うが、ルツカはどうしようかな」
「救世主に返すんじゃないの?」
もはや自分には関係のないことだが、ふと沸いた疑問が口をつく。別に返答を期待したわけではないのだが、ロビンは機嫌よくキアラに答えてくれた。
「返すさ。でも、今じゃない」
「どういうこと?」
「ハンスには世界の敵である帝国を潰して貰わなきゃいけない。だが、今のままでは彼にはその動機がないんだ」
「何の話なの?」
ロビンは訳の分からない話に混乱するキアラに順に説明する。だが、それはキアラに話しているというより、独り言のようだった。
「帝国がルツカを攫い、監禁していれば、ハンスは帝国を倒してくれるだろう? いや、この際、それよりも……うん、それならより危機感があるしな!」
「一体あんたは何をしたいのよ!」
「私は物語が書きたいんだ」
「は?」
「だが、私は空想が出来ない。ノンフィクション作家になるしかないんだ。だから、ハンスが世界を救うところを見て、物語を書くんだよ」
「あんた馬鹿なの? 一体何のためにそんな……いや、一体何人巻きこめば気が済むの?」
「帝国を倒すことは世界のためになる。誰も困りはしない」
「戦争が起これば人が死ぬでしょ!」
「それは君が言ってもいい台詞じゃないだろ、勇者殿!」
「!!!」
「君やダフのやりたい放題がバレていないとでも? 私は推理小説を“引用”すれば、科学捜査をすることだって出来るんだぞ」
「い、引用? あんたの固有技能は一体……」
「だが、物語とは始まりと終わりにあるもの。勇者の活動を物語として引用するには終わっている必要があるんだ」
「物語? 引用? ……終わる?」
「君の力には使い道があるということだ」
ロビンは何の迷いもなくキアラの心臓に剣を突き立てる。それはクロエが《未来予想図》で見た予知と同じ光景だった。
※※
“落ち着いたか?”
目を開いたハンスにいつもの声が聞こえてきた。景色のないこの空間、いるのは自分と師匠であるザンデ、そして相棒のリウル。
「ザンデさん」
“分かってる。君の見聞きしたことは私やリウルも知ることができるからな”
リウルはまるでハンスを慰めるように身を寄せ、顔を優しく舐めた。その気持ちが嬉しくて、ハンスはリウルの頭を撫でた。
“その、すまん。あれがまた迷惑をかけた。何というか、あまり人を落ち着かせたり、慰めたりするのは苦手な性質でな”
「いえ、俺が我を忘れたから悪いんです」
“そう言ってくれると助かるが、あれはとにかくやり方に繊細さがない。本当に戦闘以外は出来ない人間でな”
頬をかくザンデにリウルが注意を促すように短く泣き声を上げる。別にそれで思い出したというわけでもないのだろうが、ザンデは急に姿勢を整えて真面目な声を出した。
“フム。ハンス、実は困ったことになった”
「困ったこと?」
“君の魂についた傷のことだ。経過は良好だったんだが、ついさっきの出来事で再び傷口が開いてしまってな。私でも長くは抑えていられないと思う”
「すみません、俺のために」
“いや、むしろ当然の反応だ。だが、こうなると荒療治が必要なのは確かでな。最後の修業に取りかかりたいんだ”
「最後?」
ハンスは首を傾げた。取り組んでいる修業はどれもまだ途中だったからだ。魔物を創造する技については、まだ中級レベルの植物型の魔物しか習得できていない。また、ザンデと計画していたクロエのダンジョンイーター──彼女は忘れていたが、実は『ムサシ』という名前がある──の改造計画もまだ実行していない。どれもこれもこれからという段階だ。
“魔物の創造については後は慣れと経験だ。君には既に知識はあるだからな。ムサシの改造についてもな。本当はゆっくりとやりたかったんだが、事態が切迫してきたということだ”
「そうですか……」
ハンスは残念そうにうなだれた。
“私も同じ気持ちだ、ハンス。君は鍛えがいのある弟子だったし、いい話相手だったからな。だからこそ、今ここで死なせるわけにはいかないんだ”
ザンデの思いがハンスにも伝わってくる。本当はハンスにもザンデとの別れを惜しんでいるような場合ではないことは分かっているのだ。
「はい。すみませんでした。ザンデさん、最後の修行について教えて下さい」
“フム。実は、最後の修行は私が教えるのではないし、私が相手というわけでもないんだ”
「え?」
“簡単に言えば私を超える修行だ、ハンス。私を超えた力があれば、私には塞げない傷も塞げるだろう?”
「え? あ、はい。いや、ザンデさんを超えるって……」
“フム。まあ、もっと分かりやすく説明しようか”
そう言うと、ザンデは手のひらをハンスに向けた。すると、ハンスの足元からコールタールのようなものが湧き出るように広がル。そして、それはある程度広がると、生き物のように身動きを始め、あっという間に人の形になった。
「なっ!」
ハンスが驚きの声を挙げる。それは、泥のようなものが形を成したという信じられない光景に対してではない。彼が驚いたのは目の前に現れた者そのものに対してだった。
“ルツカから聞いている思うが、これが君が生み出した冥属性の上級精霊だ。最後にこれと戦ってもらう”
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