第六十四話 専門分野
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いつまでも戻ってこないルツカを皆で探しに行った時には、時既に遅く、彼女の髪紐がくくりつけられた木にはキアラからの伝言が刻まれていたのだった。
“彼女は貰ったわよ、坊や”
そのキアラの伝言を見たハンスは皆の静止を振り切り、キャラベル目指して走りだした。常人離れした身体能力を持ったハンスが本気で走れば誰も追いつけない。
(見つける! 絶対に見つける!)
ハンスはリウルの嗅覚を借りて走りながら、キアラとルツカの臭いを探る。
(まだ遠くには行っていないはずだ!)
そうこうしているうちにハンスは探していた臭いを捉えた。
(そこかっ!)
ハンスは走る。走る度にルツカが近づくのが分かる。それは同時にハンスの胸に安堵と怒りをかき立てた。
(この臭い、やはりキアラだ。あの野郎っ!)
ハンスの頭に血が上る。うち負かしたはずの相手がまさかこんなことをしてがすとは考えても見なかった。
「ルツカを返せ!」
言うが早いか、ハンスは速度をのせた拳をキアラに向かって振るう。ハンスの拳は声に驚いて振り向いたキアラの顔面に突き刺さった。
「がっ!」
背負っていたルツカを落としながら、キアラはまるで砲弾にぶち当たったかのように吹き飛ばされる。地面を転がったキアラが全く動かないのを見ると、もはや、ハンスはキアラには目もくれなかった。
「ルツカ、大丈夫か? ルツカ!」
揺すぶりながら声を呼ぶと共にマナサイトでマナの流れを見る。ハンスに分かる限り、彼女は気を失っているだけだった。
「良かった」
「良くはないでしょ、救世主!」
「俺は救世主なんかじゃない!」
大切な人も守れない自分が救世主であるはずがない!
だが、キアラはそんなハンスに呆れた顔をした。
「いい加減、自覚なさいな。あんたが自分のことをどう思っているかなんて、大した問題じゃないのよ」
キアラがよろよろと立ち上がる。美しかった髪はストレスと戦闘でボサボサになり、顔はハンスに殴られて酷く腫れている。まるで、ゾンビのような格好のキアラはのろのろとした動きでハンスに手を伸ばした。
「まあ、それはどうでもいいわ。それよりも、この私に一度ならず二度までもこんなことをするなんて、許さない!」
ハンスに八つ当たりをしながら、キアラは覚束ない足取りで立ち上がる。度重なるダメージによりもはやキアラは満身創痍だが、その目だけは勝利を確信してギラギラと光る。
「お仕置きしてあげるから覚悟なさいっ!」
そう言うと同時に、キアラは腰に着けていたポーチから瓶のようなものを取り出し、中のものを一気に煽った。
「これは!?」
キアラの姿形が変わっていくと、ハンスが戸惑うような声を上げる。キアラの《変容》が発現しているのだ。だが、ハンスが驚いているのはそうした表面的なことではなかった。
「姿を消すだけでなく、マナの流れまで見えなくする固有技能かっ!」
ハンスが驚いていたのは、キアラの姿が消えていくのと同事にマナサイトで捉えていたキアラのマナの流れまで見えづらくなっていくことだった。
「固有技能、《認識不能》ならあなたの目からも逃れられそうね」
「くそっ!」
相手の位置が分かっているうちに倒すべきなのだろうが、ハンスの腕の中にはルツカがいる。ルツカから目を離すなんてことは考えることさえ出来ない。
「色男は大変ねっ!」
完全に姿を消したキアラがハンスに蹴りを放つ。攻撃が見えないため、防御は不十分にしか出来ない。が、ハンスに与えるダメージは決して大きくない。
「なめるな!」
ハンスは蹴りに耐えながら、攻撃を放つ。しかし、それはキアラの予測の範疇だったらしく、ハンスの攻撃は宙を切る。
「くっ!」
舌打ちをするハンスの背にキアラの拳が打ち込まれる。威力を増すための手甲が巻かれていてもやはりハンスの脅威にはなり得ない。が、攻撃を食らった後に当てずっぽうに放つ攻撃ではキアラに当てることさえままならない。
「ホラホラ、しっかり狙ってよ。坊や!」
高笑いするキアラにハンスは更に注意を集中する。キアラの打撃はさほどの脅威ではないので、今の位置さえ分かれば玉砕覚悟で攻撃できるのだ。
「そこだっ!」
キアラの癖をおぼろげながら理解したハンスは拳を振るう。何もないはずの空間に降るったそれにハンスは確かな手応えを感じた。
「よしっ! やったよ、ルツカ」
そう言うと、ハンスは腕の中のルツカの方を向く。が、そこには誰も居なかった。
「なっ!」
突如消えたルツカを探し、ハンスは辺りを見回すが何処にも彼女は見当たらない。その時、ハンスは唐突に理解した。キアラは初めから自分の攻撃に注意を集中させることで、ルツカをさらう隙をうかがっていたのだと。つまり、ハンスはまんまとキアラの作戦に騙されたのだ。
「くそぉぉぉっ!」
ハンスが吼える。一度ならず、二度までも大切な人を守れなかった痛み、悲しみ、後悔。そして、自らへの深い失望。それらがハンスの心を黒く塗りつぶした。
「ハンス、ルツカは……ってなんだ、これは!?」
手当てを終えたクロエとそんな彼女を支えながら歩くヨルクがハンスの元にたどり着いた時、辺りは得体の知れない力で蹂躙されていた。
「このマナはダーリンと同じ……ってことはハンスのマナか」
全てを焼き尽くすような勢いで暴れる紫の闘気をみてクロエが呟く。
「ハンスのマナって……マナが目に見えるなんて聞いたことないぞ」
ヨルクはクロエに噛みつくように詰め寄るが、何故かクロエの声色は落ち着いていた。
「暴走しているからな。まあ、暴走しても目に見えるほどマナが活性化するのは固有技能を持つ者くらいだが」
つまりは常識外の力が制御不能に陥っているということだ。聞けば聞くほど身が竦むような話だ。
「なんか手はあるのか、それ……」
「分かってる。大丈夫だ。私の専門分野だ」
「専門……だと?」
そう言いながら、ヨルクはクロエの素性を思い出した。彼女は元勇者で、“先賢”の二つ名と共にミリオンメサイアの長、勇者王として君臨していたのだ。おそらく固有技能について最も良く知っている人間の一人であろう。とすると、それが暴走した時の対処に熟達している可能性は高い。
「そうか、あんたはマナの暴走を見るのは初めてじゃないんだな」
クロエは一つ頷くとヨルクに向かって手を振り、下がるように指示する。ヨルクは黙ってそれに従いながら、一体どんな秘技が繰り出されるのかと固唾をのんで見守った。
「いいか? こういうときはっ!」
クロエが何故か拳を固く握るのを見て、ヨルクは首を捻る。が、彼が何か答えを出す前にクロエは動き出した。
「こうするんだ!」
言うが早いか、クロエはハンスとの距離を詰め、鳩尾に本気の拳を放った。情け容赦のない強打に崩れ落ちるハンスを受け止めながら、クロエは何事もなかったかのように呟いた。
「問題はルツカだな。さらったのは勇者だろうが……」
暴れる紫の闘気が収まり、ハンスの体へと戻っていくのを見ながら、ヨルクは頷いた。
「あ、ああ」
辺りはすぐに元のように静かになったが……
(傷心の仲間に本気で殴って気絶させるって、いくらなんでも酷くないか?)
流石にヨルクはハンスに同情した。
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