第六十三話 チャンス
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ハンスが皆のところに戻った時、彼の目の前には傷口に包帯を巻いているクロエと気絶した男をぐるぐる巻きにしているヨルクがいた。
「こいつは?」
間違っても味方ではないだろうとは思いつつも、ハンスは見知らぬ男に指をさす。
「襲撃者だ。ハンスの方にも来たんじゃないか?」
「来ました。手強い奴でした」
「傷一つない顔で、“手強い奴だった”というなんて、ハンスは随分強くなったな。まあ、ダーリンの指導を受けてるんだから当然か」
「強く……なりましたかね?」
「ああ」
静かにクロエがそういうのを聞いてハンスは思わず自分の手を見た。
(俺はこの手で誰かを守れるようになったのだろうか)
だが、ハンスの感傷は続くクロエの言葉ですぐに中断させられた。
「ところでルツカはどうした? 迎えにいかせたんだが」
「え、そうなんですか? 会ってませんけど」
クロエは軽く舌打ちをした。確かにそうなる可能性はあったのだ。
「行き違ったか」
「俺、探しに行ってきます!」
「いや、待て。ヨルクに頼もう」
「でも!」
食い下がるハンスを諭すようにクロエはゆっくりとした声色を出した。彼女に余裕はなかったが、ハンスがルツカを案じる気持ちは痛いほど分かる。
「心配は分かるが、君も消耗しているはずだ。少し休んだ方がいい」
「……分かりました」
クロエの気遣いが分からないほどハンスは馬鹿では無い。ハンスは死霊から受け継いだ呪法の力でクロエのマナの乱れを整えた。本来は傷の痛みを和らげたり、回復を促したりする技術だが、ハンスが出来ることは少し気分を和らげるレベルでしかない。それでも、ないよりはマシだ。クロエはハンスに礼を言うと、エルのことを彼に託して眠りについた。
※※
クロエに促されてハンスを探しに行ったルツカは、程なくしてハンスを見つけた。
「ハンス、大丈夫!?」
ルツカは血相を変えて声を上げる。青ざめ、力なくへたり込んだ彼は遠目にみても尋常な様子ではない。
「一体どうしたの?」
駆け寄るルツカにハンスは死人のような目を向けたが、それだけだ。
「ちょっと見せて!」
ルツカは手早くハンスの体を探って怪我の有無を確かめる。何処にも異常がないことを確かめると、彼女は安堵して溜息をついた。
「はあ、びっくりした。どうしたのかと思った。こっちで何かあったみたいだから、来て欲しいの。立てる?」
「……ああ」
ハンス──ではなく、ハンスの姿をしたキアラは呆けた声を出した。
(先賢が生きているということは、ダフは負けたのか)
たまたま救世主一行の情報を手に入れた二人は、ロビンを出し抜こうと無断で出撃。そして敗北した。
(神聖エージェス教国を仕切るロビンの鼻を明かすには、救世主の首を取るしかなかったとはいえ、早まったか)
思っても見なかった事態に諦めにも似たぼやきが心に浮かぶ。自らの固有技能を使って次々と信じられない実績を上げ、地盤を固めていくロビン。このままでは勇者王などには留まらず、帝国を左右するような立場に立つことは確実だと誰もが思っている。
(だからこそ、今のうちに救世主討伐という分かりやすい実績をあげたかったんだけど)
キアラの固有技能、《変容》の有用性が認められれば、どんな固有技能を持つものが現れても、キアラの優位は揺るがない。誰にでもなれる彼女は帝国の切り札として、揺るがない地位を得るはずだったのだが……
「ハンス! ハンスってば!」
キアラの物思いはルツカの声で中断させられた。うるさい蠅を追い払うように手を振りながら、キアラは立ち上がる。今はこんな小娘に関わっている暇はないというのに。
(いや、この娘、使えるんじゃないか?)
救世主ハンスは数々の勇者が破れている紛れもない強敵だ。何せ帝国に『ミリオンメサイア』という禁断の切り札を使わせたのだから。
(その救世主ハンスの弱点がこの娘だ)
キアラではハンスには勝てない。だが、ロビンなら? そして、彼女がロビンの確実な勝利のためのお膳立てをしたらどうなるか。
(そうすれば、予定とは違うが、盤石な立場を得られることには変わりがない)
キアラは思わずほくそ笑む。ピンチが一転、チャンス到来だ。ハンスの姿をしたキアラはゆっくりとルツカに手を伸ばした。
※※
いつまでも戻ってこないルツカを皆で探しに行った時には、時既に遅く、彼女の髪紐がくくりつけられた木にはキアラからの伝言が刻まれていたのだった。
“彼女は貰ったわよ、坊や”
そのキアラの伝言を見たハンスは皆の静止を振り切り、キャラベル目指して走りだした。常人離れした身体能力を持ったハンスが本気で走れば誰も追いつけない。
(見つける! 絶対に見つける!)
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