第六十二話 経験値
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「ハハハ、全く異世界は最高だな! 俺はこの固有技能のおかげでやりたい放題だよ」
窃盗、暴行等々ダフがこの世界でした犯した罪は数え切れない。しかし、何をされてもダフのことを誰も認識出来ない以上、彼を責められる人間はいないのだ。
「下衆が!」
クロエは首元のナイフを無視して自分の背後に蹴りを放つ。ダフは回避しようとするが、逃げ切れずにうめき声を上げる。クロエは続けて追撃を加えようとするが、ダフの存在感は急激に薄くなり、彼女の攻撃は途中で勢いを失った。
「またか」
クロエは気配さえ捉えられなくなった相手に舌打ちをしながら、周囲を警戒する。
“全方向を警戒できれば大丈夫”などと言うわけではないが、やらないにこしたことはない。
(まあ、こんな小細工で固有技能を出しぬけるはずもないが)
そんなことをすることが考えながら、クロエは喉元に伸びたナイフを手にした剣で防ぐ。次は腹、次は眉間。クロエは繰り出されるナイフをことこどく防いで見せた。
「馬鹿な! 見えていないはずだ」
居場所が掴めない相手が焦った声色を出すのを聞きながら、クロエは薄く笑った。
「例え見えなくても馬鹿の考えることは分かってる。結局、お前の固有技能は私の前では意味がないんだよ!」
無論はったりだ。
クロエは自身の膨大な戦闘経験から、ダフのやりそうなことを予想して防いでいるだけだ。言わば山を張っているだけで、外れれば、致命傷を負うのは間違いない。そんな追い詰められた状況でクロエが相手を挑発した理由は二つある。
一つは仲間のためだ。
(今、一番厄介なのは、こいつがルツカやヨルクを狙うことだ。だから、注意を引きつけておく必要がある)
誰にも認知されない能力はかなりの脅威だ。戦闘能力が皆無に近いルツカは元より、まあまあ戦えるヨルクでさえ後れをとる可能性は高い。
そして、もう一つの理由。それは勿論勝つためである。
「……その余裕面、引っぺがしてやるよ!」
言うが早いか、クロエの腕に薄く傷が出来る。応戦して剣を振るうが、その時は既にダフは彼から離れている。クロエの持つ剣ではダフのナイフに追いつけないのだ。
「ハハハ、まだまだいくぜっ!」
ダフのナイフが嵐のように暴れまわる。彼は急所に狙いを絞るのではなく、守りが薄く、攻撃してもすぐに逃げられる場所を狙うことでクロエを徐々に弱らせようとしているのだ。
(持久戦になることは分かっている)
傷を増やしながらもクロエは冷静だった。劣勢なのは間違いないが、それは覚悟の上だ。
(こいつに勝つにはやはり先を読むしかない)
例え認識できない相手でも確かに実在はしている。つまり、いつ、どこにいるのかさえ分かれば攻撃できるのだ。
「ハハハ、かつては勇者筆頭、『先賢の勇者王』と讃えられたクロエ様も固有技能が使えなきゃ、ただの人だな!」
クロエを嘲る言葉と共に腕に傷が走る。痛みによろめいたところに蹴りをくらって姿勢が崩れ、遂にクロエは膝をついた。
「ハハハ、これで最後だ!」
音も光もなく、ダフのナイフがクロエに迫る。不可避の攻撃が迫るその瞬間、クロエは剣を振るった。
「ぐはっ!」
悲鳴を挙げたのは勝利を確信したはずのダフだ。ダフはナイフをクロエの首に刺すつもりが、逆に傷を負わされたことに驚き、さらにはその痛みに悲鳴を上げた。
「まさか、この俺がこんな目にっ!」
脇腹に突き刺さった剣の痛みに意識を乱され、《認識不能》が効力を失う。それにより、クロエは自分の剣が確かにダフを捉えたことを知覚した。
「馬鹿な、俺の攻撃が見えるはずがないんだっ!」
「見えないな。だが、予測は出来た。私に隙が出来ればお前は勝負を決めようと急所を狙う。それが分かれば反撃できる」
本来はそんな単純な話ではない。クロエはダフの攻撃を受け続けることで、攻撃のタイミングや傾向、さらにはダフ個人の癖までも理解し、彼の攻撃を完全に見切ったのだった。
「ハハハ、化け物め」
笑いながら、ダフは気を失った。クロエの剣は急所ではないにしろ、深い傷をダフに負わせている。ダフは固有技能に甘えてろくな戦闘訓練をしていなかったため、痛みに耐えられなかったのだ。
(終わった、とはいえ、流石に疲れたな)
大小様々な傷を負ったクロエも無事とは言い難い姿だ。ノロノロとした手で止血しようとしたその時、木陰の向こう側から遠慮がちな声がかかった。
「おい、大丈夫か?」
なかなか帰ってこないのを流石に不審がったのだろう。クロエは倒れて動かないダフを油断なく見下ろしながら叫んだ。
「ヨルク、こっちだ! ルツカ、ハンスを探してきてくれ!」
何かあったことを悟って駆け出すルツカの足音を聞きながら、クロエはヨルクを傍に呼び、ダフを縛り上げるように指示した。いくら彼女でも流石に体力の限界だったのだ。
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