第六十話 ハンスの力
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「これが私の固有技能、《変容》。あなたの力は頂いたわ!」
女はそう言うが早いか、ハンスはウィルプスを飛ばし、キアラの近くで爆発させる。長話のおかげで準備は出来ていた。
並の相手なら意識を奪う一撃。勇者相手にそこまでは期待できないにしても、一瞬視覚が奪われることで隙が生じるはずだ。そして、エレメンタルサイトがあるハンスが相手を見失うはずもない。
(相手もマナを見ることが出来れば別だけどな)
ハンスはキアラに向かって走り出した。一瞬で作り出された紫炎の剣を右手に握り、その場にうずくまるキアラに切りかかる。それは必殺の一撃だったはずだが、彼の剣はキアラに届く前に甲高い音を立てた。
「甘いわよ、坊や」
キアラはハンスの剣を押さえこんだまま、足を払おうとする。しかし、反撃があることはハンスも予想していたようで、キアラの蹴りが放たれる前に、速やかに後ろへ下がった。
(こいつの固有技能は本当に俺の力を手に入れることが出来るんだな)
修業の中でザンデはハンスに救世主の持つ力の中で最も模倣することが難しいのがマナサイトだと語った。固有技能は確かに模倣できないが、理論的には、固有技能の力を魔法言語を用いた魔道具に封じることで他者が利用することが出来るらしいのだ。
だが、エレメンタルサイトは違う。これは救世主だけが持つ第七感とでも言うべき超感覚なので、上記のような方法は不可能だ。ハンスがウィルプスによる奇襲をかけたのは、このことを確かめるためでもあった。
「やっぱり姿を真似るだけじゃないんだな」
キアラは心外だというようにため息をついた。そんな仕草にもどこか色香があるが、姿形はハンスのもの。そのため、ハンスは気分が悪くなった。
「私、“あなたの力は貰った”って言ったわよ? 女はね、意味のない嘘はつかないのよ」
キアラが言い終わるか否かのタイミングでハンスは【紫炎鳥】を放つ。だが、キアラも同じように【紫炎鳥】を呼び出していた。
二羽の【紫炎鳥】がまるで引き合うようにぶつかり、相殺される。技の威力も当然同じなのだ。
(まさか、自分自身と戦う羽目になるなんて)
その後も似たような状況が続いた。
姉の力なら模倣されていないのではないかと思って放った土の精霊、【土人】による力づくの攻撃は同じ攻撃で防がれた。
自分の魂にしかいないはずのリウルの五感を借り、キアラの攻撃を読んだ剣撃も防がれた。
力は同じでも、力の使い方なら模倣出来ないと考え、ザンデに教わった技──敢えてその攻撃を防御すると同時に衝撃で相手を蝕む種子を撒くポイズンブロッサムによる罠──は、その弱点であるフレアソーンという熱を発する植物系の魔物の力を借りた熱風で防がれた。
ここまで試して出た結論は一つだけだった。
(力だけじゃない。俺の出来ること、知ってること、その全てを真似ているのか)
修業によりハンスの技量は爆発的に上がっている。それはつまり、つけ込む隙が少なくなっているということ。ハンスの攻めに対し、キアラは容易に防御が出来るし、その逆も然りだ。
(俺自身との戦いなら勝てないまでも、負けないはずはなかったんだけど)
本来、同じレベル、同じ技量で戦い続けても不毛な消耗戦にしかならないはず。しかし、そうはならないこともハンスには分かっていた。
(切られた傷からの血が止まらない…… 何か毒を盛られたか)
離れ際に切られた右腕からの失血が止まらないのだ。浅いとは言えない傷だが、ハンスの体ならこの程度で血が止まらないなんてことはないはずなのだが……
「ふふふ、ようやく気づいたのかしら」
まるでハンスの思考を読んでいるかのようにキアラは得意気に笑った。
「坊やを傷つけたナイフには血液の凝固作用を妨げる……ああ、簡単に言えば、血が止まりにくくなる薬を塗っていたのよ。今は互角に戦えていても、血を失って動きが鈍っていく坊やとそうでない私。勝敗は明らかでしょう?」
高笑いをするキアラに対し、ただ剣を構えるハンス。
「凄いわ、あなたの力は。あなたを倒せばこれは私だけの力になるのね。これならロビンなんか、いえ、帝国さえも意のままよ」
「凄い?」
思わずハンスはキアラの言葉を繰り返した。それには微かに苛立ちが混ざっていたが、キアラはハンスの口調が変わったことには全く気づかない。
「あなたの力、それは生死の理を超える力よ。これがあれば、私は永遠の美と命を得られる。あなたの力が、血がもっとあれば!」
「違う! 《死霊食い》はそんな力じゃない!」
ハンスの力を手に入れたキアラは有頂天だ。だが、それに呼応するようにハンスの苛立ちは大きくなる。
「分からないの? 死んだ人間から力、知識、技能……何でも吸いとれる。この力は無敵の力よ!」
キアラの言葉についにハンスの顔にはっきりと苛立ちが出た。が、自分がイライラする理由は分からない。
(違う……そうじゃない!)
理由は分からない……しかし、いや、だからこそ、押さえられないほどの怒りが心の奥底が湧き出でる。
(この力は……《死霊食い》はそんな力じゃない)
ハンスは歯を食いしばる。故に、その言葉は歯の隙間から出るようなか細いものだった。
「……無敵の力……なんかじゃない」
「あなた方には分からないのね。可哀想な坊や。だから、私に負けるのよ」
ハンスは自分が強いと思ったことはない。姉を救えないばかりか、その後も度々窮地を仲間に庇われるような自分なのだ。
(姉さんやシイ村のみんなの命がなければ、俺は生きてはいない。そして、ヨルクやクロエ、ザンデさん、それにルツカがいなければ、ここまで来ることさえ出来なかったんだ)
それがハンスの偽らざる思い。そして、傷でもあった。だからこそ、負けないように、失わないように死ぬ気でザンデの修業に取り組んだのだ。
「心配しなくても、苦しませるつもりはないわ。救世主の力を譲ってもらうんだから、それくらいはしてあげないとね」
「そうか、そうなんだ……」
自分の出来ること、知ってること、その全てを真似ているのだと思っいたが、目の前の勇者はどうもそうではないらしい。
悔しさや不甲斐なさ、至らなさ。そして、死霊という哀しい存在の力を利用するという自らの力に対する罪悪感。
ハンスが《死霊食い》を得て戦い、感じたものはそうした感情が生む痛みに満ちていた。だから、ハンスは自分が弱いと思っていたのだ。負の感情を持つ自分が弱いのだと。だが、そうしたハンスの思いにザンデが触れた時、彼はこういった。
“それこそが《死霊食い》の力の根幹。君が苦しみ、悩むからこそ死霊達は君に語りかけるのだ”
弱いこと。それでも、諦めないこと。そして、その先に姉の笑顔があることを信じて生きること。例え報われなくても、それが今為すべきことであり、ハンスが姉に出来る唯一のことだ。
(こいつは俺の痛みを知らない。俺の辛さも知らない。そんなやつが俺と同じではずがない。そんなやつに俺が負けるはずもないんだ!)
キアラの右手に紫の光が集まる。それは、かつてハンスが自覚無く発動し、近くの兵士を一瞬で焼いた光。ザンデが“獄閃”と呼ぶその技はハンスが最も忌避するものだ。
「これで私はあなたに、救世主になる!」
「俺はお前なんかじゃないっ!」
キアラが手のひらに集まった紫の閃光をハンスに向かって解き放つ。その瞬間、ハンスは叫びながら、力を使った。
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