第六話 新たな力 そして……
興味を持って下さりありがとうございます
どれくらいそうしていただろう。
いつの間にか、肌を焼くような熱を感じなくなっていることに気づき、ハンスはそっと目を開けた。
まず目に入ってきたのは人影。丁度、リンダくらいの背丈の女性の人影だ。まるで、誰かをかばうように、ついさっきの光に背を向けて立っている。
その顔は安らかで、美しかった。まるで、リンダのように。
しかし、別人だ。
その人は明らかに致命傷を負っている。
顔を見上げるハンスの目には見えないが、彼女の背中は酷いことになっているに違いない。
ただ、そうだとしても、いや、だからこそ、命をかけて誰かをかばったその姿はまるで絵画のように美しい。
いや、そうではない。美しいとか、そういうことではなく──
「姉さん!」
ハンスは叫んだ。叫んで、駆け寄り、彼女の頬にそっと触れた。ウソだと言って欲しくて、まるで眠りから目覚めたかのように目を開けて欲しくて。
だが、分かっていた。姉はハンスをかばったのだと。そして……
(いや、それだけだ。姉さんは俺を助けてくれた。だから、次は、いや、今度こそ俺が助けるんだ)
ハンスは姉を抱きしめようと手を伸ばした瞬間、リンダはハンスの胸の中へと崩れ落ちた。
(姉さ──)
何とかリンダを抱き留めたハンスの耳元で、リンダはか細い声で囁いた。
「ハンス、無事なの?」
「そうだ。それに姉さんの傷もすぐに治してみせる。俺の救世主としての力は、俺が力を望むときに発現するって、聖霊が言ってたんだ。だから、俺が」
ハンスのおびえるような声を聞いた時、リンダの手はハンスの腕をきつく握りしめた。
「ダメよ、ハンス」
「どうして! だって!」
「私は死ぬわ。でも、それは私が選んだ行動の結果だもの。それをなかったことにするような力をあなたは望んではいけない」
「俺は姉さんに生きていて欲しいんだ。たったそれだけなのに!」
「あなたは……」
リンダが、最後の力を振り絞って出した言葉は突然、何かにさえぎられた。ハンスが、まるで生気を急にかき消されたような姉に訝しんでいると、彼の背後から、知らない男の声がした。
「こいつらで最後か」
先ほど出会った兵士と同じ格好をした兵士が何かを引き抜く動作をすると、兵士の手元に赤く染まった槍が戻る。それをみて、ハンスは何が起こったのかを悟った。
「お前、姉さんを!」
兵士はそんなハンスを冷笑しながらこう言った。
「人の心配をしている場合か? お前も致命傷だぞ」
兵士が指を指した先には、槍がハンスの体を貫いて出来た傷がある。兵士はハンスの背後から、2人の体を貫いたのだ。
「お前らは一体、なんでこんなことを!」
「知るか。命令だからな、悪く思うな」
ハンスには兵士のいう言葉の意味が全く分からなかった。
「俺が目的なら姉さんまで殺す必要なんてないじゃないか!」
「だから、言ったろ。命令だって。理由も何も俺は知りはしないのさ」
兵士はそういうと再び槍を振い、ハンスの胸を貫く。血を吐き、地に伏す彼を兵士は冷笑した。
「聞き分けねえな。もう死ねよ。そしたら、また姉さんに会えるさ」
そういうと兵士はリンダの亡骸をハンスから遠ざけるように蹴飛ばした。
「お前っ!」
「早く死なないと姉さんがドンドン先に行ってしまうぞ。だから早く死ねよ、シスコン!」
嘲笑しながら背を向けて遠ざかる兵士。その姿は、ハンスの心にかつてないほどの憎しみと怒りをかき立てた。
(こんなこと、あっちゃいけない。姉さんが、こんな奴に殺させるなんて間違ってる! 絶対、絶対っ!)
ハンスの心が憎悪と怒りで張り裂けんばかりになった時、不意に聖霊の声が頭に響いた。
“よもやこんな形で其方の力が目覚めようとは”
聖霊は複雑な思いがにじむ声色でハンスに告げる。
“ハンス、力に目覚めたお主は正真正銘の救世主じゃ。これからは、救世主ユァリーカと名乗るがよい”
ハンスが何か口を挟む前に聖霊の声は消えた。その瞬間、ハンスには聖霊が今度こそハンスと一つになったことが分かった。
「俺の力、か」
そう呟くと、目の前に姉の姿が現れた。陽炎のように輪郭が曖昧な姿だが、確かにリンダだということをハンスは確信していた。
「姉さん!」
ハンスはリンダを呼ぶが、姉は困ったように首を振った後、そっとハンスの傷に触れた。
(傷が……!)
だが、ハンスの傷が治ると共にリンダの姿も薄れていく。それを見て、ハンスは何が起こっているのかを知った。
(俺は姉さんの霊魂を吸収している……まさか、俺の力は魔王ユリウスと同じ《死霊食い》!?)
姉の姿はどんどん薄くなっていく。それと共に、ハンスは姉の魂が自分に流れ込んでくるのを感じた。
「止めてくれ、姉さん!」
慌てるハンスにリンダは優しい笑みを浮かべて消えた。
「そんな……」
ハンスには分かった。自分が姉の魂を取り込んで生きながらえたのだということを。
「ふざけんな、何が救世主だ!」
起き上がったその時、視界に入ったのは先程ハンスと姉を指した兵士。
瞬間、頭が真っ白になる。
ハンスが、何かを考えるよりも早く、力は発現した。
「お前はっ!」
紫色の焔が槍の形になり、兵士の体を後ろから貫く。丁度、ハンスが兵士にやられたように。
思わぬ攻撃に、兵士は驚きを貼り付けたような表情を浮かべた。
「何だ、この力は」
兵士は自分がハンスにつけた傷が跡形もなく消えているのを見て、幽霊でも見たかのような声をだした。
「こ、この力、お前が救世主だというのか!」
「違う!」
ハンスがそういうと、紫炎の槍が宙を踊り、兵士の胸を貫いた!
「俺は救世主なんかじゃない!」
絶命した兵士の死体から、陽炎のようになった兵士の姿が立ち上る。ハンスは不愉快そうにその姿を睨むと、兵士の頭を握りつぶし、振り払うように腕を振った。
すると、兵士の姿は霧散し、ハンスの腕の動きと共に、紫の光が飛ぶ。
紫の光は音も無く飛び、その軌跡にあるもの全てを焼き尽くした。腕を振り終わった後、ハンスの目の前にあったのは消し炭になった木々と数人の兵士の死体だった。
「これは、一体…」
ハンスが自らの生み出した光景に呆気にとられていると、笛の音が鳴り響き、次々に兵士達が集まってきた。兵士達は、彼を遠巻きに取り囲む。具合の悪いことに身を隠せそうなものはない。先ほどの光は大木さえなぎ払い、消し去ってしまっていた。
(どうする?とりあえず、この場を切り抜けないと)
兵士の死体からは、陽炎が立ち上っていたが、いずれもハンスからは距離があり、先程のように紫の光で攻撃できそうにはない。もっとも、出来たとしても、ハンスは同じことをするつもりはなかっただろう。
そうこうしている内に、兵士の包囲の一部が崩れ、一際立派な装備を身につけた男がハンスの前に現れた。
白銀に輝く板金鎧には様々な意匠が施され、武具と言うよりも芸術品といえる。得に目を引くのは、左肩についている翼のような飾りだ。頭部にもフルフェイスの兜を被っているため、顔形は分からないが、歩き方や態度から男性だろう。
そんな豪奢な鎧をつけた男は兜についたスリットごしにハンスを見ると、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「俺の《断罪の光》から逃れた奴がいると聞いてきてみれば、こんなガキか」
男は興味を失ったようにハンスに背を向けた。
「勇者である俺が手を下すまでもないわ。お前らで始末しろ」
「ハッ!」
包囲していた兵士の顔つきが変わる。遅れてハンスも身構えた。
(どうやって切り抜ける?)
《死霊食い》には頼れない。かといって、ハンスに使える魔法は戦闘で使えるレベルではない。ノロノロと腰の剣に手をやろうとしたその時、彼の心に触れる存在があった。
(姉さん!?)
《死霊食い》に捕らわれた姉の霊魂が何かを彼に伝える。それは言葉ではなかったが、何よりも明確にハンスに伝わった。
(分かったよ、姉さん!)
何度も目にし、憧れた姉の所作。脳裏に焼きついたそれを真似ることは容易かった。
「かかれ!」
ハンスの正面にいる兵士が号令をかけるのと、ハンスが精霊の真名を叫ぶのはほぼ同時だった。
「【紅炎鳥】!」
読んで頂きありがとうございました。次話は15時に投稿します。




