第五十七話 ハンスの星空
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ぼんやりと立ち尽くすハンスを見つけ出したルツカとクロエは、ヨルクと共に彼を連れてオーギュストの用意した屋敷に戻った。オーギュストの家来は主人が殺されたことを知らされていないようで、当初の約束通り、一行に宿を提供してくれた。
ハンスにあてがわれた部屋にセリムを含めた全員が集合し、彼から話を聞くと誰も何も言えずに黙りこくった。それくらいロビンの話は衝撃的だったのだ。
「ロビンという方は、信用できるのですか?」
セリムがそう尋ねたのはどれくらい時間が立ってからだろうか。しかし、この問いにハンスは首をかしげることしか出来なかった。
「世界のマナって、俺にはスケールがでかすぎるぜ」
その横ではヨルクがそう愚痴をこぼす。しかし、とりわけ衝撃が大きかったのは、元勇者であるクロエだろう。
「まさか、勇者にそんな秘密があったとは。だが、恐らくユリウスは知っていたのだろうな。そうだろ、ハンス?」
クロエの言葉にハンスは頷く。各々が各々の理由でショックを受ける中、ルツカだけは冷静な分析を行っていた。
「えっと、正直スケールが大きすぎて何から考えていけばいいのか分からないけど、とりあえず、今後の話から考えませんか?」
周りを伺いながら口にしたルツカの言葉にセリムだけは我に帰り、彼女に賛同した。
「そうですね、ルツカさん」
「今後?」
ヨルクが問う。いつも通り道化の仮面をかぶってはいるが、実は彼もまた、ショックを受けている。何しろ、ロビンが帝国に反逆を企てているなどといったことは、全く聞かされていなかったのだから。
「私達の目的は教皇と共にキャラベルを脱出すること。まずはそこから考えましょう。ロビンを信用するかどうかや、この世界のことはそれから考えればいいでしょう」
「そう言えばそうだ。ルツカ、セリム、ありがとう」
そう言うと、クロエは気付け薬のようにコップの中にあった水を飲み干した。
「セリム、大司教との面会はどうだったんだ?」
そう問われてセリムは言い辛そうに口を開いた。
「オーギュスト大司祭は殺されていました」
「「「!!!」」」
先程とは違い、今度は自分達の身の上に直結する話に再び場が凍りつく。
「今のところ、そのことは伏せられていますが、教皇派はまとめ役を失って混乱しています。約束されていたような支援を受けるのは難しいかもしれません」
「そんなっ!」
ルツカが悲鳴のような声を上げる。今やキャラベルの半分は帝国に仕切られているも同然。教皇派の助けがなければ、彼らは敵地で孤立しているようなものだ。
「でも、キャラベルを仕切ってるロビンが助けてくれるなら、いいじゃねーか。当初の予定とは違うが、教皇を連れ出せば、今回の目的は達成だ。一緒に帝国をどうのこうのってのいうのは、ルツカの言うとおり、後で考えればいい話だ」
お気楽発想を口にするヨルクだったが、今回ばかりは彼の言うとおりにするしかない。
「確かに現状では、キャラベルを脱出するにしろ、教皇を連れ出しすにしろ、ロビンの話に乗るしかないか」
クロエが渋々そういうと、ルツカやセリムも控えめに頷く。
「公演はあと一日ありますから、キャラベルを出るのは明後日以降です。まずは、相手の出方を見ましょう。結論を出すのはそれからでも遅くはありません。私は明日も情報を集めますから、皆さんは公演に集中して下さい」
「すまん。頼む」
クロエの言葉にセリムは笑顔で頷く。口で言うほど容易いことではないが、クロエにはセリムなら必ずやってくれるという信頼と確信があるのだろう。
「とにかく、今日は休もう。特にハンスは疲れているはずだ。明日の公演のためにも早めに休むんだ」
「はい、分かりました」
ハンスの生返事を聞いて、クロエがルツカに目配せを送る。ルツカはそれにしっかりと頷いた。
※※
ハンスはベッドに腰掛けながら、部屋にある窓からぼんやりと街を眺めていた。寝た方が良いとは分かっているが、色んな感情が渦巻き、とてもそんな気分になれないのだ。
しばらくそうしていると、控えな音量でドアがノックされた。まるでハンスが寝ているかを確信するようだ。
「どうぞ」
起きていることを知らせるようにはっきりとした声で返事をするとルツカが姿を現した。
「眠れないの?」
ハンスにルツカが声をかける。ハンスが“まあね”と返事をすると、彼女は彼の隣に腰を下ろす。
「ちょっと混乱してる?」
「そうかも。何か気持ちの持っていきどころがないというか」
「持っていきどころ?」
ルツカが問うと、ハンスは足を組み、その間に自分の顔を埋めた。
「話を聞いて、勇者に対する憎しみは前よりも強くなった。面白半分にシイ村を焼き、姉さんを殺した勇者は絶対に許せない」
言葉の激しさとは裏腹に、ハンスの口調は静かだった。しかし、それ故に、彼の怒りの深さがうかがわれる。
「……そうね」
「だから、ロビンのことも憎い。勇者というだけで憎いんだ。だけど、あいつの言動は一応筋が通ってる。俺達の公演を邪魔したのも、今から思えば、俺達を試していたんだろうし。俺が斬りかかった時も、それを予想……というか、それが当たり前だと覚悟していたように思えた。だから、冷静に考えたいんだけどっ!」
ハンスは指を折らんばかりに拳を握るが、ルツカが自分を気遣うように見ているのに気づき、慌てて指をほどいた。
「ごめん、変なこと言って。訳の分からないことを考えてるよな」
自嘲気味に笑うハンスにルツカは優しく首を振った。
「そんなことないよ、ハンス。私にはあなたが強くなったことがよく分かるわ」
「強く?」
ルツカが言わんとすることがよく分からず、きょとんとするハンス。ルツカはそんなハンスの手をとった。
「今までのハンスは勇者というだけで憎かった。でも、今は勇者を一括りにするんじゃなくて、それぞれの人がどうなのかを考えられるようになっているんじゃないかしら」
「そう……なのかな?」
「勇者を憎く思うのは当然だと思うわ。だけど、そこで終わらずに、相手がどんな人かを考えられるのはハンスが自分の憎しみや怒りに囚われず、耐えられるようになってきた証。それは間違いなく、強さだと思う」
「憎しみや怒りに囚われない、か」
ハンスにとって強さとは守ることであり、勝つことだった。だから、ルツカの言うような自分の感情に振り回されないことを強さだと思ったことはなかった。
憎しみや怒りに飲み込まれるのではなく、かといって、否定するのではなく、あくまでもそれも一つとして考えること。ハンスは真の意味での冷静さを手に入れつつあるのかもしれない。
「ありがとう、ルツカ。俺、何となく分かった気がするよ」
「それならよかった。正直、ロビンの言葉を鵜呑みにするのは危険だと思う。でも、頭から否定するのもどうかと思う。だから、ロビンの思惑を慎重に見極めましょう」
「そうだな、確かに」
冷静になれば、当たり前の話だ。勇者だろうが、なかろうが、信頼できるか否かは時間をかけて見極めるものなのだ。それさえ忘れていたハンスは憎しみと怒りで視野が狭まっていたのだろう。
「ルツカは凄いな。敵わないよ」
ハンスが身をベッドに投げ出すと、窓からは星空が見えた。空の大きさと比べれば、自分はなんて小さな存在なのだろうかと思う。
「私、ハンスをいつも見てるからね」
少し自慢げな顔をしたルツカがハンスの顔を覗き込む。栗色の瞳にある輝きは星々の輝きに負けないくらいに美しい。それは、高く遠いところにあるものではなく、ハンスの手に届く、彼だけの星空だ。そして、いつも自分を照らし、力になってくれる光でもある。
「ありがとう」
ハンスは目の前のルツカの顔に手を伸ばす。少しくすぐったそうにする彼女を見て、胸の奥から愛おしさが溢れ出る。
「ルツカ」
「何?」
ルツカはハンスの目を見ながらゆっくりと彼に問う。
「キスしてもいい?」
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