第五十六話 ロビンの話
ブクマありがとうございます!
「オレは君と戦う気はない。今は少し話がしたいだけだ。聞いてくれたら、今日は帰る。とりあえずそれだけでも信じてくれないか」
ハンスはロビンの方を向きながら、しぶしぶ頷いた。《霊剣》を引いた時点で今のところ敵意がないと認めざるを得ない。例え、憎い相手だったとしても、それくらいのことを考えられる程度にはハンスも冷静になっていた。
「助かるよ、救世主ハンス」
「俺は救世主なんかじゃないっ!」
敵に遅れを取るような救世主なんているわけがない!
「分かった。じゃあ、キミのことはハンスと呼ばせて貰おう」
ハンスのきつい言葉にロビンはそう言って肩をすくめた。
「それでいい」
「じゃあ、まず、改めて自己紹介をさせて貰うが、キミが見抜いた通り、オレがロビンだ。帝国によって別の世界からこの世界に召喚され、勇者となっている」
これは既に知っている話だ。
「勇者は金や地位などの見返りのために帝国からの指令を遂行している」
改めて当事者から語られるということに意味はあったものの、それも予測の範疇だった。だが、このとき、ハンスの胸に一つの疑問が生じた。
「帝国はなぜ俺を狙うんだ?」
「キミが帝国にとって脅威だからだ」
ロビンの返した答えは簡潔かつ意外なものだった。
「脅威?」
「そうだ。帝国は救世主がいずれ自分達を滅ぼそうとすると知っているのだ。いや、救世主に敵視されるに足ることをしているという自覚があるというべきか」
回りくどい言い方にハンスが憮然とした顔をするが、ロビンの説明はこれで終わりというわけではなかった。
「簡単に言えば、自分達の利益のために世界の害になることをしているということだ。具体的には、私達勇者の召喚だ」
「勇者が世界の害? まあ、あんた達のせいで戦争が行ってるしな」
ハンスのこの発言には、帝国の侵略には常に勇者が先頭に立ってきたという歴史が影響している。しかし、ロビンは軽く首を振った。
「確かにキミの言うことは半分は正しい。いくら帝国といえど、異世界から召喚した私達なしにはここまで戦争をすることはできなかっただろうしな。だが、それだけでは帝国が世界に対して不利益を与えているとまでは言えない。まあ、周りの国に迷惑はかかってはいるが」
「じゃあ、一体……」
「勇者の召喚には代償が必要なんだ」
ロビンの言葉でハンスは前にも同じような話を聞いていたことを思い出す。
(確か、ザンデさんも同じことを……)
あの時は与えられた知識が膨大すぎて理解できなかったが、今、点と点が繫がり、ハンスに一つの真実が見えた。
「異世界からの召喚にはこの世界のマナを消費する。帝国はそれを用意するために戦争で人を殺して来たんだな!」
「その通りだ、ハンス。しかも、その時に使われたマナは人や生き物が死んだ場合と違い、循環しない。ただ無くなるだけなんだ」
「それじゃ、世界がっ!」
ハンスの言葉にロビンが頷く。
「そうだ。帝国が勇者を呼べば呼ぶほど世界はマナを失い、衰退する。こんなことをしている帝国が、この世界の救世主から目をつけられないわけがない。中には、皇帝の支持率の低さから救世主を危険視する貴族もいるが、そんな奴らは何も分かっていないだけだ」
「あんたらはそれを知ってて、帝国のために働いているのか!」
「ここまで知っているのは、我々勇者の中でもごく一部だ。しかし、知ったとしても態度は変わらんかもしれない」
「なんで!?」
気色ばむハンスにロビンは若干申し訳なさそうにその答えを告げた。
「元々、この世界と似たゲームが私達の世界にあるせいで、ここでの出来事もゲームの延長線上にあるものだと勘違いする奴が多いからだ。それもまた異世界から都合のいい人間を召喚するための工夫なのだろうが、まあ、これは言い訳か」
今まで勇者が、口にしていた意味の分からない言葉がハンスの脳裏を過ぎる。
NPC、VR、モブ
ハンスには意味の分からないこの言葉は勇者達がいた世界の“ゲーム”とやらで使われているものなのか。
(そうか、こいつらにとって、俺との戦いは遊びなんだ)
ハンスは得体のしれない感情が自分の心の奥底から湧き出るのを感じた。シイ村を焼き、リンダを殺し、自分を孤独に追いやった理由がそんなことだったとは。
(こんな奴らに姉さんは……俺は……!)
あまりに理不尽な話に怒りが体を奮わせる。心臓の高鳴りがやけに大きく聞こえ、憎悪が喉から漏れだそうと暴れ出す。ハンスの自制心が限界を超え、彼の感情が沸騰し、臨界点を超え──
だが、その時、ハンスの暴発を止めたのは、憎悪の対象であるはずの勇者、ロビンが不意に口にした言葉だった。
「だから、私は帝国を倒したいのだ。出来ればキミと共に」
「なんだって?」
その言葉があまりに意外過ぎたので、ハンスには意味がよく理解できなかった。しかし、それはロビンにも予想していたことらしい。今までよりも更に丁寧に話をし始めた。
「オレは帝国のやり方も、勇者達の在り方も間違っていると思う。いくら呼ばれたからといって、この世界の人間もないのに好き勝手するなんて間違ってる。だから、オレは帝国を倒し、この世界をあるべき姿に戻したいんだ」
「……」
「にわかには信じて貰えないと思う。だから、まずはキミ達のことを助けようと思う。キミ達の目的は、教皇をキャラベルから脱出させることだろう? 心配しなくてもキミ達のことはオレがたまたま見つけただけで、他の勇者や帝国には伝わっていない。だから、オレが協力すれば、安全に教皇を連れだせるはずだ」
ハンスが味のないパンを噛むようにロビンの言葉を咀嚼していると、少し離れたところから、ハンスを呼ぶ声が聞こえてきた。帰りが遅いのを心配して、ルツカとクロエが様子を見に来たのだ。
「少し話しすぎたかな。続きはまた」
そう言って自分に背中を見せ、路地に入って行くロビンの姿をハンスは呆然と見つめていた。
読んで頂きありがとうございました! 次話は12時に投稿します!




