第五十四話 奇襲
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“魔王と愉快な仲間たち”の朝の公演を見に来た人々は期待に胸を膨らませていた。その理由は勿論、昨日の公演をみた観客からの自慢話だ。昨日の公演が終わった頃にはとっくに日が落ちていたのだが、こういう話が伝わるのは何故か早い。
「今回は“大当たり”らしいな」
「ああ。待ち遠しいよ」
公演は一回目と同じくナイフを使ったヨルクのジャグリングから始まるが、今回はルツカも加わり、二人の間をナイフが飛び回った。《死霊食い》で創られたナイフがハンスの意のままに動かせるからこそできる荒技だが、勿論観客にはそんなことは分からない。昨日よりもパワーアップした芸に会場の熱気はどんどん高まって行った。
「なるほど、サーカスでするようなことを魔法でやるのか。まあ、此方では目新しくうつるよな」
ステージの裏手から芸をする三人とそれに喝采を送る観客を見ながら、ロビンは一人呟いた。
「オレは一座の一員ではないが、一つ協力させて貰うとするか。“このピンチ、見事切り抜けましたら拍手ご喝采”というやつだ」
そういうと、ロビンは薄く笑みを浮かべた。
※※
「次は私か」
ヨルクとルツカの出し物が終わると、ステージに台座がついた金属製の輪っかが置かれる。それと同時にクロエがステージに現れ、鞭を鳴らす。
「ファイヤーッ!」
クロエが叫ぶと同時に輪っかが紫の炎で燃え上がる。裏にいるハンスに合図を送ろうとしたその時、突然彼女は地面を蹴って横に飛んだ。それに少し遅れて、地面に鋭利な刃を押しつけたような亀裂が走る。思っても見なかった展開に、観客はどよめいた。
「これは、まさか、《霊剣》!?」
ハンスは亀裂へと視線を向けると同時にその攻撃の正体に気がついた。たとえ、見えない攻撃でもマナの流れを読むエレメンタルサイトから逃れることは出来ないのだ。
「あいつ、生きていたのか?」
隣にいるエルヴィールが不安そうにハンスの顔を見上げるのを見て、彼は慌てて笑顔を繕うが、時既に遅しというやつだ。
再び、見えない攻撃が飛ぶ。不可視の攻撃はそれで終わりではなかったのだ。クロエが動く度、何処かに亀裂が走る。最初は出し物かと思っていた観客もいたのだが、ステージに亀裂が入る段になると流石におかしいと思いはじめ、だんだん騒ぎが大きくなっていく。
(ここで中止するしかない)
ハンスがそう考えた時、クロエはついに攻撃を避け損ない、左肩に剣を受けてしまった。悲鳴を上げる観客に反して、クロエは悲鳴一つ上げない。
(《霊剣》の攻撃に痛みは無い。でも魂に傷がつく)
彼女は何事もなかったかのように立ち上がるが、攻撃を受けた左肩はだらりと下がったままだ。
「ハンス!」
舞台の袖で次の準備をしていたルツカとヨルクが駆けよってくる。ハンスは彼らには一つ頷いてみせると、あらかじめクロエから教えられていたハンドシグナルで“公演を中止する”というメッセージを送る。しかし、信じられないことにクロエはそんなハンスに“続行だ”というサインを返した。
「なんで!」
「ハンス、あれを見ろ」
思わず叫ぶハンスに、ヨルクは先ほどクロエが攻撃を避け損なった場所を指さした。クロエが躱さなかった攻撃は、丁度紫炎がついた輪っかに直撃するものだったのだ。
「あいつはこの作戦に命をかけている。俺達が止めていいもんじゃない」
「いや、それはおかしいでしょ!」
よく分からない熱さを見せるヨルクにルツカがすかさず突っ込むが、彼は気にした素振りもなく、ハンスに語りかける。
「あいつは俺達のためにこの作戦をやり遂げようとしている。なら、俺達はあいつの為にこの公演を成功させるべきだ!」
「何その理屈、わけわかんない!」
「男にしか分かんねえよ」
「それはただの男女差別でしょ!」
ヨルクが無理のある説得をしているのには、勿論理由がある。彼はロビンから公演を中止するなと言われているのだ。とはいえ、観客に被害が出かねない状況で、続行を主張するのはいくら何でも無茶苦茶だ。
……いや、無茶苦茶なはずなのだが、ハンスには何故かヨルクの言葉が届いてしまった。
「そっか。ここで俺達がすべきなのは、止めることじゃなく、支えることなんだな」
「ちょっと、ハンス!」
慌てるルツカにエルヴィールはそっと彼女の肩を叩き、大人びた様子で首を振る。エルヴィールは意外とこういうろくでもない展開に慣れていたのだ。
ヨルクはハンスの言葉を聞き、【拡声】の魔法がかかった魔道具を握り、ステージに上がった。
「さあ、盛り上がって参りました! 突然の奇襲に防戦一方のボンテージクイーン! 無事精霊魔法でやり過ごせるのでしょうかっ!」
慌てふためいていた観客の様子がヨルクの言葉で少し平静を取り戻す。それを見たハンスはクロエにハンドシグナルで“詠唱”と告げた後に、“以後はいつも通りに”と指示した。
「我が身に宿る精霊よ! 今こそ力を解き放て!」
クロエが偽の詠唱を唱えると同時に、ハンスはエレメンタルサイトの視野を最大に広げ、敵の場所を特定する。
(思ったより多いな。いや、それよりも、この感じは……)
ハンスが感知した敵意を持ったマナは九つ。相手は客として紛れているのか客席のあちらこちらにいる。
(ばらけているから、まとめて攻撃するのは無理か)
攻撃が一回ずつだったのは、発射場所を変えることで出所を分かりにくくするためだろう。加えて、一人がやられたら、仲間は、いや、他は逃げて次の機会を待つつもりなのだろう。
(厄介だ。一人でも逃がしたら、今度は観客を盾にするかもしれないな)
いくらエレメンタルサイトで相手の場所が分かっていても、ばらけた九人を同時に攻撃する手段は限られている。しかも、問題はそれだけではない。
(これはあくまでも見世物だ。相手を無力化すると同時に、それらしい演出がいる)
つまり、一瞬で九人の相手を無力化しつつ、派手な演出をしなければいけないのだ。とんでもない離れ業だが、幸いにもそのために必要な力にあてがあった。
(リウル、変身だ!)
ハンスは心の中にいる相棒に助力を請う。するとリウルは自分の変化能力を使って、ハンスが望んだ姿に変化し、姿を現した。
「いくぞっ!」
九つのウィルプスに姿を変えたリウルが飛んでいく。それは目にもとまらぬ速さで、相手を同時に居抜き、光の花を咲かせた。
音もなく客席に咲く光が生み出す幻想的な光景に目の肥えた観客達も目を奪われる。その隙に、変化を解いたリウルが駆け回り、地面に空いた亀裂に周りの土をかけていく。そして、ルツカはステージの木材に木々の成長を促す自然魔法、【成長】を使って、ステージを修復する。彼らのおかげで攻撃の跡が目立ちにくくなった。
そんなルツカとリウルの献身的な努力もあって、一時はパニック寸前だった観客も“ちょっと過激な殺陣だった”くらいの認識になっていく。左肩が動かないクロエのサポート役としてヨルクがステージに上り、あれやこれやで盛り上げることで、大きな問題は起こらず、“魔王と愉快な仲間たち”の公演は火の輪くぐりへと進んでいった。
「ふう。危なかった」
一息ついてそう呟くハンスを目にしたエルヴィールはその凄まじさに開いた口が塞がらない状態だ。ルツカは舞台の袖に戻ると、そんな彼女に苦笑した。
「ちょっと事情があって、ハンスは強力な魔法が使えるの。まあ、一応秘密にしておいてね」
「あ、はい」
エルヴィールは黙って頷くしかなかった。ハンスの技量に圧倒されるエルヴィールだが、教皇たる彼女の力がハンスに劣っているわけでは無い。
だが、神聖エージェス教の神聖魔法は、別名、“天候魔法”と呼ばれるように天候を操る魔法で、効果範囲と持続時間が高い反面、即効性がある魔法はかなり限られている。つまり、ハンスが見せたように手早くピンポイントに作用するような術はあまり持ち合わせていなかったのだ。
(本当に凄い。確かにこの人なら、大司教達の望み通りに勇者を排除出来るかもしれない)
だが、ハンスは自分達に協力してくれるのか。エルヴィールはとてもハンスをその気にさせる自信などなかった。
エルヴィールがそんなことを考えている間、ルツカは山場を切り抜けてリラックスしている彼の耳元にそっと囁き、注意を喚起する。
「ハンス、これが最後じゃないかも。私達の公演を邪魔するのが目的なら、これでは引き下がらないかも知れない」
だが、ハンスもそれは考えていたらしい。彼はルツカだけに聞こえるような小さい声を出す。
「ああ、犯人は多分あいつらだ」
聡いルツカにはそれだけで、ハンスの意図が伝わった。勇者に目をつけられていると知り、ルツカは顔色を変えるが、気丈にもその場では何も言わない。だが、密かに“これが最後でありますように”と願わざるを得なかった。
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