第五十三話 共同作戦
興味を持って頂きありがとうございます!
一時間後、ヨルクは何とか事情を説明出来たものの、クロエやルツカの視線は冷ややかなままだった。特にスパイだと疑っていた少女がハンスの知り合いだったというのが痛かった。
「にしてはなかなか上手く気配を消してたじゃねーか」
「影が薄いってよく言われる」
ルツカが黙って少女を抱きしめ、ヨルクを睨みつける。言えば言うほど、彼の立場は悪くなる。憮然とした顔のヨルクをよそにクロエは少女から話を聞き出した。
「つまり、今日は予定がキャンセルになったから、私達の準備を見に来た、と」
「そう」
「そう言えば、昨日は少ししか見られなかったもんな」
エルヴィールは黙って頷く。彼女は口数が少ないが、話をすることが嫌いな訳では無い。エルヴィールの毎日は大司教などのいわゆる大人との社会的なコミュニケーションが多いせいで、こうした日常会話のバリエーションが少ないのだ。
「じゃあ、今日は一緒にいようよ! 出し物はそれぞれちょっとずつ変えるつもりだから楽しいよ」
ルツカがエルヴィールの手を握ってそう誘う。どうも、ルツカはエルヴィールのことが気に入ったらしい。何気に面倒見のいいルツカは、ちょっと手間のかかる妹のように感じているのかもしれない。
ルツカの誘いにエルヴィールも嬉しそうに数回頷いた。勿論、ハンスやクロエにも異存はない。あるとすれば、それはヨルクだけだ。
(全く何だって……ん? この気配は)
先ほどからずっと蚊帳の外であった彼だけは再び怪しい気配を感じとった。
(……今度は物見遊山って感じじゃないな)
今度の気配の主はエルヴィールの場合と違い、明らかに目標を定めている。具体的にはエルヴィールだ。
(こいつが本物の変態だ、真犯人だ!)
ヨルクのテンションが高まる。一時はどうなることかと思ったが、汚名をそそぐことが出来れば結果オーライだ。
ヨルクの見つけた真犯人はすぐ傍にあるステージの柱に隠れている。楽しそうに談笑するハンス達を背に、ヨルクは足音を建てずに真犯人が身を隠す柱へと近づき、これ見よがしに大声を上げた。
「何だっ、お前は! 不審者かっ!」
「ええっ!」
物陰から戸惑った声を上げたのはは二十代前半くらいの若い男だ。美形とまでは言えないにしろ、わりと整った顔立ちをしている。
「いい年の大人がコソコソ物陰から様子を窺うなんて、後ろめたいことがあるに決まってる!」
まるで親の敵を糾弾するような勢いだ。しかし、それは、次のルツカの一言で瓦解した。
「エルヴィールの知り合いなの?」
男の顔を見たエルヴィールの表情を変化させたことで、何かを察したルツカが声をかけたのだ。
「何だって!」
汚名返上に勢いづいていたヨルクはまるでこの世の終わりを見たかのような表情を浮かべた。
「紛らわしいことをしてスミマセン。私はロ、ロミオといいます。エルヴィールの兄です。妹がご迷惑をかけていないかと思いまして」
一度ならず、二度までも
ヨルクは思わず礼儀正しく挨拶をするロミオの足元に倒れ込んむ。そんなヨルクにハンスは何か声をかけようとしたが、すぐに思い直す。そう、今は何を言っても逆効果だ。
「お兄さん? でも──」
二人の顔を見比べ、何かを言おうとしたハンスは途中で口ごもる。しかし、ロミオは気分を害した様子もなく、彼の疑問に対する答えを返した。
「ああ、似てませんよね。実は私は養子でして」
そう言うと、ロミオはありがちな話を始めた。曰く、エルヴィールの家には女の子しかおらず、最近、跡取りとして自分を養子に迎え、いずれは彼女の姉と結婚する予定になっていること。そして、今日はエルヴィールの姉から彼女を見守るように頼まれているのだという。
「じゃあ、よかったら、ロミオさんも私達の公演を見学していきませんか? 私達、ついさっきエルヴィールちゃんと一緒に過ごす約束をしたんです」
「そうなのか、エルヴィール! よかったじゃないか!」
そう声をかけるロミオにエルヴィールは少し後ずさりをする。そんな彼女を見て、ロミオは頭をかきながら言い訳をした。
「実は見てのとおり、まだエルヴィールとは打ち解けていないんです。それもあって、彼女の姉は僕とエルヴィールの時間を作ってくれてるんですが。まあ、こんな状態なので、ご一緒させてもらえるなら助かります」
つまり、二人だと気まずいということだ。
「じゃあ、決まりだな! よろしく、ロミオさん、エルヴィール」
ハンスの言葉にエルヴィールは少し硬い表情で頷き、ロミオはにこやかに“よろしく”と返事をした。
※※
それから、公演の準備は急ピッチで進められた。最初にゴタゴタしたせいで開演時間に間に合わないのではないかと危惧されたものの、ロミオが精力的に手伝ってくれたおかげで無事間に合わせることが出来た。
「何とかなったか。しかし、これはあんたのおかげだな!」
開演直前に間に合ったステージをみながら、ヨルクは横にいるロミオの肩を気安く叩く。ヨルクは人知れず落ち込み、またいつの間にか立ち直っていたのだ。
「ほんと、一時はどうなるかと思ったよ。」
ロミオはヨルクと歳が近いせいか、彼には砕けた口調で話す。
「しっかし、凄い働きぶりだったな。まるであんたが二人いるみたいだ」
「実際に二人になったよ。まあ、見つからないようにしてたけどな」
「へ?」
意味が分からず、ヨルクが間の抜けた声を出す。ロミオは意味ありげな笑みを浮かべてそんな彼の方を見る。
「ヨルクもそんな力を持った奴にあっただろ? 俺はログで見ただけだけど。オデッセイで《自己複製》を引用して準備を手伝ったのさ」
「!!!」
ヨルクの顔色が変わる。何かを言おうとした彼に、ロミオは人差し指を一つ立てた。
「静かに。私は君の仲間だろ? だから、慌てなくてもいい。それにこれから本番だ。落ち着いてくれよ」
文句を思いつく間もなく、ヨルクは一つ頷いた。そして、カラカラに乾いた喉からなんとか言葉を捻り出した。
「あんたがロビンなのか」
ヨルクは緊張のあまり生唾を飲み込む。それに反して、ロビンは気安い口調でヨルクに答えた。
「そうだよ、ヨルク。初めてまして。初の共同作戦だが、まあ、今回は様子見だ。楽に行こう」
ロビンはヨルクへ手を伸ばす。ヨルクは震える体を押さえつけ、何とかその手を握った。
※※
「遅いですね」
一方その頃、セリムは教皇派の人間と今後の行動について打合せをするために指定された場所で様子を窺っていた。
(赤い羽根帽子をつけた男に手を上げる、が合図だということでしたけど)
目的の人物どころか、通り過ぎる人間さえいない。これはかなりおかしなことだった。
(いつもならこの時間はそれなりに人通りがあるはずですが)
セリムがいるのは、色々な場所に接している広場のような場所だ。交差点と言ってもいい。昼を前にした時間、そんな場所に誰も来ないなんてことは考えづらい。
(遅れているだけか、あるいは何かあったのか……)
その場を離れようかとセリムが考え始めたその時、突然、何かが上から落とされたような音がした。セリムは思わず振り向くと、なんとそこには血に汚れた赤い羽根帽子を被った男が倒れていた。
(私達の動きはバレていた!? オーギュスト大司教がまさか殺されていたとは!)
セリムは男が目に映るや否や、全速力で駆けだした。誰も彼を追って来る様子はないが、安心は出来ない。今は一刻も早くこの場を離れなくてはいけないのだ。
(早くこの事をクロエに伝えないと!)
セリムはそれだけを考えてひたすら走った。
読んで頂きありがとうございました。次話は明日の七時に投稿します!




