第五十一話 約束
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その日の夕暮れ。大礼拝堂の前にある広場には、普段はない板張りのステージが設けられていた。これは、キャラベルで催し物があるときのいつものスタイルなのだが、普段と唯一違うものがある。それは客席の前に金網がついた柵が設けられていることだ。
「今回は何だろうな?」
「前回は演劇だったよな」
金網を見ながら若い男が呟くかと思えば、目が肥えた初老の男はそれには目もくれずに前回の催し物について思い出す。皆、開演前に思うことは色々だったが、共通するのはこれから始まるイベントへの好奇心だ。
数ヶ月に一回の気晴らしに対する住民の期待は高く、あれこれと話す声が彼方此方から聞こえる。そんな彼らに気を配りつつも、ロアンは気がそぞろになっていることを自覚していた。
(精霊魔法だとか言っていたが、一体何をするつもりなんだ?)
まさか、本物の精霊魔法が見られる訳はない。だが、そこまで期待を煽るあの一団が何をするのかには興味が沸く。ロアンは少しでも手がかりを得ようと設置されたステージに目を向けるが、特に変わった様子はない。ただ、周りが丈夫な柵と金網で囲われているのがいつもと違うが、なんのためにそんなものがあるかが、よく分からない。
そうこうしている内にファンファーレが鳴り、ステージの傍からロアンが応対した妙な格好の男が現れた。
「レディースアンドジェントルマンっ! この度はこの麗しき町、キャラベルにお招きいただき、ありがとうございますっ!」
ロアンにはよく分からない口上だったが、これからショーが始まることが分かり、胸が高まる。
(いかん、俺は警備員なのに!)
慌ててそう自戒するが、先程の男が声を大きくする魔法、【拡声】の魔道具を再び口元に持っていくと、彼の視線はステージへと引きつけられた。
「これから皆様にはあの伝説の精霊魔法を見ていただきますが、かの魔法は準備に時間がかかるもの。それが整うまで、私の拙い芸でもご覧下さいっ!」
そう言うと、男と同じ妙な格好をした人物がナイフを三本持って、ステージの袖から現れた。背丈や線の細さから見て少女なのだろう。彼女が男にナイフを渡すと、男はそれを次々に宙に投げ、そして受け取り、また投げるという行為を始めた。
「これぞ、我が一族に伝わる伝統芸能、“じゃぐりんぐ”でございます~~」
がっかりだ
そう感じたのはロアンだけではなかったらしい。確かに見たことがない芸だし、手さばきは見事だったが、この場には色んな芸を見てきた者ばかり。当然目が肥えており、この程度では拍手どころかブーイングが起きかねない。
しばらくすると道化の男はそんな会場の冷たい視線に気づき、わざとらしく肩を落として、芸を止めた。
「どうやら、わたくしの芸はお気に召さなかった様子。では、彼女の手を借りましょう!」
道化の男がそういって同じ格好をした少女へ向けて腕を振り、観衆の注意を引く。道化の格好をした少女は、自らに注意が向いたことを確認すると【拡声】の魔道具を口元に当てた。
「剣の精霊よ、我に力を貸したまえっ!」
少女が歌うように呟くその言葉が、詠唱でないことはほとんどの観客がすぐに理解した。何故なら、神聖エージェス教の信者の多くは神聖魔法の使い手なのだ。ちょっとした奇跡を起こす程度の使い手なら、近所に一人はいると言っても良い。
そして、だからこそ、次に起こった出来事に皆が驚いた。突如、道化の格好を男の頭上に紫の炎が円を書いたかと思うと、それから生まれた大ぶりのナイフが一つ、また一つと道化の男の手に落ちて来たのだ。慌てながら、先程のようにジャグリングをする男に観衆は大きくどよめいた。
「今のは詠唱じゃなかった。これは手品なのか?」
「そんな馬鹿な! 魔法を使わずにどうやってこんなことをやってのけるんだよ」
「じゃあ、魔法!? さっき、剣の精霊とか言ってたけど、まさかこれが精霊魔法なのか!?」
暫くするとナイフが次々に紫の炎を上げて消えていく。道化の男は手を広げ、種も仕掛けもないことをアピールした。
「いかがですか、皆様。我が一座の精霊魔法は?」
あちこちから口笛や拍手が鳴り響く。道化の男と少女は手を上げてそれに応えると、次の演目を声高に宣言した。
※※
「次は……あ、“ひのわくぐり”だがら、リウルに具現化してもらってからブラックタイガーに化けてもらうか」
道化の格好をしたヨルクが使っていたナイフを《死霊食い》で創ったのは勿論ハンスだ。彼は舞台の袖で芸に必要なものを次々に創り出しているのだ。
ハンスの心の中に住んでいるリウルを具現化し、ブラックタイガーに化けてもらった後にステージへと押しやると、観客に大きなどよめきが走る。だが、“ぼんてーじ”とかいう見たことのないくらい破廉恥な格好をしたクロエが鞭で魔物を操って見せると大きな歓声が上がった。
これでハンスの出番はしばらくない。彼は立ち上がるとずっと座っていたせいで強ばった体を伸ばす。すると、急に彼に声がかけられた。
「何をしてるんですか?」
声がした方を見ると、少し離れた場所にある建物の窓が空き、誰かがハンスの方を向いている。銀髪の少女のように思えるが、顔は判別できない。およそ、人の声が届く距離だとは思えなかったが、彼にはマナの動きですぐにこれが生活魔法の仕業だと分かった。
(【拡声((ラウドヘイラー))】か。辺りに声を響かせずに俺にだけ声を届けるって言うのは、なかなかだな。神聖魔法も結構上手いのかも)
生活魔法というのは俗称で、厳密にはそういう名前の魔法はない。というよりも、魔法とは認められないレベルの技をそう呼ぶのだ。基礎から学ぶのは魔法もその他の技術も変わらない。その基礎を学ぶときに出来るようになるようなちょっとしたこと──例えば、洗濯物を乾かしたり、少量の水を出したり──を一般人は生活魔法と呼ぶのだ。
魔法を使える者にとっては取るに足らない技ではあるが、生活をする上では便利な力だ。故に、貴族の家にはこうした魔法が使える魔道具があることも多い。
「ステージの手伝いをしてる。俺は『魔王と愉快な仲間たち』っていう雑技団の団員なのさ」
少女と同じように魔法で少女の耳元に声を届ける。すると、彼女は弾んだ声を上げた。
「楽しそう……」
そう言いながら、エルヴィールはそんな話を姉さんが聞いてたなと思い出した。
「君は何をしているの?」
「私は姉さんを待ってる」
今日はたまたまロビンとの面談がなく、エルヴィールの帰りが早かったからだが、そこまではハンスには分からない。彼に分かったのは、少女は暇を持てあましているらしいと言うことだけだ。声色に自分たちの芸に対する興味を感じとったハンスは少し少女が不憫に思えた。
(俺達の公演に来たかったけど来られなかったのかな)
ハンスはエルヴィールの事情を全く知らなかったが、それはある種的を得た推理ではあった。
「じゃあ、こっちにくる?」
ハンスはそういうと、《死霊食い》で少女のいるところから自分の隣までをつなぐ黒い階段を創る。彼女はその魔法に目を見張りながらも、迷うことなくそれに足を乗せた。黒い階段はゆっくりと縮み、音もなく少女をハンスの元へと運ぶ。
「あなたの魔法、凄い」
ハンスの隣に座った少女は、髪と同じ銀色の瞳をキラキラさせながらそう言った。まるで妖精のように神秘的な美しさを持つ少女に褒められ、ハンスは若干照れた。
「いい先生がいるからね」
「先生は凄い?」
「うん。俺も先生みたいになれたらと思うけど、まだまだ遠いや」
「今でも充分だと思う」
少女がそう呟いた時、ステージで再び大きな歓声が上がった。それに釣られて少女がステージに目を向けると、魔物が大きな玉に乗ったまま、二本足で歩いているのが見えた。見たこともない芸に少女は小さく手を叩く。
「これも?」
「種も仕掛けもあるけどね」
ハンスの返事に少女は少し笑顔を浮かべた。
「羨ましい」
「君もかなりの力を持ってるんじゃないの?」
少女は首を振った。
「私の力は笑顔を生み出すことは出来ない」
「………」
ハンスが何と返事をすればいいか迷っているうちに、少女が急に後を振り向いた。
「お姉ちゃんが。戻らないと!」
おそらく、予め、室内の様子が分かるような魔法を使っていていたのだろう。
「部屋まで送るよ」
そういうが早いか、ハンスは先程と同じように階段を創り、少女を部屋へと運ぶ。だんだん小さくなるステージの光とハンスを見ながら、少女は言った。
「明日も会える?」
ハンスがしっかり頷くのを見ながら、少女は階段に乗り、部屋に戻った。
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