第五十話 誘拐作戦
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「教皇を誘拐!?」
大きな声を上げたハンスをクロエは手で制した。
「分かってる! というか、最後まで話を聞けとさっき言っただろ? そういう建前だという話だ」
教皇派との連絡がつき、ハンス達との共闘体制が出来上がったところで出て来た作戦は、教皇をキャラベルからベルムという町へ脱出させるというものだった。ベルムは交通の要所にあるために商業が盛んで、神聖エージェス教国でキャラベルに次いで重要な場所だ。
「教皇をキャラベルから脱出させてどうするんですか? 重要な人だということは分かるんですが、その分、警戒も厳重なんじゃ?」
ルツカがクロエに問う。クロエが答えようとすると、セリムが控えめな口調で言葉を次いだ。
「政治的な意味合いです。ロビンのことはすでにキャラベル以外の町へも広まりつつあります。教皇派としては、ここで旗幟を鮮明にすることで取り込まれることを防ぎたいのでしょう。まあ、後手に回っている感は否めませんが」
「そうですか。……つまり、反帝国、反ロビン派をまとめて味方につけるということですね」
今まで思いもよらなかったジャンルの話に戸惑いながらも思考を纏めるルツカにセリムは笑顔で頷いた。
「その通りです! 流石、ルツカさんは頭の回転が早いですね」
「いえ、そんな」
ストレートな褒め言葉に赤面するルツカを余所に、クロエは彼女に比べればかなり物わかりが悪いと言わざるを得ないハンスへの説明を続けた。
「団結するには旗印がいる。みんなが認めるようなリーダーがな。ロビンと帝国は強敵だ。倒すためには広く仲間を募って、協力するしかない」
「今、神聖エージェス教国は表向きはロビンが支配している。だから、教皇を脱出させるためには、“誰かに誘拐された”というフリが必要なんだと思う。味方が集まる前にロビンと対立すれば、簡単に反逆者として処分されてしまうし」
自らの考えを口にしながら、正否を問うようにクロエの方を伺うルツカ。そんな彼女にクロエはしっかりと頷いてから、ハンスに向き合った。
「この作戦にはどうしても教皇庁の外部にいる者の手が必要だ。手引きなんかは協力者にして貰えるとしてもな。それで私達に誘拐役が回って来ているという訳だ」
ルツカとクロエの二人がかりの説明にハンスは何となく頷く。そんな彼にヨルクは調子よく肩を叩いた。
「まあまあ、難しく考えるなよ。簡単に言えば、助けを求めている女の子がいるから、まずその子を助けようってだけさ。今の教皇はお前と同じくらいの年の可愛い女の子のはずだぜ」
驚くルツカとは対照的に、ハンスは何とか状況を理解し始めた。
「まずは教皇を助けなきゃ行けないってことか。分かった」
人攫いではなく、人助けだと何とか理解したハンスと、教皇の正体が少女だと知って少し微妙な顔をするルツカ。クロエはそんな彼らに何かを言おうとして止め、別のことを口にした。
「で、段取りだが……」
クロエの明かした奇想天外な作戦に一同は度胆を抜かれた。
※※
キャラベルには時折雑技団が訪れる。大衆的な娯楽は教義に基づく厳粛な生活とは相反するように思われるかもしれないが、神聖エージェス教の信者とてみな人間。いつも真面目に生活できるわけではない。その辺りは教皇庁もよく分かっており、時には自らこの手の人々を呼び寄せることもある。
そして、丁度今、信者達の慰めとして呼び出された芸人達がキャラベルの門を潜ろうとしていた。
「『魔王と愉快な仲間たち』? 聞いたことがない雑技団だな。何をやるんだ?」
雑技団が南門をくぐった時に、たまたま当番に当たっていたのはロアンという兵士だ。決まりに従って、教皇庁からの招聘状を確認し、団名を確認した彼がまず口にしたのはこんな言葉だった。
芸人にとってはプライドが傷つく瞬間のはずだが、幌がついた馬車にのり、門番とやりとりをしていた男は気にした素振りさえなく、大げさに驚いて見せた。
「おおっと、ビックリ! まあ、私達はいわゆる新進気鋭というやつでして。他とは一味違うものをお見せできるはずですよ」
自信満々でそう告げる男は奇妙な格好をしていた。馬鹿みたいな赤いポンポンのついた三角帽にダボダボの服を身につけ、何かの顔料で白く塗られた顔だ。おまけに唇には紅をさしている。見るからに珍妙な格好をした男だが、その招待はヨルクだ。
(クロエめ、異世界では“ぴえろ”とかいう正式な格好だとか言ってたけど、絶対嘘だろ!)
心は発案者への文句で一杯だが、顔は和やかだ。本人の思惑とは裏腹にヨルクに向いた役割ではあった。
「ほお~! で、何を?」
「私共はちょっとした芸と……」
「と?」
思わせぶりなヨルクの言い回しに釣られてロアンが問う。その鼻先にヨルクは爆弾をぶつけた。
「伝説の精霊魔法をお目にかけます」
一瞬ポカンとしたロアンは、すぐに大声で笑い出した。
「アハハッ! せ、精霊魔法だって! そんな訳ないだろうが。精霊魔法の使い手などもう四~五十年は世に出ていない。もはや滅んだ魔法だろう。それをどうやって……いや、待て。お前の精霊魔法とやらがどれほどのものか、逆に見てみたくなったわ。楽しみにしているぞ!」
笑いながら通行を許可する兵士にヨルクは丁寧に頭を下げて町中に入る。馬鹿についてされていても、不思議と気にはならない。それはこの格好のせいで既にプライドが砕け、なくなってしまったからではない。……いや、確かにプライドや自尊心は致命的な傷を負ってはいたが。
(俺だってハンスの精霊魔法を見て腰を抜かしたんだ。お前らもそうならないと不公平だ)
密かにヨルクは心の中で呟いた。そう、ヨルクはすぐに度胆を抜かれる群衆を見て、自分が高笑いできることを知っていたのだ。
予め指定されていた屋敷に馬車を入り、ヨルクが合図をすると、中から異様な格好をした男女が三人現れた。
一人目はハンスだ。彼は顔が知られている可能性があるので人間大のぬいぐるみようなもの──発案したクロエはこれを“キグルミ”と呼んでいた──を来て、全身を隠していた。布と綿で出来たこの“きぐるみ”はとにかく暑い。
道中は脱いでいたのだが、馬車を改められる可能性があったので、ハンスはキャラベルに入る前にこれを着込んでいたのだ。そのせいで、彼は若干脱水症状気味で、赤い顔をしている。
二人目はルツカだ。彼女は、ヨルクのようなピエロの格好をしている。が、目鼻立ちが整っている彼女はどこか不思議な魅力がある。多分ルツカ自身がこの仮装を楽しんでいることも影響しているのだろう。
三人目はクロエだ。彼女は仮面をつけた上に胸元が大きく空いたボディスーツのようなものを着て、鞭を腰につけている。彼女は皆に、彼女の世界でいう“じょおうさま”の格好だと説明したが、理解できた者はいなかった。この世界、アルディナで女性に最も必要とされるものは慎みなのだ。
「ここまでは上手く行ったな」
「まあそうだな」
ヨルクは嫌々頷いた。彼はクロエの発案に最後まで抵抗したし、実は今も納得していない。
「だが、ここからだ。今夜練習の成果を出しきるぞ!」
クロエの激にハンスが弱々しく、ルツカがノリノリで手を上げるが、ヨルクはめんどくさそうな顔をした。
「別に芸を頑張る必要はないだろ。全部ハンスだのみなんだ。それに三日間の公演の後、教皇庁で披露する算段はついてるんだし」
「それは違うぞ、ヨルク。芸というのは、見せ方がポイントだ。要がハンスなのは間違いないが、私達はそれがあたかも自分の技のように見せなくてはいけない。それに、教皇庁には“教皇が民に素晴らしい息抜きを与えた旅芸人に感謝を伝えるため”という名目で呼ばれるんだ。興行が成功しないと話がおかしくなるだろ」
「そりやそうだがよ」
いつもの口癖を言わずにまくしたてるクロエを見て、ヨルクはあることを確信した。
(この作戦、クロエがやりたかっただけか!)
そう思うと、彼女はどことなくワクワクしているように見える。まるで、祭りが始まる前の子どものように。
(ああ、もうっ、クソッタレ。これは止めようがないな)
もう居直って“ぴえろ”とやらの役回りをせざるを得ない。元々自分を偽っていたのだ。もう一つ嘘の仮面を被っても同じことだ。
(まあ、この作戦はロビンの指示にもほぼ一致しているんだし、問題ない。恥をかくことなんて今さらだ)
ヨルクはやけくそ気味にそう思った。
「分かったよ、やるよ。こうなりゃ町中の度胆を抜く興行にしてやろうじゃないか!」
「その意気だ、ヨルク!」
神経を逆なでするようなクロエの発言に嫌味の一つでも言ってやろうかと彼女の方を向いたヨルクだったが、クロエの満面の笑みに思わず見とれてしまう。
(くそっ! 俺は何を考えてるんだ)
普段、女性らしい仕草をしないのが玉に傷だが、元々クロエは信じられないような美形だ。あまり意識していなかったクロエの女性としての魅力に気づかされたことに戸惑い、ヨルクはすっかり毒気を抜かれてしまった。
「準備は屋敷のものに任せて私達は休みながら、最終確認をするぞ」
「「「おーっ!」」」
息巻くクロエに答える三人の声は重なった。
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