第四十八話 祭りの日
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夜になるとセリムの家では宴が開かれた。今日はたまたま半年に一回、町を上げて祝う祭りの最終日だったらしいのだ。本来は宗教行事なのだが、そこは愛と恋の神らしく、ほぼお祭りになっている。
あちこちで男女が仲むつまじく語らったり、ダンスを踊ったりする中、クロエは隅の方にあるテーブルで酒をちびちび呑んでいるヨルクを見つけた。
「こんなところにいたのか。探したぞ」
ヨルクはクロエに気安い調子で声をかけた。
「もういいのか?」
「ああ。すまんな、気を遣わせて」
そう言いながら、クロエは空いていた椅子に座る。
「気にするな。まあ、俺も柄にもなく熱くなっちまったし、お互い様だ。失敗は一杯飲んで忘れるのが俺のポリシーだ」
そう言ってヨルクは傍にあった瓶からワインをグラスに注ぎ、クロエに進める。彼女はそれを受け取り、一口飲んだ。
「そうか。お前もすっかり本調子だな」
「まあ、とにかく落ち着かないとな。というか、よく考えたら、俺はやばくけりゃとんずらすりゃ良いんだから、焦る必要はないんだよな」
ふざけてそういうヨルクにクロエはゆっくり首を振った。
「それは違うぞ、ヨルク。お前は決してハンスを裏切らない」
「何だって?」
クロエの発言にほろ酔い気分が一気に醒める。彼女がそう言い切る理由、それは一つしかなかった。
「俺の未来を見ているのか?」
「私が見たお前の未来は既に実現した。ハンスと出会った時にお前が聞く言葉、そしてキャラベルに続く平原でハンスが勇者と戦った時の状況……」
「! それであの時、タイミングよく現れることが出来たのか」
「事前に魔法陣をしこんでおけたのもそれが理由だ」
ヨルクはクロエが自身のことを“預言者”などと名乗っている理由が分かった気がした。おそらく、彼女は自分と会った時にその未来が見えたから、ハンスへの使いとして雇ったのだろう。
(要は自分が見た未来から必要な手だてを考え、実行しているって訳か)
反射的に厄介だと考えそうになる思考を急いでねじ伏せる。だが、それを知ってか、知らずかクロエの口調に揺らぎはなかった。
「お前は自分でそう見せかけているほど軽薄な奴じゃない。だから、私はお前を信頼している」
ヨルクを直ぐ目を見つめるクロエ。その眼光の鋭さに、ヨルクは自分さえしらない心の奥底を見抜れたような気分を味わった。
「あんた、一体」
立ち上がってテーブルに身を乗り出すヨルク。しかし、それと同時に鈍い音を立ててクロエがテーブルに突っ伏した。
「は?」
数秒して、ヨルクは酒に酔っぱらって意識を失ったのだと理解した。
「全く下戸の癖に酒なんて呑むなよ」
自分が酒勧めた当人だという事実は棚に上げる。彼の特技の一つだ。
(呑んだ後は意識があったかどうか分からないな。ついさっきの発言はカマをかけた訳じゃないだろう)
どうやらヨルクは自分が思っていたよりも信用されているらしい。それは彼にとって好都合である。
だが、彼は気づいていなかった。カマをかけた訳でないのなら、クロエの言葉は本心でしかないということを。そして、目的を達成するためには、その信頼を裏切る必要があるということを。
一方、その頃、ハンスとルツカもまた二人でテーブルにかけていた。ちなみに彼らは未成年なので、飲んでいたのはアルコールではない。
「久々に騒いじゃったね」
上気した顔でルツカがそういうと、ハンスも笑って頷いた。
「なんかこういうのは懐かしいな」
「ハンスの村にもお祭りはあったの?」
「祭りというか、試しの儀っていう儀式があって、それが終わった後はこんな風に宴会をしてたな。ルツカの村は?」
「冬に入る前に感謝祭っていうお祭りはしたけど、こんなに規模は大きくなかったな」
「そうなんだ」
「この旅が終わったら、ハンスも見に行こうよ」
「そうさせて貰うよ! あ~~そのためには勝って生き残らないとな」
教皇さえ下すレベルの神聖魔法を使う勇者、ロビン。今までの敵とは格が違う相手だ。いかにザンデに鍛えられているといっても、勝てるとは言い切れない。
(生きたい、か。そんなことを考えたのはいつぶりだろう)
救世主に選ばれてから、ハンスは復讐を誓い、リンダの解放を願い、そして、もう二度と失わないために強くなりたいと思って生きてきた。だが、ただ生きたいと思ったのは本当に久しぶりな気がした。
(俺はクロエさんやヨルク、ルツカと旅に楽しみを感じてるんだ)
これからも厳しい戦いがあるに違いない。だが、もう彼は一人ではないのだ。
「俺は、みんなからこんなによくして貰っていいのかな」
何を言ってるの!?
思わず叫びそうになる衝動をルツカは必死で抑えた。望んだわけでも無いのに救世主になり、そのせいで親しい人を、最愛の姉を失ったというのに、一体ハンスは何に感謝しているというのか。
(でも、今、ハンスにかけるべきなのはそんな言葉じゃない)
ハンスに必要なのは憐憫ではなく、彼を前へ押し出す力だ。ルツカは涙声を堪え、自分の感傷を押し殺す。そして、しっかりした口調で断言した。
「まだまだこれからよ。ハンスはもっと幸せにならなくちゃ」
「ルツカ?」
思いかけず、強い口調で語るルツカにハンスは少し驚く。
「大丈夫よ。ハンスは絶対勝って生き残る。そして、私と一緒に感謝祭に行くの」
だが、ルツカの思いはハンスに伝わった。ルツカはハンスに一人の人間として幸せになって欲しいと言ってるのだ。
「だから、ハンスはこれからもっと幸せになるわ。私が保障する」
「ルツカ、ありがとう」
自然と二人の手がお互いへと伸び、絡まるように合わさる。ハンスは、真っ直ぐ自分を見つめるルツカの顔を世界で一番美しいと思った。
(ああ、何だろう。この感覚は)
ハンスは名づけられなかったその感情は、きっと多くの人が“恋”とか“愛”と呼ぶものだろう。
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