第四十六話 やりとり
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「セリム様、ハンスさんとルツカさんがお着きになりました」
セリムの使用人の声だ。彼はハンス達を迎えるべく、ドアの方へ向きなおる。
「お通ししなさい」
返事と共に扉が開き、ハンスとルツカが部屋に入る。セリムはひときしりルツカの美しさを褒めて、彼女を赤面させた後、ハンスに握手を求めた。
「お待ちしていました。あなたのことはクロエより聞いていました。私は味方です。今代の救世主よ」
「俺は救世主なんかじゃないっ……です。俺はまだまだそう呼ばれるべき人間じゃないんです」
ハンスは力をつけるたびに自分がザンデには遠く及ばないことを強く感じるようになっていた。
それは単に戦闘力だけの話ではない。豪胆さと思慮深さ、厳しさと優しさ、相反するはずのものを兼ね備えるザンデはハンスにとって、まさに救世主と呼ばれるに相応しい存在に思える。
そんな彼を差し置いて、自分が救世主と呼ばれるなどおこがましく感じているのだ。
「やはり、君は私が思っていた通りの人ですね。私に出来ることなら何でも協力しますよ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるハンス。それに合わせて、ルツカも頭を下げる。セリムはそんな二人に椅子を進め、紅茶を運ばせた。しかし、彼らが座った途端、クロエは黙って立ち上がった。
「済まない、セリム。やはり私は休ませて貰う」
「その方が良いですよ。彼らには私から現状を説明しておきます」
「ありがとう」
そういうと、クロエはセリムが呼んだ使用人に連れられて、席を後にした。心配する二人の視線を捉え、セリムは事情を簡単に告げる。
「大丈夫ですよ。固有技能が発動したせいで、少し疲れただけです。休めば大丈夫ですよ」
「そうなんですか」
ルツカの声色にはぬぐい去れない不安が感じられる。不安があるのはハンスも同じだったが、どちらにしろ、クロエに休んで貰った方が良いのは間違いない。彼は、励ますようにルツカの肩に手を置く。察しの良い彼女はそれだけでハンスの言わんとすることを理解した。
「そうね、ハンス」
そういう彼女に彼は一つ頷き、手を引いた。そんな仲むつまじい二人にヨルクは若干イライラし、セリムは楽しげな様子を見せたが、当人達はどこ吹く風だ。
「オホン、では、私の集めた情報を話します」
セリムはややわざとらしく咳払いをすると、クロエやヨルクにしたのと同じように説明をし始めた。
セリムの話を聞いた後、最初に口を開いたのはルツカだった。
「私もヨルクに賛成。帝国がこのままハンスを諦めるなんてことはあり得ない。何か仕掛けてくるはずよ。内情を知る人が味方にいれば、その情報が得られるかもしれない」
ルツカの話にヨルクも頷く。
「俺達の居場所はまだ帝国に知られていないとは思うが、油断は禁物だ。何せハンスを倒すためにミリオンメサイアを使ってるんだ。草の根を分けてでも探しに来るはずだ。もしかしたら、そのためにロビンはキャラベルを占拠したのかもしれないしな」
「ロビン、か」
黙って二人の話を聞いていたハンスがぽつりと呟く。それに真っ先に反応したのはルツカだ。
「ハンス、どうしたの?」
「いや、大したことじゃないんだけど、俺は今まで戦った勇者の名前も知らなかったし、気にもしなかったなって思って」
「名前、確かにそうね」
「ヨルクやルツカの言うとおり、ロビンは俺を追ってくるだろうし、そのうち戦うことになると思うけど、ロビンは何で帝国に従ってるのかな」
「何でって、まあ、金とか地位とかじゃないのか?」
「そうかも知れない。でも、そもそも何で帝国は俺を狙ってるんだろう」
「それは……確かにそうかもな」
ハンスの言葉にヨルクは生返事を返す。ハンスの言わんとすることがあまりピンと来なかったのだ。確かに相手の狙いを知ることは大事ではあるが、ハンスが言わんとしていることはそういうことではなく、まるで敵がどんな人間なのかを知りたがっているように思えたのだ。
「よく考えたら分からないことだらけなんだよな、俺達」
理解出来ないことを口にするハンスの横顔を見ながら、ヨルクは唐突に彼がどういう人間なのかを理解した。
(ハンスは真っ直ぐだ。その気になれば、一人で何でも出来る力を持ちながらも、その力に溺れず、自分のままでいる)
ヨルクはスパイだ。故に、権力者や強者と接してきた経験が豊富だ。そのため、力を持った人間は人を傷つけたり、踏みにじったりすることに簡単に慣れていくことを嫌というほど知っていた。
(そして今、こいつは憎い敵でさえも、人間として扱おうとしているのか)
ヨルクはそんな人間を今まで見たことがなかった。
(俺みたいに人に嘘をつき、あげくの待てには自分さえ騙すような人間じゃない。だから、仲間が集まるんだ)
ヨルクがそんなことを考えている間に、ルツカはやや現実離れしたことを言うハンスを心配し、声をかける。
「だからこそ情報がいるんじゃない? ヨルクは珍しく良いことを言っているわ」
ルツカが片目をつぶって戯けた調子でそういうと、ヨルクも自然とそれに合わせていつもの調子で言い返す。
「ちぇっ、ちょっと真剣になったらこの言われようかよっ!」
自分のことをバカにしているようなルツカの発言の真意は明らかだ。そして、それが自然と自分に伝わるのが可笑しかった。まるで自分が普通の人間で、彼らの仲間であるような気がして。
タイミングを測ったかのように笑い出すルツカとヨルク。こんなに心の底から笑ったのはいつぶりだったか、ヨルクには思い出せなかった。
そんな二人を見てセリムとハンスもつられて笑い出した。
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