第四十四話 《未来予想図(アカシック・レポート)》
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「勇者が神聖エージェス教の神聖魔法を使うだと!」
事のあらましを聞いたクロエは思わず立ち上がって、大声を出した。人から人への伝言は必ずしも正確ではない。だが、真実が含まれないわけではない。セリムが集め、整理した情報はほぼ事実に近いレベルでキャラベルでの出来事をハンス達に伝えていた。
「落ち着け、クロエ」
そういうハンスは普段の飄々とした仮面を脱ぎ捨ててしまっている。彼もまた、予想外の事態に動揺しているのだ。
「固有技能なら何でもありだろ。むしろ問題なのは、キャラベルというか、神聖エージェス教国自体が帝国に乗っ取られかねないというところが問題だ」
「あ、ああ。そうだな」
思わず地を出したヨルクの変貌ぶりに驚きつつも、クロエは気持ちを落ち着けようと深呼吸をした。
「すまない、取り乱した。で、キャラベルはどうなったんだ?」
「事実上、ロビンと名乗る勇者が統治する形になっています。具体的な施策を出している訳では無いですが、決定事項は必ず彼を通し、教皇が代行するという流れになっています」
「形式的には、ロビンとかいう勇者が君臨してしまっているということか。既成事実を作って足場を固めるつもりか?」
クロエの言葉にセリムが苦々しく頷く。実際、ロビンという勇者が聖人の再来という認識は兵士や市民を中心として広がりつつあったのだ。
「だが、教団の上の方、例えば、教皇とかには面白くない話だろう? そっちの動きはどうなんだ?」
「ヨルク殿のいう通りです。大司教を中心とした高位聖職者の中には、ロビンに対する対立姿勢を明確にしている者もおります。従って、神聖エージェス教国はロビンを中心とした帝国派と高位聖職者を中心とした教皇派に分断されていると言えます」
ハンス達は教皇派を利用しなければ、帝国とエージェス教国という二つの国に追われることになるのだ。
だが、クロエはそうした事実よりも、“ロビン”という名に引き付けられた。“ロビン”という名が彼女の鼓膜の奥で鳴り響く。それは、次第に大きくなり、周囲の情報を彼女の意識から閉め出していく。
(うっ、これは《未来予想図》か……)
彼女の固有技能、《未来予想図》のもう一つの力が発動したのだ。
(こ、この未来はっ!)
《未来予想図》はクロエが誰かと会話すると、その人の思考をクロエに伝える力を持つが、それ以外にも彼女が深く関わる運命にある人の名を聞いた時に、その人物の未来を見せることがある。
そして今、《未来予想図》はセリムの話に出てきた“ロビン”という単語に反応し、彼女にある未来を見せたのだ。
(まさか、そんな……)
《未来予想図》が見せた光景にショックを受けて、押し黙るクロエ。そんな彼女に代わり、ヨルクは再びセリムに尋ねた。
「ハンス、いや、俺達について帝国やロビンの動きはあるのか?」
「今のところは何も。流石に神聖エージェス教国のことが片づくまでは動けないでしょう」
「だが、そうなったら負けだ。それまでに手を打たないと。帝国や勇者は俺達にとっても厄介なんだ。教皇派と何とか渡りがつけばいいんだが」
「ツテがないわけではありませんが、放浪癖のある奴でして、今の居場所がはっきりしません。至急探し出しましょう」
「頼む。クロエ、それでいいな?」
思いかけずグダグダな仮面が脱げてしまった素のヨルクは行動力に満ちた人間だった。まるで今まで見たことがない人をみるように彼の言動を見守っていたクロエは、彼の問いに遅れて返事をした。
「あ、ああ」
クロエが頷くと、セリムは席を外す。恐らく、使用人にツテとやらを捜し出す為の命令をしているのだろう。クロエがそんなことを考えていると、ヨルクが耳打ちするようにそっと声をかける。
「どうした、クロエ。らしくないぞ。あんたは家事能力や味覚は壊滅的だが、戦闘や判断力は人並み以上だったじゃないか」
「らしくないのは、お前だ、ヨルク。いつもなら、これからのことなんて考える素振りも見せないくせに……っていうか、誰の味覚が壊滅的だって?」
食ってかかるクロエにではなく、思わず失言をしてしまったことにヨルクは内心激しく慌てる。
(しまった。こりゃ、誤魔化すことは無理か)
なら居直るしかない。彼はより真剣な顔を作る。
「おいおい、そりゃねーだろ! いくら俺が適当でもこんだけやばけりゃ必死になるさ。二大国から追われるかもしれねーんだぞ。後、味覚についてはいい加減自覚しろ」
「そ、そうだな。済まない」
叱られた子どものように俯くクロエ。恐らく、ヨルクの発言の後半部分は耳に入っていないだろう。柄にもなく、しおらしい様子を見せる彼女に今度はヨルクが動揺した。
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