第四十二話 冗談のような話
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かくして、二組のカップルが愛の町、アリヨンスに到着した。
一組は若い男女。彼らは正真正銘のカップルだが、手を繋いだ姿には硬さが見られる。
もう一組は完全な偽装カップルだったが、こちらは手慣れた感じがある。何故なら片方は嘘と芝居が売りの二重スパイでもう片方は見た目は二十代にも関わらず、実は百年以上生きている美女である。
「ハンスとルツカは買い出しを頼む。私は知人と連絡を取りに行くから、昼にこの町長の家で合流しよう」
「町長さんの家ですか? 私達は場所も知らないんですけど……」
顔も知らない権力者の家に来いというクロエの発言にルツカは異を唱える。だが、それはクロエも予期していたようで、スムーズに返答した。
「分かってる。町長の家は町の人に聞けばすぐ分かる。一番大きい家だからな。ここの町長と私は懇意にしているんだ」
「なるほど。分かりました」
ルツカはクロエの言葉に納得した。
「じゃあ、後でな」
そういうと、クロエは颯爽と歩き始めた。行き先を知らないヨルクは彼女に引っ張られながらも、密かにルツカとハンスを目で追う。やがて彼らが視界から消えた時、おもむろにクロエが口を開いた。
「ヨルク。君は『ミリオンメサイア』についてどれくらい知っている?」
「!!!」
ヨルクにしてみれば不意打ちだ。だが、彼はそれに少し顔を険しくするだけで耐えて見せた、
「人目がある場所でする話題じゃないな。大体、愛とは全く縁がないぞ」
「内緒話っていうのは、恋人同士でするもんだろ?」
そう言いながら、冗談めかして肩を寄せるクロエにヨルクはげんなりとした。
「遊びたいなら他を当たってくれ。俺は恋愛についてはピュアなんでね」
「そうか。それは済まなかった。で、どうなんだ?」
クロエに対して嘘をつくのは悪手だ。ヨルクは詳しいことは知らないないものの、ヨルクは彼女の固有技能が、心か未来を読むものだと推測していた。つまり、彼に出来ることは真実の一部を話して誤魔化すことだけだ。
「俺も色々あってな。とんでもない魔法ってことは知っている」
「そうか。なら、少し説明しておくか」
クロエは歩調を緩めずに話を続ける。ヨルクは聞き逃すまいと耳をそばだてた。
「ミリオンメサイアとは、異世界人を大量に呼び寄せる魔法の名前だ。異世人は、例外なく固有技能を持つ強者だ。帝国はそんな奴らを“勇者”と祭り上げ、自分達の利益のために使ってきた」
「へぇ~」
ヨルクは合いの手程度の声を上げながら、クロエの話を聞く。クロエはヨルクが聞いていることを確認しながら話を続けた。
「だが、いくら強くても個人で出来ることは限られている。勇者一人で竜を倒すことが出来たとしても、国を滅ぼすことなんて出来るはずがない。だから、他国と戦争を起こすとき、帝国は大量の勇者を召喚し、無敵の軍隊を作った。それをなし得る魔法がミリオンメサイアだ」
「つまり、勇者を大量に呼び出す魔法ってことか。とんでもない話だな。普通なら与太話と思うところだが、実物を見ちまっているから、信じるしかねーよ」
「分かってる。悪夢のような話だが、一番大事なのはどこが狙われるかだ。ヨルク、お前は心当たりがないか?」
試すようなクロエの視線にヨルクは内心舌打ちをした。何を何処まで知った上での発言なのか。
「無茶言うな。まあ、俺達が勇者に遭遇した場所は神聖エージェス教国の首都、キャラベルに繋がる道だが、そのまま攻めるわけはないだろ。帝国からの補給線がないからな」
「まあ、普通ならそうだな。なら、あの大量の勇者は何のためにあそこにいたのだと思う?」
「何故ってハンスをとらえるためじゃないのか? 失敗したけど」
「ハンス一人を捕らえるためには余りにも過剰な戦力だ。実際、ハンスは今までほとんど相打ちに近い状態だっただろ? なのに、あの場にいた勇者は百や二百じゃきかない数がいたはずだ」
「じゃあ、何だってんだ?」
「分からない。だから、情報を集めたいんだ。ここの町長は情報通でな。この町のののほほんとした雰囲気は上辺だけだ」
「そんなことを俺に話してどうしろってんだ?」
「別にどうも。ただ、話しておくべきだと思ったからだ」
「何でだ」
真実を捉えようとヨルクの目の奥の虹彩が密かに鋭くなる。ヨルクは自分が信用されていないことを知っている。そんな自分に情報を渡す意味が彼にはよく分からない。だが、彼の思いとは裏腹にクロエの返答は非常に簡潔なものだった。
「私が“預言者”だからだ」
その言葉に何を言って良いかも分からず、歩いているうちに彼らは立派な家についた。
「ここだ」
クロエがそう言って呼び鈴をならし、用向きを執事に伝えると、彼らはすぐに奥の部屋へと通された。
(町長と知り合いってのは本当らしいな)
連れでしかないヨルクにも何の疑いを持たずに通す執事達を見て、彼は密かにそう思った。
家主の私室らしい部屋では、白髪の男性が紅茶を淹れてクロエを出迎えた。恐らく彼が町長なのだろう。初老の男性だが、肌には張りがあり、若々しい生気さえ感じさせる。
「やあ、クロエ。私のプロポーズを受けてくれる気になったのかな? 待ってくれ、今花を持たせ……」
「分かってる。それはちょっと待ってくれ、セリム」
言うが早いか、呼び鈴を鳴らして召使いを呼ぼうとする男をクロエは制した。
「酷いな。これで百一回目なんだ。やらせてくれてもいいだろうに!」
「冗談をやってる場合じゃないだろ。 キャラベルはどうなったんだ? やっぱり戦闘が起こったか」
「そちらの方が冗談のような話でね」
セリムと呼ばれた男は、先程までとは違い、急に沈痛な表情を浮かべた。
「キャラベルは既に占領された。それも、たった一人の勇者によって」
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