第四十一話 愛こそ全て
興味を持って頂きありがとうございます!
(そりゃこんなのを食らえば気を失うよな)
いっそ非常識だと言いたくなるほどの重い斬撃は、先を読まれているという不利を覆し、対等以上の結果に持ち込んでいる。重い斬撃による手の痺れの酷さに冷や汗をかいていると、クロエは黙って木刀を引き、頭をかいた。
「しまった。寸止めにするつもりだったのに」
“それならそうと早く言ってくれ!”と思わないでもないが、むしろ間違って打ち据えてしまった方が問題だろう。何を口にしたものかとハンスが迷っていると、クロエは再び口を開いた。
「今のは懐かしい感じがした。ユリウスの技か?」
「初歩の初歩ですが」
マナサイトを開きながら実物をみる訓練と共に、ハンスはリウルに同調して力を借りる技についても教えられていた。本来、魂の中に一時的に魔物を生み出し、自分の魂に憑依させて力を借りる技だが、ハンスにはまだそこまでは出来ない。
「やつとの戦いを思い出してついつい力がこもってしまった。すまんな」
「いえ、怪我はしてませんし」
と言いつつ、ハンスの手は未だに痺れがとれない。
(次は寸止めを忘れないで下さいね!)
心中密かに願うハンスだったが、次の瞬間、彼の願いは踏みにじられることになった。
「だが、まあ、その力があれば怪我はしないし、手加減はいらないか!」
「は?」
「実は長い間、相手のいる訓練をしたことがなくてな。腕がなまっているというか、退屈だったというか」
とんでもないことを口にし始めるクロエにハンスはあんぐりと口を開けた。
(俺に稽古をつけてくれるためじゃなかったのか!?)
だが、クロエはハンスに構う素振りはない。楽しそうに目を輝かせながら、再び木刀を構えた。
「よし、次だっ! カンを取り戻すために頼むぞ、ハンス」
もはや誰のためにやっているのかが分からなくなりながらも、ハンスも剣を構える。剣術にしろ、ザンデから習った技にしろ、とにかく訓練が必要なのは間違いないのだ。
「行きます!」
ハンスの声が練武場に響いた。
それから、一~二時間後、ルツカが食事の支度が出来たと伝えに来る時までに、ハンスは何度か倒されて気を失っていたが、彼はこの訓練にかなりの手応えを得ていた。
(ザンデさんに習ったことを実際に使ってみる、この経験は勇者との戦いに必ず役に立つ)
どんな技も然るべきタイミングで繰り出せなければ、意味がない。そのタイミングを身に着けるためには、クロエとの実践形式での訓練は理想的だった。
そんなハンスの横顔を見たルツカはついにクロエに抗議することを諦めた。
「ハンス、お風呂に入ってきて。その間に森でとってきた薬草を使って湿布薬を作っておくから」
「ありがとう、ルツカ。じゃあ、行ってくる!」
威勢のいい言葉とは裏腹に歩き出すなり、ふらつくハンス。ルツカはそんな彼を慌てて支えた。
「ちょっと、無理しないで、ハンス。一緒にいくわ。食料プラントのことも報告したいし」
「ごめん。じゃあ、お願いします」
素直に頷くハンスにルツカは嬉しそうに頷くと、二人は並んで歩く。クロエはそんな二人を微笑ましそうに見つめていた。
※※
ハンスがルツカやクロエ、そしてザンデの協力を得ながら、修業している間にも、ダンジョンイーターは目的地へと進み続ける。彼らが移動を始めて三日が立つ頃、ようやく彼らは目的地に着いた。
「ここが目的地、アリヨンスだ」
アリヨンスはなかなか立派な町だった。神聖エージェス教国らしい日干し煉瓦で出来た家々の中心には、市民が礼拝をするドームがある。神聖エージェス教国内の町や村では必ずある施設だ。
「覚えていると思うが、神聖エージェス教国は国を挙げて神聖魔法を維持している国だ。私達は、国内を旅している巡礼者ということにするから、出来るだけこの町のルールに合わせる。いいな?」
神聖魔法とはこの世界に存在しないはずの神を創り、その神の起こす奇蹟として、魔法を行使するものである。神といっても大げさなものではなく、多くの生物が神聖視するようなものを“御神体”とすれば良いのだが、それを媒体に魔法を起こすまでには長い年月と多くの賛同者(簡単に言えば信者)が必要になる。
尚、国が力を傾けて作り上げている宗教だけに国民は皆信者であることが要求されており、彼らが巡礼者のふりをするのもその辺りが関係している。
二人はこうした話を事前に聞いていたため、迷うことなく返事をした。
「「はい」」
「この町は主神の子の一柱、オテルを祀ってると聞いたが、あんたは教義とか戒律とか知ってるのか?」
素直に頷く二人とは対照的に、ヨルクは若干不安げだ。それは、この数日でクロエが戦闘以外に取り柄のない残念な美女だと分かってしまったからだった。しかし、クロエはそんなヨルクの思惑を知ってか知らずか、自信満々に答えて見せる。
「勿論だ。ヨルク」
予想が外れて少し驚くヨルク。そんな彼にクロエは自慢気にこう言った。
「オテルの教義は“愛こそ全て”だ」
「は?」
ヨルクが間の抜けた声を出す。
「分かってる。オテルは若い夫婦と恋人の神だ。だから、ここの住民は若いカップルには親切にしてくれる。私達が身を隠すには持ってこいだろ?」
「一体どういう?」
「分かってる。さっき、言っただろう? なるべくこの町のルールに合わせると」
そういうと、クロエはヨルクの手をこれ見よがしにとり、こう言った。
「こういうことだよ」
ヨルクは目を白黒させたが、そこは二重スパイだ。いつものいい加減な顔を繕い、手を打ちながら頷いた。
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