第四十話 修行?
興味を持って頂きありがとうございます!
視界が周りながら暗転したと思うと、白い霧に包まれる。それを見て、ようやくハンスは自分が気を失ったことに気が付いた。
“すまないな、ハンス”
彼に声をかけたのは、もちろんザンデだ。
“あれが君に迷惑をかけた。ただ、一言だけ釈明させて貰えるなら、あれも悪気があるわけではないのだ。それだけは分かってやってくれ”
「迷惑だなんてとんでもないです! クロエさんの言われたことは正しいです。それに自分の時間を割いてまで俺に付き合ってくれるなんて、感謝してもし足りないです」
“そう言ってくれると助かるが、どうしたものかな。ああ、この件とは関係ないが、食料プラントの使い方と補修の仕方を教えておこう”
言うが早いか、まるで今まで知っていたことのように知識が保管される。
「ありがとうございます」
“いや、礼を言うのはこちらの方だ。やっぱり、ろくな食事をとっていなかったのだな。君たちのおかげで、あれもまともな食事をとるようになるだろう。ルツカくんにも礼を言っておいてくれないか”
「分かりました」
“さて、今回は魔物の生成についてだ。まずは、植物系の魔物からだ”
※※
次に目を覚ました時、彼の顔を二人の女性が覗き込んでいた。言うまでもなく、クロエとルツカだ。先ほどハンスが倒れた部屋──クロエは“練武場”と呼んでいる──で彼は寝かされていたらしい。尚、彼の視界には入らないが、服を土で汚したヨルクが入口近くにいるが、これは彼の格好をみたクロエが入室を拒否したからだ。
「あ~、ハンス。すまない、つい力加減を誤った。ダーリ、いやユリウスと稽古した時のようにやってしまってな」
その言葉にルツカが鋭い眼光でクロエの方を向く。その迫力にクロエは“降参”とばからに両手を体の前に出す。
「勿論、次からは手加減する。ただでもユリウスとの修業で疲労しているのにすまなかった」
そう言って頭を下げようとするクロエをハンスは慌てて制した。
「やめて下さい。クロエさんは悪くないです」
「ハンス?」
疑問符を顔に浮かべるルツカをよそにハンスは真剣な眼差しをクロエに向ける。
「俺が弱かったから気を失っただけです。次はちょっとはマシなはずなので、食料プラントを修理したらまたお願いします」
「ほう。何か秘策があるということか」
クロエは一瞬楽しそうな笑みを浮かべたが、すかさずルツカに睨まれ、小さくなった。
「ま、まあ何にせよ、少し時間を空けよう。私はここで待っているから、行って来てくれ」
「ありがとうございます」
ハンスはクロエに頭を下げると、今度はルツカに向き合った。
「ルツカ、一緒に食料プラントまで来てくれないか? ザンデさんから聞いたことを試したいんだ」
「分かった。でも、体は大丈夫なの?」
「大丈夫。無理はしないよ。食料プラントを修理する作業自体はヨルクとルツカに頼むつもりだし」
何気ない調子の言葉だったが、そこには“ルツカなら協力してくれる”という信頼が滲み出ている。勿論、ハンスはそのことに無自覚だが、ルツカにはそれが手に取るように分かる。だから、彼女は満面の笑みを浮かべてこう言った。
「任せて、ハンス!」
ハンスはそのあまりに可愛い笑顔に一瞬見とれるが、すぐにそっぽを向き、意地悪を言った。
「力仕事もあるけど、大丈夫かな」
しかし、これが照れ隠しであることが分からないのは本人だけだ。だから、ルツカは余計なことは言わず、事実だけを口にした。
「大丈夫だよ。力仕事は全部ヨルクにやってもらうし。ああ見えて結構力があるんだから」
「そうか。なるほど」
思わず納得して手を叩くハンス。ちなみにこの会話を聞いて、部屋の隅にいたヨルクは潰れた蛙が出すような声を出したが、聞いているものは誰もいない。しかし、不幸はこれが終わりではない。彼の死の行進はここから始まるのだ。
※※※
「お待たせしました」
「もう良いのか? 早かったな」
「ルツカのおかげです」
「そうか。あの子は察しが良いからな」
ハンスが練武場から離れたのは三十分ほどだった。食料プラントはユリウスがクロエの世界の技術や発想も取り入れて作り上げたもの。本来は簡単に理解できるものではなかったはずだが、ルツカはその頭の回転の早さを活かしてすべきことを短時間で理解し、作業に取りかかることが出来た。作業自体を一手に引き受けるヨルクは悲鳴を上げたが、それはまた別の話だ。
「では、またお願いします!」
「よし、来いっ!」
クロエとの訓練では常にハンスから切りかかる。そして、クロエが彼の攻撃を逸らす最適かつ最小の打撃を放ち、ハンスの意識を刈り取るのだ。
(頼むぞ、リウル!)
ハンスは剣を返しながら、自身の魂の中にいる“リウル”という名のトライフォックスに声をかけた。リウルはザンデとの修業の後、ハンスと共に生きることを選んだ魔物である。ちなみに名前をつけたのはハンスだ。
魔物は音にはならない雄叫びを彼の魂に響かせて彼の呼びかけに答える。すると、ハンスの五感にリウルのそれが加わり、周囲の状況がまるで自分の体内で起こっていることのように鮮明に感じられるようになる。
(剣の軌跡が見える。これならっ!)
ハンスは本来、自分には知覚できないはずのクロエの斬撃の到達点に剣を起き、防御する。事前に準備して待ち構えるハンスの剣とそれを知らないクロエの剣。二つがぶつかったときの勝敗は明らかだった。
しかし、その予想に反して、クロエの木刀とハンスの剣はまるで金属同士がぶつかったかのような鋭い音を辺りに響かせた。
読んで頂きありがとうございます! 次話は12時に投稿します!




