第四話 修業と試練
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それからしばらく、平和な日が続いた。ただし、それはハンス以外にとってはだ。
ハンスは朝、リンダにボコボコにされた後、彼女と共に大樹の元に向かい、夕方には復習と称したしごきを受けた。
ハンスは身も心もボロボロであったが、味方は誰も居なかった。何故なら、皆、ハンスが力をつけることを望んでいたからだ。
尚、リンダによれば、大樹の元でハンスが聞いた声は聖霊の声とのことだった。リンダは聖霊について事細かに説明したものの、ハンスに分かったのは“精霊とは違う凄い存在”ということだけだ。
体や感覚の鍛錬に加え、魔法の基礎も学ぶ。その聖霊の声はハンスにしか聞こえないようだが、何故か傍にいるリンダには何をしているのかが分かるらしく、家に帰ってからは極めて適格な復習をハンスに強いることが可能だった。
おかげで修業の成果は聖霊でさえ目を見張るものだったが、ハンスは僅か一週間で十年くらい老けたような気がした。
大樹の下で九日目の指導を終えた後、聖霊はハンスに“明日は一人でくるように”と言って消えた。ハンスがそのことをリンダに伝えると彼女は意外にも、
「そうね」
といい、次の日の朝には最近の恒例である愛のしごきをせずにハンスを送り出した。
ついていくと言い張ると思っていたリンダがあっさりと折れことに肩すかしを食らいながら、ハンスは大樹のもとへと向かう。リンダのしごきがない分、いつもより軽い足どりで大樹の根元に着くと、早速聖霊の声がした。
“ワシの導きも今日で仕舞いじゃ”
「今までありがとうございました」
唐突な言葉だったが、ぼんやりとした予感はあった。そのため、ハンスはあまり動揺せずに返事ができた。
“礼ならお主の姉に言え。全くあの娘には驚かされたわ。ワシの声は聞こえんはずなのに、よくもあそこまで理解できるもんじゃ”
ハンスもそこについては全くの同感だった。姉も救世主で、“実は聖霊の声が聞こえてた”などと言われた方がしっくりくるくらいだ。
“最後の指導は、まあ試験みたいなもんじゃ”
「試験?」
“さよう。今までの導きは其方に救世主としての力を扱えるようにするためのもの。つまり、ワシを自分の魂に取り込むためのものじゃ”
「!!!」
“器となる其方の魂が弱かったり、救世主となることへの拒否感が強かったりすると逆に其方の魂がワシに取り込まれてしまう。だから、テストなのじゃが、まあ、気負わずともよい。大丈夫じゃろう、多分”
「多分?」
おそらく大事な話であろう前半部分よりも、語尾の方に気をとられてハンスは聞き返す。しかし、聖霊は曖昧に笑うだけで、それについては何も言わなかった。
“ワシを取り込めば、お主の救世主としての力が芽生える。その唯一無二の力をどう扱おうとも其方次第じゃ。選ぶのはワシらで、何をするかは其方らに託されておるでな”
「俺は姉さんを守りたいんだ。世界を救うことで姉さんが幸せになるならやってみせるさ」
ハンスには姿の見えない聖霊が微かに笑ったように思えた。
“其方は真っ直ぐじゃな。少々、いや、かなりシスコンじゃが、まあ、それも良かろう”
「シスコン?」
“とにかくじゃ。これは試練じゃ。心せよ!”
聖霊がそういうと、ハンスの視界は光に包まれた。
光に満ちた世界の中で、ハンスの体は下へ下へと落ちていく。その道中、窓から誰かの記憶を覗いているかのように、色々な情景が目に入ってきた。
あるものは悲しく、あるものは楽しく、そして、あるものは優しかった。
「これは?」
思わず口にした疑問に聖霊が答える。
“ワシの中にあるかつての救世主達の記憶じゃ。救世主はワシを取り込み、力を発現し、死するときにワシの中に魂を残す。お主も死ねば、ワシの一部となるのだ”
「そうか」
聖霊が語ったことは驚くべき内容ではあったが、それよりもハンスは目の前の情景に心を奪われた。
交わされている言葉はハンスには分からない。しかし、そこにある想いが、彼の中に流れ込んできた。
誰かを失っては傷つき、出会っては喜び、共にいる大切な人と生きていくことに希望を見る。どの記憶も、それを繰り返して前に進んでいた。
「みんな、俺と同じなんだ」
ハンスは呟いた。
「誰もが大切な人と共に居たいと願ってる。そのために、みんなが生きる。そうして、今まで世界が続いていっているのか」
“よくぞ気づいた”
ハンスの心に聖霊の声が響く。その声は、まるで息子を認めた父親のような優しさに満ちていた。
“誰もが同じなのだ。ただ、些細なすれ違いが悲劇を、不幸を生む。それを正すのが、其方らなのだ。しかし、其方らは一人ではない。何故なら、皆が同じ願いを持っているのだからな。それをゆめゆめ忘るな”
「はい」
ハンスは今まで、自分と姉のことしか考えて居なかったことに気づいた。世界と言われても、ピンと来ない。ただ、皆が、自分と同じ願いを持っているというのなら、よく分かる。
自分が姉を想うように、誰もが誰かのことを想っているのだ。
“これで試練は終了じゃ”
聖霊がそういうと、ハンスを祝福するように涼やかな鐘の音が鳴り響く。いつの間にか、落下は止み、白い世界が少しずつ透けて、見慣れた景色が現れ始めた。
“其方の救世主としての力がどんなものになるかが、今から楽しみじゃ”
「俺の力?」
“言うたと思うがな。救世主はワシを取り込むことで、それぞれ固有の力を発言させる。その力で世界を救うのじゃ”
「俺のはどんな力なんだ?」
“まだ分からん。それは、其方が真に力を欲したときに発現するのだからな”
「みんなの願いを繋げられる力だと良いな」
そうハンスが呟く頃には、空や大地、そして大樹がハッキリと見え始めていた。
先ほどまでいた白い空間の名残りは、もはや足下にある白い靄しかない。それが、消えるか消えないかというタイミングで聖霊はハンスにこう言った。
“お主は歴代最高の救世主になるかもしれんな”
そして、ハンスの周りの景色は元に戻る。今、目の前に広がるのは、この十日間通いつめた大樹の根元だけだった。
ただ、見えるものは今までとは違う。聖霊とつながり、その力を得たことで、ハンスには通常目には見えないはずのものが見えていた。
それはマナの流れ。マナとは、万物に宿る五種の力の総称で、生き物や自然現象の活動と密接に関わっている。そして、これを意のままに操ろうとする技が、魔法と呼ばれている。
初めて目にしたマナの流れだったが、ハンスの注意を引きつけたものは1つだけだった。
「なんだ? 村の方が騒がしい。何かあったのか?」
元旦から読んで頂きありがとうございます。次話は明日の8時に投稿します。いよいよ、序章もクライマックス! 読んで頂ければ嬉しいです。




