第三十九話 心配と戸惑い
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三十分後、彼らの前にはルツカが森で手に入れた数種類の木の実とチーズが挟まった簡単なサンドイッチが並んでいた。さらに食卓の真ん中には果物も並んでいる。豪華とは言えないが、一般庶民の昼食としては充分だ。一時の絶望から解放されたハンスとヨルクは安堵のため息をつき、クロエは感嘆の声を上げた。
「これは凄い! 君は料理の天才だな!」
「いえ、これは料理と呼べるものではないんですけど、時間がなくて」
簡単なサンドイッチ一つで、まさかここまで感激されると思わなかったルツカは若干引きながらそう答えた。だが、クロエの賛辞は止まらない。
「いやいや、こんな色とりどりの食事は久しぶりに見た。かれこれ、五十年? いや、六十年ぶりか!」
「あの、もしかして今までずっとさっきと同じものを?」
「そうだ。味は薄いが、慣れると旨いぞ」
平然と言い放つクロエに一同はげんなりした。
「あんた、よくそれでここまで生きて来られたな」
ヨルクが呆れたようにそういうと、クロエは何故か嬉しそうに手を叩いた。
「懐かしいな! 同じことは奴にも言われたよ」
「それってひょっとして、ザンデさんですか?」
「そうだ。奴は私の行動にほとんど文句を言わなかったが、食事だけは違ったな。このダンジョンイーターを渡す時も、“わさわざ作物を栽培出来るようにしたんだから、ちゃんとしたもんを食え”とかよく分からんことを言ったくらいだ」
思い出にふけるクロエだったが、彼らには聞き捨てならない発言だった。彼女の手にあっては、ザンデの思いやり──そして、今の彼らの希望──はガラクタ同然だ。
「クロエさん、食べましょう。そして、食べ終わったら、それを見せて下さい」
「あ、ああ。分かったよ、ルツカ」
鬼気迫る様子のルツカに若干押され気味にクロエは同意する。彼らは無言でサンドイッチを食べた後、半ば連行するように件の設備の案内を促した。
※※
ダンジョンイーターの中に作られた設備は『食料プラント』と名づけられていた。他の場所よりもヒカリゴケが密集し、比較的強い光量が確保されている上、光量を調節すれば外と同じように昼夜が再現できるほか、作物に水をやるための設備もあるなどかなり凝った設備があることが判明した。それを見ると、ハンスはザンデがどれだけクロエのことを心配していたのかが分かるような気がした。
ただ、全て徒労に終わったわけだが。
ザンデの心配と思いやりの結晶は、長い間顧みられなかったせいで、今や酷い有様だった。しかし、ルツカはあちこちに手を入れれば、使えるかもしれないといい、ヨルクに指示を出しながら、作業に入る。尚、作業にクロエが加わっていないのは、明らかに向いていないからだ。
(何で、畝を起こすつもりで穴をあけちゃうんだろう)
ハンスはクロエの横顔をみながら密かにそう思う。だが、クロエはもともと異世界人。彼女の世界では既に農作業に人力がほとんど必要なかったのだ。最も、彼女自身がこの世界で必要な生活力を身につける努力を怠っていることは否定できないのだが。
「まあ、私達はあぶれてしまった訳だな、ハンス」
「はあ、そうですね」
ハンスは密かに“俺は畝くらい起こせるし、あぶれてはいないけど”と思ったのだが、それがクロエに読み取られることはなかった。一部とはいえ、皆から価値観を否定されて、クロエも動揺しているのだ。
「だが、これはチャンスだ、ハンス!」
「はい?」
予想外の発言にハンスの声が裏返る。だが、クロエはそれには構わず話を続けた。
「分かってる、分かってる。君は眠れば、ダーリン、いや、ユリウスの修業を受けられるが、四六時中寝れるわけではない。そうだろ?」
「え、ええ。まあ」
口調こそ似ているが、いつもと違い、こちらの思考が全く読めていないクロエにハンスは戸惑う。
「そこでだ、私が剣の指導をしよう。そうすれば、剣術が向上する上に、体を動かしたことで疲れて眠れるようになる。どうだ、一石二鳥だろ?」
失礼にも“要は暇ってことかな”とハンスは考えたが、当たらずとも遠からずというところだろう。それに、強くなりたいハンスにとっては願ってもない話だ。
「本当ですか! よろしくお願いします」
「よし。では、普段私が使っている道場に案内しよう」
そう言って二人が移動した先は、食料プラントと打って変わって、丁寧に掃き清められた空間だった。まるで神事でも行うかのようにある種の神々しさを感じる空間の壁には所狭しと武具がかけられている。
「さあ、好きなものを選べ」
クロエはそう言うとそばによってあった木刀を手にとった。ハンスは武器をよく見ようと近くによると、すぐにあることに気がついた。
「これ、全部真剣ですよね」
中には槍や弓といった明らかに剣ではないものもあったが、ハンスが言いたかったのはそう言うことではない。訓練に使うような刃を潰した武器がないのだ。
「そうだ。じゃないと役に立たないだろう?」
何の役に立てるつもりなのかを尋ねようとしたハンスをクロエは手で制する。
「分かってる。つまり、君の剣には戸惑いがあるということだ」
「戸惑い、ですか?」
「君は今まで意図して人を殺したことがないんじゃないか?」
「!」
「分かってる。相手は君や君の家族や知人を殺すつもりで来たんだ。返り討ちにした所で恨まれる筋合いはない。だが、問題なのは君自身がそうは思っていないということだ」
その一言はハンスの肺腑を抉った。リンダを殺した兵士や敵である勇者はともかく、自分を取り囲んでいた兵士を訳の分からないうちに大勢殺してしまったことはハンスの中に大きなしこりとして残っていた。だからこそ、あの時使ってしまった技は使って来なかったのだ。
「迷いは剣筋を鈍らせる。それでは勝てる相手にも勝てないぞ」
「俺はどうすれば……」
「分かってる。だから、真剣を使うんだ。私に殺す気でかかってこい。それで吹っ切れるかどうかは分からんが、損にはならないはずだ」
「でも、もし、それでクロエさんが──!」
ハンスの言葉遣いは、クロエが放った刺突で中断させられた。刺突は寸止めだ。しかし、それに乗せられた殺気は紛れもなく本物だ。
「心配することが違うぞ、ハンス。君は私の身を案じる必要はない。むしろ、自分の身を案じるべきだ」
ハンスが剣をとって数秒後、彼は意識を失った。
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