第三十八話 告白
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トライフォックスと握手したところで、ハンスは目を覚ました。ぼんやりと開けた目にはヒカリゴケの生み出す光しか入らない。
(日の光が入らないから、時間がどれ位たったのかは分からないな)
そう思って起きて上がろうとすると、自分の胸に栗色の何かが倒れ込んでいるのに気がついた。
「ル、ルツカ!?」
ハンスがそう口にしたのと同時に、ルツカは瞬きを何度かしながら目を開けた。
「えっ、ハンス! もう起きてっていうか、私っ!」
慌てて起き上がり、ベッドのそばにある椅子の背もたれに背筋をぴったりとつけるルツカ。おそらく、ハンスの様子を見守っているうちに寝てしまったのだろう。
(ルツカも慣れない長旅に疲れが溜まってたんだな)
そんな状態なのに自分を気遣ってくれる彼女に胸の奥が熱くなる。そんなハンスの心情を知ってか知らずか、ルツカはいつものように強がって見せた。
「別にずっとここにいたわけじゃないのよ! でも、途中でハンスがうなされていたから様子を見に来ただけなんだからねっ!」
“うなされていたから様子を見に来た”といっている時点で、ハンスの近くにいたことは明白なのだが、彼女自身はそのことに気づいてはいない。ふと周りには目をやると、水を張った洗面器と手拭いなどが置かれているが、これはルツカが用意したものだろう。
そんなことを考えてると、彼は手に柔らかな感触を感じることに気がついた。
(これは、トライフォックスとの戦いの時に感じた感触た)
敗北寸前にまで追いつめられた時に感じたあの感触だ。ならば、あの時、負けなかったのはルツカのおかげだろう。
「えっ、あっ、ハンス!?」
思わず手に力が入ったことで、ルツカもハンスと手を繋ぎっぱなしだったことに気がついたようだ。慌てて手を離そうとするルツカだったが、今度はハンスが彼女の手をしっかりと握って離さない。
「あの、ハンス!」
動揺する彼女にハンスは真剣な眼差しを向けた。
「ありがとう、ルツカ。俺はいつも君に助けられてる」
「そんな、私は大したことは出来てない」
先ほどまでの勢いは何処へやら、ルツカは伏し目がちになった。自分に出来ることは、些細なことで、最後はいつもハンスに任せるしかないことなのが、彼女の悩みだったのだ。
「俺、ルツカがいなかったら、今回の修業で死んでいた。いや、もっと前、ここに辿り着く前にやられていたと思う」
思えば、地下牢で始めてあった時もハンスを立ち上がらせたのはルツカの言葉だった。ダンジョンイーターとの戦いで試した魔法もルツカのアイデアだし、前回の勇者との戦いもルツカに庇われた。
「ルツカ、俺は君が好きだ」
「えっ! あっ……」
予想外もしていなかった展開に、ルツカは言葉を失った。待ち望んでいた言葉のはずだが、いや、だからこそ、目の当たりにするとどうしていいか、分からない。
いや、どうすればいいかなんて、決まってる!
ルツカはハンスの胸に飛び込み、彼の耳元でそっと“私も”と囁いた。晴れて恋人同士となった二人。だが、その抱擁は長く続かなかった。
「ハンス、起き──」
ノックもせずにドアを開け、声をかけたクロエは、二人を見ると無言でドアを閉めた。乱入者に驚き、弾かれたように離れる二人に規則正しくドアを叩く音がした。
「あ、もう大丈夫で──痛っ!」
余計な一言をつけたせいでハンスはルツカにつねられたが、クロエはそれも含めた一連の出来事を無視して話を始めた。
「そろそろ昼だから呼びに来たのだが、食べられそうか?」
「頂きます。ザンデさんからも“食べたくなくてもなるべく食べておくように”と言われているので」
ハンスがそう答えるとクロエは満足げに頷き、三人は食堂へと移動した。ザンデとの修業についてかいつまんで話しながら、移動すれば、目的地はすぐそこだ。しかし、そこには予想外のものだった。
「出されたものは断らないのがポリシー……だがっ!」
まず目に入ったのは、そう呟きながらうつむくヨルクだ。普段飄々(ひょうひょう)としている彼からは想像もつかないほどに顔をひきつらせている。一体何がここまでヨルクを追い詰めたのかと彼の視線を追うと、その先には朝にお世話になった食べにくいパンと小さなチーズが、朝と同じように並んでいるのが見えた。
(まさか、昼食もこれなのか?)
信じ固い事実にハンスも愕然とする。そして、同時にザンデの言葉の真意を理解した。
(“食べたくなくてもなるべく食べておくように”ってのは、食欲がなくてもって意味じゃないのか!?)
そして、ハンスはさらに嫌なことを予想した。
(まさか、晩も……いや、これからずっとこれなのか!?)
この信じ難い食生活に対する衝撃はルツカも同じだったらしい。彼女は恐る恐るクロエへ尋ねた。
「あのぅ、クロエさん。言いにくいにんですけど、いつもこれを召し上がっているんですか?」
「そうだ。保存がきくから便利でな。帝国に見付からないようにいつも移動していると食品の確保も大変なんだ」
「な、なるほど」
ルツカがハンスとヨルクの顔を横目で伺うと、二人共、悪い予感が当たったせいで絶望的な顔をしている。二人の顔を見ながらとかルツカは恐らく自分も同じような表情を浮かべているのだろうと思った。
「あの、差し出がましいようなんですけど、一つ提案があります」
ハンスとヨルクは、目の前に救世主が現れたかのような視線を彼女に送った。
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