第三十七話 心と敬意
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“来たな、ハンス”
「ザンデさん、お願いします」
ハンスは頭を下げると、《死霊食い》で剣を創り、構える。ハンスの意気揚々とした姿を見て、ザンデは感心したように呟いた。
“先ほどダメージを負ったばかりというのに、そんな気力が残っているとはな。しかし、手加減はせんぞ!”
そういうとザンデの右手に紫炎が現れる。そして、それは瞬く間に三本の尾を持った銀狐の姿へと変わった。
“覚えていると思うが、魔物を作るには生物に対する正しい知識と命への理解が必要だ。知識はすでに君に伝えてある。後は、魔物の命の鼓動を感じて受け止めることが出来るようになるだけだ”
これは復習だ。前回の修業で、この空間では《死霊食い》の力が使えることと、《死霊食い》の力で作った何かを使えば魔物の魂に触れられることが分かっている。
ただ、魔物の心というのは、人のそれとは大きく違う。思考が少ない分、感情に力と勢いがあるのだ。そのため、ハンスにはやたらと大きなノイズのように思えてならなかった。
“まずはこのトライフォックスの魂と戦い、取り込んでみよ!”
ザンデがそう言うが早いか、三本の尾を持つ銀狐、トライフォックスが現れた。
(前回は、あっさりと押し負けてしまっていた)
在り方の違う心に触れただけで、ハンスの精神は疲弊してしまい、戦うどころではなかった。
(だから、魔物の心に負けちゃ駄目だ)
ハンスは自分を奮い立たせる。
(魔物の心は本能に支配されているせいか、勢いがある。それに勝つには気持ちの強さが必要だ)
自分が力を求める理由。守りたい人。それらを考える度に、色んな人達の顔が脳裏をよぎる。
(負けない!)
ハンスは目の前の魔物、トライフォックスに切りかかる。それに対して魔物は鞭のような尾を振るう。が、それはハンスにとっては遅すぎる一撃だ。彼は最小の動きでそれを躱すと、トライフォックスの胸に剣を突き立てた。
それと同時に、トライフォックスの魂の叫びが、ハンスの魂に流れ込む。それは突風のような凄まじい勢いで荒れ狂い、ハンスの力から逃れようと暴れ出した。
(ここで負けたら前と一緒だ!)
ハンスは自分を突き放そうと暴れる力に抗い、トライフォックスの魂に触れている剣により一層の力をこめる。すると、今度は魔物の魂がハンスの魂を押しつぶそうと襲いかかって来た!
(この圧力、まるで嵐のようだ!)
襲いかかるトライフォックスの魂が放つ圧力は、自然そのもののような力を感じさせる。底がなく、恐れもなく、迷いもない純然たる力。それに比べれば、人の意志など何と脆いものか。絶え間なく続く攻撃にハンスは傷つき、疲れ果て、半ば屈している。
“これ以上続ければ、死ぬぞ!”
ザンデの声が遠くから聞こえる。だが、それも深い水の底で聞いているかのように曖昧で、聞き取りづらい。
(死ぬのか、俺は……)
逃げれば死なない。それは分かっていた。だが、ここで逃げれば決して強くなれない、そんな気がしたから、ハンスはトライフォックスの魂を離さなかった。
体が冷え、ハンスの鼓動の動きが鈍る。深い湖に沈んでいくような感覚が続く内に、次第に周りから光が消えていく。ぼんやりとそれを眺めていると、ついに周りからは光が消えた。
(俺はここで終わるのか……)
意志も、希望も、意地でさえも打ち砕かれた。もはや、自分に残されたものは何もない。
彼がそう思ったときだった。
ハンスは手に柔らかな感触を感じた。そして、唐突に脳裏に浮かぶ、強がる少女の顔。それを思い出した途端、彼の心がさざめいた。
(また君に会いたいな)
信念とか、義務とかそういう理屈で考えるものではなく、心の底から湧き上がってくるような感情。今までよく分かっていなかった想い。その正体がやっと分かった。
(俺は君が好きだっ!)
半ば止まっていた心臓が再び力強い動きを取り戻す。それに伴い、全身に熱がまわり、瞳に力が戻る。
(俺は負けない、死なない! 俺は生きるぞっ!)
咆哮と共に、ハンスの体が紫炎に包まれた。それと共に全ての感覚が正常に戻る。ハンスは再びトライフォックスの魂を自らの元へと引き寄せ始めた。
(勝つのは俺だ!)
ハンスの勢いが更に増す。そして、それと同時にハンスは遠くで何かが怯むのを感じる。しばらくして、ハンスはそれがトライフォックスの魂の悲鳴だと確信した。
(お前はそこにいるのか!)
瞬く間に紫炎がトライフォックスの魂に絡み付く。その時にハンスにながれこんできた思いは──
(お前、死ぬのが怖いのか)
当たり前の話だ。しかし、その時、ハンスはトライフォックスのことを理解した。
(死ぬのが怖いから抗い、恐怖する。そういうことか)
魔物と自分。全く別の存在だとハンスは思っていたが、それが誤りであることが、今、分かった。
(俺もお前も一緒だ。生きたい。そして、死ぬのは怖い。それだけだ)
ハンスは紫炎を納めた。それと共にトライフォックスの悲鳴が止み、視界が戻る。《死霊食い》による魂への干渉を止めた彼は、剣で胸を刺したトライフォックスと再び向き合った。
“どうした、ハンス。後一歩でヤツの魂はお前のものだぞ”
「この魔物は生きたいだけだ。だから、殺す必要はない。そうでしょ?」
そういうと、ハンスは紫炎の剣をトライフォックスの胸から抜く。紫炎の剣は主の意思に従い、引き抜かれると同時にトライフォックスの傷を癒やした。
「ザンデさん、俺、分かったよ。魔物も俺達と同じ生き物だ。そして、俺がこれから戦う相手も……多分、勇者も」
ハンスの言葉は、まるで不確かなものを手探りで集めているようにたどたどしい。だが、ザンデは彼の言葉を聞きながら、瞑目した。
“フム”
「襲いかかってくる相手を倒さないわけにはいかない。だけど、相手も俺と同じなんだってことを忘れたくない。……よく分からないことを言っているかもしれないけど」
“それは敬意を払うということだ、ハンス”
「敬意?」
ザンデは再び目を開いた。
“人に限らず、生き物は他者から何かを奪って生きていく。それは広く見れば、命が循環しているということだが、それでも相手の意思に反していることには違いない。奪うにしろ、共に生きるにしろ、命に敬意を払う。それが、命を理解するということだ”
ふと、何かに呼ばれたようにザンデの視線がトライフォックスへと動く。彼は何かトライフォックスからメッセージを受け取っているようだ。
“フム、ハンス。この魔物はお前についていきたいそうだ”
「俺に?」
“そうだ。まあ、ここはお前の心の中だし、無理にとは言わんが”
「いえ、嬉しいです」
そういうと、ハンスはトライフォックスに手を差しのばした。
「これからは一緒に頼むよ」
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