第三十六話 幕間の攻防
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クロエとヨルクの二人は部屋を出てから、無言のまま食堂へ向かう。ルツカとヨルクはこの施設の中にある設備については概ね教えられているため、ヨルクの足取りに迷いはない。
「柄にもないことをするな、ヨルク」
食堂で朝食の準備をしながら、不意にクロエはヨルクに声をかける。彼にとっては完全に予想外なタイミングだったにも関わらず、ヨルクは逡巡することなく返答した。
「何がだ?」
「分かってる。それが、ポリシーなんだろ」
ヨルクは心の中でひっそりと舌打ちをした。クロエとの会話はどうもやりづらい。
「ルツカのことが気になるのか?」
「それはそっちだろ? ハンスがアンタに姉の面影を見るならともかく、アンタが絆されるとは思わなかったよ」
「分かってる。覗き見していたんだろ? ハンスはユリウスの伝言を私に伝えてくれただけだ。絆されたのは否定しないが、それはハンスに対してではないな」
「それはどういう意味だ」
「そのまんまだよ、ヨルク」
そう言われると、彼は何と言っていいか言葉に窮した。舌先三寸で生きているヨルクがこんな状況に陥るのは、クロエとのやり取りだけだ。
(何かの固有技能だな。しかも、相手の心か、未来が見えるようなものだ)
だとすると、ヨルクにとって重要なのは何を何処まで読めているかだ。
(流石に二重スパイをしていることはバレていないだろうけどな)
ヨルクの演技力云々以前に、二重スパイだと知っていれは即始末するのが普通だろう。
だとすると、自分にとって必要な情報とは何だ?
そう考えたとき、ヨルクの問いは決まった。
「アンタは何で俺らを信用できるんだ? 俺は勿論、ハンスやルツカのことをどれだけ知ってるんだ?」
ヨルクがそう言ったとき、部屋のドアが開き、ハンスとルツカが入ってきた。二人は寸前まで手を繋いでいたのではないかと思うほど距離が──それは物理的な意味だけではなく───近い。
「二人とも早かったな。ハンスはヨルクと席についてくれ。ルツカは朝食を運ぶのを手伝ってくれ」
「「はい」」
クロエの言葉に従って二人は分かれるが、ヨルクの目にはルツカがほんの少し名残惜しそうにしていたように見える。ヨルクは何気ない様子を装ってヨルクの隣に座るハンスに声をかけた。
「ルツカと何かあったのか?」
「ぶはっ!」
分かり易すぎる程に動揺して咳き込むハンスに先程までの不安が払拭されるのを感じながら、ヨルクは彼の背を気安く叩いた。
「何だ、図星か」
「え? いや……」
「男同士だ。話してみろよ、力になるぜ」
ヨルクの誘導にハンスがあたふたしているうちに、ルツカとクロエが朝食を運んできた。
彼らの前には二切れほどのパンと僅かばかりのチーズ、そして水が置かれた。長期間保存方法できるように水気を切って焼かれたパンは固く、食欲をそそるものではないが、ハンスにとっては半日ぶりの食事だ。噛んでも噛んでも飲み込めないようなパンだが、ハンスは咀嚼する度に体に染みわたる滋養を感じた。
めいめいが大方食べ終わったところで、クロエが話を切り出した。
「ヨルクとルツカには途中まで話してあるんだが、これからの予定について話しておこう」
「お願いします」
クロエは頭を下げるハンスに軽く応えると、説明を始めた。
「驚くかも知れないが、移動手段はダンジョンイーターという魔物だ」
「え?」
「実はこの部屋も、ダンジョンイーターが体内に取り込んだ迷宮を私の属性魔法で掘って作ったものだ。まあ、簡単に言えば、私達は魔物の体内にいるんだ」
予想だにしなかった話にハンスは開いた口が塞がらなかったが、同時に以前ダンジョンイーターという魔物についてヨルクから聞いた時に抱いた疑問が再び浮かぶ。しかし、ハンスがそれを口にする前にクロエから答えが提供された。
「分かってる。ユリウスは自分の死後も魔物を帝国から世界を守る戦士として存在させるために、自分のマナを循環させることにこだわった」
「じゅ?」「何のことだ?」
ルツカとヨルクの顔には疑問符が浮かぶが、ハンスだけはしっかりと頷く。クロエはそれを確認して話を続けた。
「帝国によって魔物が死んだり、迷宮が壊されたりすると、それらが持っていたユリウスのマナは消えてしまう。そうなる前にユリウスのマナを回収し、新たな迷宮を作るのが、ダンジョンイーターと呼ばれる魔物だ」
ザンデとの会話で得られた知識を活かしながら、ハンスはクロエの話を聞く。そして、それを整理し、確認するように自分が理解した内容を口にした。
「つまり、死んだ魔物や壊された魔物から、マナを回収し、再生させるためにダンジョンイーターが存在しているんですね」
「そうだ。まあ、魔物や迷宮が人の害いる今となっては意味がない魔物かもしれんがな」
「……」
ザンデの思いが叶わなかったことは、彼の想いの強さを知るハンスにとっても残念なことだ。
「あと、ヨルクにこの話をしたのはついさっきだ。君がダンジョンイーターと戦ったときには、ヨルクは私がダンジョンイーターの一つをユリウスから譲り受けて使っていることは知らなかったんだ」
「そうですか」
意識した疑問全てに答えを出されては、もう何も言えない。したがって、ハンスが言えたのはこれだけだった。
「さて、次の目的地だが、帝国から離れて神聖エージェス教国内の村に行こうと思うんだが、どうかな? 面白い町があってね。それに傷を癒やすにしろ、見聞を広めるにしろ、帝国外に出るのが良いと思うんだが」
「そうですね、クロエさん。」「確かに」
ハンスとルツカはクロエの言葉による頷く。クロエは二人の様子を満足げに笑顔を浮かべた。
「では、ハンス。君は休めそうなら休むんだ。ルツカはハンスについていてくれればいい」
「ありがとうございます」
そういうとハンスはルツカに助けられながら、自分の部屋に戻った。そんな二人をなんとも言えない顔でヨルクが見ていることに彼らは気づくよしもなかった。
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