第三十四話 修行
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“フム。礼を言わせて貰うぞ、ハンス”
その声で目を開くと、案の定、そこは白い霧に包まれた世界だった。
(クロエさんの部屋から帰って……いつの間にか寝ちゃってたか)
ハンスが起き上がり、辺りを見回すと、ザンデがハンスのすぐ傍に立っている。相変わらず輪郭は曖昧だが、ハンスには少し嬉しそうに思えた。
「じゃあ、やっぱりクロエさんがザンデさんの想い人だったんですね」
“そうだ。彼女を帝国から解き放つために私は戦ったのだ。最も失敗したがな”
「失敗?」
“そうだ。彼女は未だに私の言葉に囚われている。完全ではないにしろ、得られた自由を謳歌して欲しいというのが私の願いなのだがな”
「それを俺が伝えれば」
“いや、あれはそんなに器用な女ではない。それが悪いところでもあり、良いところでもあるからな”
「そうですか」
少ししゅんとするハンス。ただ、どこからともなく得られる情報で、ザンデが決して悲観しているわけではなく、昔のままの彼女であったことに喜びを感じていることが分かると、少し気持ちを立ち直した。
“君は真っ直ぐだな、ハンス。あれも君たちとの出会いでいい展開が開けるような気がするよ”
「いや、お世話になりっぱなしですが」
“それでいいのだ。君たちはこれからなのだ。借りられる手は借りて置いた方がいいぞ”
「そういうものですか」
ザンデはゆっくり頷いた。
“ところで君の魂についてだが、あまり浅い傷ではない。何か君自身に影響が出ていないか?”
「体調には問題ないんですが、《死霊食い》の力が使えなくなっています」
“フム。やはりな。早急に対策が必要だ。ちなみに、君は何が原因で魂に傷を負ったか見当がついているかな?”
「俺が弱いからじゃないかと。俺はもう二度と勇者に負けたくないんです。負ければ、また──」
それ以上は言葉に出来ず、俯くハンス。続くはずだった“大切な人を失ってしまう”という言葉を口にすると、自分を庇ってリンダが死んだあの光景がフラッシュバックしてきそうな予感に囚われたからだ。
“なるほど。フム。それなら、私にも力になれるかもしれないな”
ハンスはザンデの言葉に顔を上げる。
“君は今まで勇者を何度も退け、絶対絶命のピンチも切り抜けてきているが、それらはお姉さんの力があってこそだと思っているわけだ。だから、自分は弱いままだと思っているわけだな”
思うも何もそれがただの事実なのだが、ハンスはザンデの話を遮らず、黙って頷いた。
“私は必ずしもそうは思わないが。とにかく、君は君の力で勇者に勝てるようになれば良いわけだ、ハンス”
「俺の力で? そんな、俺にそんな力は……」
途方に暮れるハンスに、ザンデはあえて大きな声で笑った。
“ハンス、君はこの『魔王』と同じ力を持っているのだぞ。君のお姉さんの精霊魔法を使わずとも、勇者の十や二十は軽く捻れるとも”
「!?」
ハンスの全身に雷が走った。ハンスは今まで自身の《死霊食い》の力を姉の精霊魔法の補助するためのものとしてしか使って来なかった。それは、彼がリンダの力の偉大さを十分すぎるほど知っていたということもあるのだが。
“勿論、君が《死霊食い》の力を十全に使えればの話だし、それには血の滲むような訓練が必要だがな。どうだ、ハンス? 君が望むなら、私が君に力の使い方を教えよう。二度と大切な人を失わないためにな”
答えは決まっていた。
姉の力になることこそが、昔からハンスの願いだった。そして、ついにそれは叶わず、彼は親しい人を皆失った。
だが、今、彼は一人ではない。
ルツカ、ヨルク、セレーナ、クロエ、そして、ハンスの力になってくれたリーモ村の人達。彼らを再び失うのではないかというのが、ハンスの根源的な恐怖だ。
恐怖を払う具体的な方法が強くなること。そして、尊敬する人が力になってくれるのなら。
(これで強くならなきゃ、俺は男じゃない! 俺は今度こそ、大切な人を守れる自分になるんだ。そうしたら、きっと姉さんの魂を《死霊食い》から解放できるはずだ!)
自然とハンスは膝をつき、ザンデに向かって頭を垂れていた。まるで、自分の覚悟を形にするかのように。
「お願いします、ザンデさん。俺にあなたの指導を受けさせて下さい。弱音は決しては吐きません。必ず最後までやり遂げて見せます」
“よくぞ申した、ユァリーカ!”
ザンデはハンスを救世主としての名で呼ぶ。その瞬間、彼は魂が奮い立ち、心がさざめくのを感じた。
“私が生涯をかけて極めた技を君に伝える。必ず全て自らのものにして見せよ!”
言うが早いか、ザンデの修行が始まった!
読んで頂きありがとうございました。次話は12時に投稿します。




