第三十二話 密談
興味を持って頂きありがとうございます!
一方そのころ、ヨルクは、人気がない暗がりで【伝声】を使って勇者サイドの人間と話をしていた。
「だから、場所は今は言えない。当然だろ?」
もう何度言ったかどうか分からない言葉にヨルクは辟易したが、相手は一層テンションを高めた。
“我らを裏切る気か!”
「んなわけないだろ。後先考えず『ミリオンメサイア』を発動した今、もはやあんたらの勝ちは確定だ。問題はそれがいつかということだけ。だから、それが決まる前に、俺は自分の働きに対する評価を確認したいだけだ」
相手は一瞬思案した後、語気を沈めて話しかけてきた。
“何が不服だ?”
「俺はすでにミリオンメサイアが発動されていたことは知らなかった。このままキャラベルを襲うんだろうが、それはいい。問題は俺も巻きこまれかねなかったってことだ」
勇者の軍勢がハンスに押し寄せた時、たまたま彼が生み出した上位精霊が盾になったためにヨルクもルツカも無事だった。しかも、それは事前に勇者の固有技能である《実分身》をコピーできていたから。つまりは偶然である。
“我らは約束を違えない”
ヨルクは相手の言葉に舌打ちした。
「分かってないな。その担保は? って話だよ」
“お前は今、生きているだろ? それが証拠だ”
盛大に文句を言いそうになったその時、誰かがヨルクを呼ぶ声がした。急いで【通念】を切り、何食わぬ顔を作って正面を向くと、そこにはハンスがいた。
「急に声をかけてごめん。ちょっと聞きたいことが……そういえばこんなところで何をやってたんだ?」
「何って男なら分かるだろ?」
「え? 何だ?」
ヨルクからは見えるようで見えない位置にクロエの部屋の窓がある。だが、ハンスがそんなことを気づくはずもない。あまりにも物わかりの悪いハンスにヨルクは1つ溜息をついた。
「まあ、お子様はおいおいな。で、俺に用か?」
「あ、クロエさんがどこにいるか知ってるか?」
「知らないが、ついさっきまで部屋にいたぞ」
そう言って、ヨルクはクロエの部屋がある方向を指した。
「ありがとう、行ってくる!」
走り去るハンスをいつもの表情で見送り、再び【通念】を使おうとすると、今度はルツカが周りを警戒しながらヨルクに近づいてくるのが見えた。
「何してんだ?」
「わっ! あ、ヨルクか。びっくりした」
ヨルクに全く気付いていなかったルツカは驚きのあまり、尻餅をついた。ルツカはヨルクが差し出した手を借りて立ち上がり、服についた汚れを落とす。ヨルクはルツカが何をしているのかはよく分かっていたが、一応彼女に尋ねてみることにした。
「何してるんだ?」
「えっと、その……」
バツが悪そうに口篭もるルツカ。行動力にあふれる普段の彼女からは想像も出来ない姿だ。
(ハンスが絡むと急にしおらしくなるってのは可愛いもんだな)
口に出すと間違いなく殴られるので、ヨルクは心中で密かに独り言を呟いた。
(こういうところは、年相応だな)
帝国とのささくれだった会話の後だったせいだろうか、ヨルクはつい彼女に助け舟を出してしまった。
「もしかして、ハンスか? ついさっき、あっちに行ったけど」
そう言って、ヨルクはハンスに教えた方向を指し示した。ルツカは、礼を言って走りだそうとしたが、何故かすぐに立ち止まった。
「どうした?」
ルツカが立ち止まった理由が分からず、ヨルクが声をかけると、ルツカは歯切れの悪い口調で話し始めた。
「あの~、ヨルク? その一般論なんだけど」
「あ、ああ」
「そのさ、ある人のことが気になっている女の子がいたとしての話なんだけど」
ヨルクの頭の中では迷うことなく、ハンスのことが気になっているルツカだと変換される。
「その、様子が変なその人のことが心配で、こっそり後をつけるっていうのは、いけないことだと思う?」
ハンスの様子が変で心配になったので、こっそり後をつけたいのだが、どう思うかとルツカはヨルクに聞きたいらしい。ハンスの様子が変なのなら、それを確認するのが、彼の使命ではあるが……
(まあ、ルツカがここまでらしくないことを言ってるんだ。助けてやっても良いだろ)
まるでいつものヨルクらしからぬ思考に至っていることには、自覚できないまま、彼はルツカに言葉をかけた。
「アリだろ。俺もハンスが心配だ」
「ちょっ! 誰もハンスとか、私がとか言ってない!」
慌てる彼女が可笑しくて、ヨルクはつい口元に笑みを浮かべた。
「一般論だろ? 分かってる」
赤くなっているであろう彼女の顔を見ることは自制して、踵を返すヨルク。忍び足で追跡しようとした彼をルツカの手が不意に止めた。
読んで頂きありがとうございます! 次話は12時に投稿します!




