第三話 救世主
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宴はドンチャン騒ぎだった。大体試しの儀は、試練自体はオマケみたいなもんで、ある種の祭りみたいなところがあったのだが、今回はハンスが救世主だと分かったことで、騒ぎは一層盛り上がった。
宴の最高潮は、着飾ったハンスが皆の前に出てきたときだった。村長が若い頃に来ていたという皮鎧と剣は、世間的に見ればさほど立派とも言えなかったが、ハンスを普段よりたくましく見せる効果はあった。
村人達は、そんなハンスに歓声を上げ、新たな救世主の誕生と明るい未来を祝って盃を重ね、娘達は競ってハンスの隣に座りたがった。
誰からも褒めそやされる場。そんな中に入ってしまえば、誰だって有頂天になってしまいそうなものだが、ハンスは暗く気分が落ち込んでいた。
(姉さん、いないな)
リンダは目立つ。何故なら常に誰かが周りにいるからだ。だがら、彼女がいるかいないかは一目瞭然だ。もっとも、ハンスは姉が一人で隠れていたとしても、見つけられる自信があったが。
(姉さんは、俺が救世主ってことをどう思ってるんだろう)
姉に認められたい、姉の力に成りたいと思っていたハンスにとって、自分が姉に悲しい思いをさせたかも知れないと思うことは耐えられないことだ。
やがて、宴が終わり、女達が忙しそうに片付けをする中、ハンスは早く休むように言われた。謎の声に“明日の正午にまた来るのだ”と言われていたためだ。
押し出されるように家に戻ると、中は真っ暗だった。
高価なロウソクがないなら、真っ暗なのは当たり前と思うかもしれないが、ハンスの家には精霊使いのリンダがいる。リンダにかかれば、光の代わりに精霊を呼ぶくらいは容易かったため、ハンスにとっては暗い部屋とは寝る直前の状態であった。
(姉さんは、もう寝たのかな)
意外に思う反面、【紅炎鳥】を数時間維持したことを考えれば、無理もないことである。明かりにするような低級の精霊ならともかく、魔物さえ殺傷できる上級レベルの精霊を長時間留めておくのは大変な荒業である。
ハンスがそんなことを考えていると、唐突に明かりがつき、姉の声が聞こえた。
「ハンス、ハンスなの?」
「あ、ああ。姉さん、どうして来なかったの?まさか、ずっと家に──」
突然抱きついてきたリンダに驚き、ハンスの言葉が途切れる。何をしたらいいのか分からずに目を白黒させていると、ハンスは姉の肩が細かく震えていることに気がついた。
「姉さん、泣いてる? 一体何があったの」
「何がじゃないでしょ! あなたのことよ!」
「俺のこと?」
「救世主が何をするのか分からないけど、この村からは出て行くんでしょ」
リンダにそういわれ、ハンスはその可能性に始めて思い当たった。今まで謎の声や村長に流されていたため、あまり深く考えられていなかったが、世界を救うというなら、旅に出て、どこかで何かをしなければいけない可能性が高い。
「ハンスが遠くに行ったら、私ではもう助けられないかもしれない。そうしたら──」
リンダの手がハンスの肩に食い込む。ハンスは姉がどれほど自分の身を案じているのかを初めて実感した気がした。
(そうか、俺と同じで、姉さんにとって俺は唯一の家族なんだ)
当たり前の話だ。
ただ、ハンスは、今まで姉にとって自分がどういう存在なのかをあまり考えて来なかったことに気がついた。その逆は数え切れないくらいあったけど。
ハンスはゆっくりと、しかし力強く、リンダの体を引きはなした。そして、両手でリンダの肩を持ち、涙に濡れた姉の顔を真っ直ぐ見つめた。
「俺、姉さんのことは悲しませたくないよ」
「だったら」
「でも、俺も姉さんを守りたいんだ」
「!」
「今、何か危機が迫っていて、救世主になることで姉さんを助けられるなら、俺は救世主になりたい」
「ハンス、あなた……」
リンダは瞳を大きく見開いた。まるで、自分の知っていたハンスと違う人が目の前に立っているように思えたのだ。
「俺、役目を終えて必ず帰ってくるよ。だから、信じて待っていて欲しいんだ」
リンダにとって、ハンスは従順な弟だった。もう少し言い方を変えれば、優しいと言ってもいい。
リンダが口うるさい小言でも、投げやりな応答はしつつも従うし、何かをするときは彼女の気持ちを考えている。
そんなハンスが、こうもハッキリと自分の意思をリンダに伝えてきたのは初めてのことだった。
それはリンダにとって衝撃でもあり、喜びでもあった。
(そうか、もうハンスは何をすべきかを自分で決められるんだ)
リンダが両親の代わりに守り、育てる時期は終わったのだろう。いや、もっと前にそんな時期は終わっていたのかもしれない。ただ、リンダが気づこうとしなかっただけで。
「分かったわ、ハンス。あなたの決めたことなら、姉さんはもう反対しないわ」
その姉の言葉に、ハンスはある種の感動を覚えた。
発言内容自体はありきたりなものかもしれない。ただ、リンダが、その過保護さ故にハンスに自由にな行動をさせたことがなかったことを考えれば、これはある種の奇跡、いや革命だと言える。
「姉さん、ありがとう」
ハンスは感極まった表情で姉に礼を述べる。そんなハンスにリンダは慈愛に満ちた表情で首を振った。
「でも、私に勝てるようになるまでは旅には出さないから」
「え???」
今までの高揚感に冷や水をかけられたような言葉に思わず、耳を疑ったハンス。しかし、リンダはそれには構わず、優しい笑顔を浮かべたまま、先ほどの言葉を繰り返した。
「私より強くなるまでは村で修業。これが、条件よ。だって、私一人に勝てないのに世界を救えるはずがないものね!」
「え、あ、いや」
「さあ! そうと決まれば、今日は寝るわよ。明日から私が毎日稽古をつけてあげるから」
姉の稽古、それは危険すぎる符牒だった。
優秀な精霊使いであるリンダには、弟子入りを希望するものも多くいた。
しかし、三日もったものはいない。
純粋に学びを欲するものだけではなく、下心を持つものがいたことも一因だが、一番の理由は彼女の鍛え方はあまりにもクレイジーだからだ。おそらく、常人の限界やペースが分からないのだろう。
「いや、ホラ、俺は大樹のところにいって修業しないとだし」
「朝からやってあげるわ! その後、私もついて行ってあげるから、大樹のところで習ったことを夕方に復習しましょ」
「いやいや、家事とかしなきゃいけないことが色々あるだろ」
「精霊にやってもらうわ。まあ、村の皆がやってくれるかもしれないけど」
「本気かよ……」
そうは口に出したものの、ハンスには姉が本気であることが分かっていた。なぜなら、彼女は笑顔を浮かべつつも、目が完全に据わっていたからだ。
(明日からどうなるんだろう)
今日一日で一番の不安を抱えつつ、ハンスはリンダにせき立てられるままに寝所に入った。
(どこかに救世主はいないものかな)
横になりながら、ハンスはふとそんなことを考えた。
読んで頂きありがとうございました! 次話は18時に投稿します。
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