第二十八話 フラッシュバック
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「やった……か?」
疲労から膝を折り、紫炎の剣を落とすハンス。その背からは溶けるように紅炎のマントが消えていく。ルツカは、まだ燻っている地面を歯牙にもかけず、彼の元に駆け寄った。
「ハンス、傷を見せて!」
「……大丈夫。急所は……外れてる」
心配するルツカを安心させるように微笑むハンス。ルツカはその笑顔を見て、少し安堵した顔を浮かべ、彼の手当てをしようと手を伸ばし──
唐突にその姿はハンスの視界から消える。直前に聞こえた鈍い音の意味が理解できずに後を振り返ると、そこにルツカが倒れていた。体をよじり、ルツカの様子を窺おうとすると、背中に殴られたような衝撃が走る。力を使い果たしたハンスの体は枯れ葉のように転がった。
二転三転した後に視界に入って来たのは弱々しくも立ち上がろうとするルツカの背中。そして、そんな彼女の前に立つ勇者だった。
「おまえ、……俺をこんな目に……あわせる……とは。ゆ、ゆるさんぞ」
ただ、勇者も無傷だったわけではない。鎧は熱で歪み、表面に施されていた意匠は最早原型を原形を留めていない。それは鎧の下にある肉体についても同じだ。肌は焼け、その下にある肉まで焼ける匂いがハンスの元にまで漂ってくる。
「この俺が……この身を……土に埋める……ことになろうとは。もはや、腕を一本作るだけで精一杯だっ!」
“【自己複製】”と発せられたはずの声はしわがれ、雑音にしか聞こえない。だが、ハンスは先程と同じ衝撃を胸に受け、前のめりに地面に伏した。まるで首を差し出すかのような格好になるハンスを見て、勇者は歪んだ兜の下で笑みを浮かべた。
「最後は我が剣でトドメだ。救世主」
勇者が熱で歪んだ剣を掲げる。歪んだといっても、力を使い果たしたハンスの首を落とすくらいは造作もないだろう。
(ここまでなのか、俺は)
悔いも未練もある。しかし体が、心が動かない。最後の【陽炎波】はそれだけの力を込めて放ったのだ。
しかし、その時、うなだれるハンスの心に何がが触れ、前を向くようにそっと促した。
導きに従って、頭を上げ、目を開くハンスの目に入ったのは、勇者に背を向け、自分をかばうように立つ傷だらけのルツカ。そして、彼女に振り下ろされようとする勇者の剣だった。
記憶の中の悪夢がフラッシュバックし、目の前で勇者の攻撃から自分を守ろうとするルツカの姿が姉とダブる。
大切なもの、それ自身には何の咎もないはずなのに、理不尽な暴力はそれを自分から奪い取る。
自分がいたせいで、村が襲われたと聞いた。
悪いのは自分なのか? 自分のせいで、姉もみんなも殺されたのか?
そうかもしれない。だが、それが全てではない。
姉や皆を殺したのは、勇者。自分のせいであいつが来たのだとしても、止めればそれで良かったはずなのだ。だが、あいつから姉を、皆を守れなかったのは誰だ?
誰だ?
「あああっ!」
ハンスが吠える。痛みに吠える。想像を絶する痛みに身も心も裂けそうになるが、何に裂かれているのかは分からない。分からないが、それに共鳴するように応えたものがあった。ヨルクではない。勿論、ルツカではない。
応えたのは紫炎から生まれた剣だった。
剣は突如原型を失うと、紫炎となって背後から勇者に襲いかかる。不意を突かれてバランスを崩したせいで、勇者の剣はルツカから逸れ、土に深々と刺さった。
「な、なんだ、これはっ!」
紫炎が集まり、勇者に酷似した姿になったのを見て、勇者は激昂した。
「お、俺の姿を真似るとはっ!何様のつもりだ!」
勇者が片腕のみの分身を飛ばす。紫炎の精霊はそれを避けるそぶりさえみせず、その攻撃を受けた。
精霊は幻のようにひしゃげて消えるが、すぐにその姿を再生させる。そして、さらに……
「ばっ、馬鹿な!分身……いや、こ、これは我が固有技能、【|自己複製《アルテ•エゴ】ではないかぁっ!」
いつの間にか、精霊は十二体に増え、その切っ先を勇者に向けている。そして、それはなんの躊躇もなく、勇者に襲いかかった。
一太刀、二太刀、
ハンスの精霊が勇者の体を貫く。だが、意識しているのかしていないのかは不明だが、決して急所は貫かない。まるで、目の前の勇者がハンスにしていたように。勇者は痛みに震え、その憎悪の深さに恐怖した。
「わ、悪かったっ! 俺が悪かったっ! だからもうやめ──」
魂も凍るような悲鳴に思わず、目と耳を塞ぐルツカ。だが、程なく、勇者は光となり、四散した。
勇者が消えると、その返り血を浴びたまま十二体の精霊がルツカに迫る。その鬼気迫る姿に腰が抜けたルツカはなんとかハンスの頭を胸に抱えて庇おうとする。だが、そんな彼女に精霊はそっと手を差し伸べた。
「えっ?」
戸惑うルツカの目の前で十二体の精霊がまるで許しを請うかのように跪く。敵意がないことを感じた彼女が、そっとその手に触れると、突然、その精霊は先程のようにひしゃげて消えた!
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