第二十六話 決闘
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「準備は出来ているようだな」
次の日、約束した時間通りにやってきた勇者は、闘志を目に漲らせたハンスを見てそう言った。
「立会人は私とヨルクよ。判定は私たちがするから、必ず従って。代わりに公正に判定することを約束するわ」
ルツカが堂々と宣言すると、勇者は小さく頷いた。
「当然だ。判定には従おう。では、合図を頼む」
勇者の言葉を聞いて、ヨルクがコインを出し、空に投げた。これがヨルクの手の中に落ちると同時に決闘開始というわけだ。
高く弾かれたコインが陽光にきらめきながら、空を舞う。そして、重力に囚われて再びヨルクの手の中に落ちた。
二人が動いたのは全くの同時だった。
「【紅炎鳥】!」「【自己複製】!」
ハンスの頭上に真紅の炎を纏った神鳥が現れる。それと同時に、勇者も自身の固有技能を発現していた。
(ルツカの予想した通りだ)
ハンスは目の前の恐るべき光景を目の当たりにしても、混乱しなかった。何故なら、それは戦いの前にルツカが話した仮説の一つにあった現象だったのだ。
(二人……いや、複数の勇者!)
今、ハンスの前には二人の勇者がいた。複数に増える力、それがルツカが示した予測だった。
「驚かないのか。まさか、見破られていたとはな」
「昨夜あんたが俺のところに来た時、すでにあんたは二人だったんだろ。一人は前から。そして、もう一人は後ろにいたんだ。で、思わせ振りなことを言って前のあんたは消え、後にいたあんたが俺の肩に触れた。そんなとこだろ?」
二人の勇者はそろって手を叩いた。まるで、課題を出した教師が生徒を褒めるように。
「素晴らしい。想像以上だ。だが、二人の私を前に勝てるかな?」
言うが早いか、二人の勇者は風のようにハンスに迫る。彼らが全く同じタイミングでハンスの頭を狙うと、ハンスは【紅炎鳥】を剣状にして、その攻撃を防ぐ。鍔迫り合いをするも、二対一では勝負になるわけもなく、どんどん剣が押されていく。
(くっ!)
たまらす、ハンスは後ろに下がるが、先ほど右側にいた勇者が追撃する。先ほどと同様に二人で同時に攻めてくると考えたハンスだったが、左側にいた勇者は追撃には加わらず、右側の勇者が広げたマントに身を隠した。
「しまっ!」
狙いに気づいた時には遅かった。追撃した勇者の攻撃は防いだものの、もう一人の勇者はマントに潜んで、ハンスの死角に二撃目を放った。
辺りに鈍い音が響く。しかし、それは剣がハンスを貫いた音ではなかった。
「ほう。まさか精霊の形状がそこまで自由自在に出来るものだとはな」
セリフとは裏腹に微かに苛立ちを滲ませた口調で話す勇者。彼の視界には真紅のマントを翻して勇者の攻撃を受け止めたハンスが映っていた。
(流石ルツカだ。上手く行った!)
【紅炎鳥】の形状を防具にする。それが、複数に増える勇者に対する対策としてルツカが考えた戦術だった。
もっともいくつか試した中で何とか成功したのはマントのみ。まごう事なき付け焼き刃なのだが、手数に劣るハンスにとっては突破口になりうるアイデアだ。
「くっ!」
剣がマントの熱に犯されるのを嫌い、勇者が剣を引く。それと同時に、ハンスは先程よりも細くなった【紅炎鳥】の剣を勇者の胸に突き刺した。
「!!!」
突き刺された勇者は苦悶の声さえ上げず、幻のようにかき消える。それと同時に新たな勇者が現れた。
(こっちが本体だな)
ハンスは新たに現れた勇者を無視し、最初からいる勇者に【紅炎鳥】をふるった。
「これでっ!」
先ほどハンスのマントで攻撃を防がれた勇者もかき消える。
(これで本体は消えた。もし、奴の力が分身を作るものなら、これで片がつくはずだ)
ハンスのマナサイトを持ってしても、分身と本体の区別はつかない。が、本体を倒せば分身は消えるはずだ。
だが、現実は残酷にも彼の予想を打ち砕く。かき消えた勇者の代わりに、新たな勇者が現れ、ハンスに斬りかかった。
(やっぱり、分身ではなく、二人とも本物か!)
ルツカは勇者の力が分身ではなく、自身を増やす力だと考えていた。その理由について尋ねると、彼女は勇者の行動が証明していると言った。
“戦う前にわざわざハンスに力を見せた理由、それは破られないという自信があるからよ。分身なら本体を倒せば良いんだから、手の内を見せるほどの自信は持てないと思う”
ルツカの言葉が脳裏に蘇る。聞いたときには、相手の心理まで読んだ見事な分析だと舌を巻いたものだ。
ハンスは勇者の攻撃を受けずに後退して攻撃を躱す。それをハンスの動揺と判断したのか、勇者は勝ち誇った声を上げた。
「流石に予想外だったようだな! 我が力は分身などというチンケなものを作る力ではない。生み出されたすべてが私自身なのだ。我らを同時に倒さない限り、お前に勝ちはないぞ!」
次の手を打つために精神を集中していたハンスは、その言葉を聞き、驚きで動きを止めた。それを見た勇者はますます自身の優位を確信し、調子づいた。
「二人の私を同時に倒すなど不可能だろう? だが、これが私の力の底ではないぞ!」
【自己複製】と勇者が再び唱えると勇者が更に増える。その数は十二人。彼らは、全く同じ構えでハンスに剣の切っ先を向ける。
「降伏するなら今だぞ、救世主!」
「ハンス!」
呼びかけられても動きを止めたままのハンスを心配するルツカ。しかし、彼は心配いらないとでもいうように彼女へ手を振った。
「心配させてごめん。別にこいつの力に驚いた訳じゃないんだ」
「何だと?」
プライドを傷つけられたのか、勇者の声に苛立ちが混ざるが、別に挑発したつもりがないハンスは勇者の変化に面食らった。
「あっさりと自分の弱点を話してくれたことにびっくりしただけなんだ」
「私の弱点んんん?」
勇者は切っ先を下ろし、フルフェイスの兜の上から口元を抑え、笑いを堪えるような仕草をした。
「なるほど、そういうことか! しかし、君の考え通りにいくかな?」
十二本の剣がハンスの方を向く。しかし、彼は必要な準備は全て終えていた。
「【陽炎嵐】」
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