第二十五話 固有技能(ユニークスキル)
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「──っ!」
ハンスは目を閉じ、大きく吐いた。すぐに斬りかからなかったのは相手の言葉に従ったからではなく、同じ轍を踏まないためだ。目を閉じたのは愚策かもしれないが、今の彼には必要なことだったし、実際、何の不利益もなかった。
「意外と冷静で助かったよ、斬りかかられても一太刀くらいは甘んじて受けようと思わないでもなかったが」
声の主、勇者は攻撃する素振りさえ見せずに、たき火の近くに腰を下ろした。
「何故だ?」
ハンスの問いに勇者は首を傾げた。
「ん? 前任者達はあまりにも非道な輩だったからな。異世界とて、そこに生きるのは血の通った人間だ。其方を殺すのがクエストだとしても、礼儀は必要だ。前任者達はそれを欠いていた」
ハンスは勇者の話をほとんど聞いていなかった。いや、正確には理解できず、ただ聞いて記憶しようと試みていた。今の彼には頼れる仲間がいるのだ。情報を引きだし、相談すれば、何か打てる手があるかも知れない。
(とりあえず確認だ)
したがって、ハンスがしたのは、エレメンタルサイトを開くことだった。勇者の話を鵜呑みにするわけではないが、それに映ったマナの流れは確かにリンダの力をハンスから奪った相手とは違う。
「確かに俺が今まで出会った奴とは違うようだな」
「分かって貰えて嬉しいよ」
勇者は安堵した声を上げた。どうやら、ハンスが自分の言動で今までの勇者とは違うのだと理解したと思ったらしい。
「私としてはフェアな条件で雌雄を決したい。そのために君に会いに来たのだ」
「フェア?」
「私の国の言葉でね。正々堂々に闘おうということだ」
確かに今までの相手とは違うとハンスは思った。少なくとも上辺だけは。だが、いや、だからこそ、その裏から傲慢さが滲み出ているようにハンスには感じられた。
「じゃあ、明日の正午に。相手が降参するか、戦いが続けられなくなったら、中止。立会人はこちらの同行者から選ぶ、という条件でどうだ?」
「いいだろう。では、また明日に」
そういうと勇者は立ち上がり、ハンスに背を向けて歩き出す。だが、闇に消える寸前、首だけをハンスの方を向けた。
「そう言えば、君が私の固有技能を知らないというのは、公平じゃないな」
「固有技能?」
「君や私の力のように余人には持ち得ない力のことだ。君の精霊魔法や《死霊食い》については知っている。だから、私も自分の力を君に見せよう」
言うが早いか、勇者の姿が視界からかき消えた。突然の出来事に驚き、ハンスは思わず立ち上がる。すると、誰かに肩を叩かれた。
「な!」
相手は振り返らずとも分かる。勇者だ。
「と、言うわけだ。明日は正々堂々戦おう」
そう言うと、勇者は今度こそ闇の中に消えた。
(今のは瞬間移動か? それとも……)
晴れない疑問を抱えたまま、ハンスはルツカを起こしに行った。勇者が近くにいるのなら、見張りを増やさなくてはいけない。
今はさほど気温が低くないこともあって、皆、毛布をかけて寝ている。ハンスはルツカに近付くと、肩に手をかけ、そっと揺すった。旅の疲れが出ているのか、ルツカは目覚めない。ハンスが耳元で名前を呼び、もう少し力をこめて揺すると彼女の頭が動かされ、横向きになった。
つまりは、ハンスの目の前にルツカの目が、ハンスの鼻先にルツカの鼻先が、ハンスの唇の前にルツカの唇が転がってきたのだ。
鼻先が触れそうな距離でハンスと見つめ合っている状態に気づかずにゆっくりと目を開けるルツカ。最初は眠たげに瞬きをしていた彼女は状況を把握すると、顔を真っ赤にして起き上がった。
「ハ、ハンス! 一体!?」
「ごめん、なかなか起きなかったから、つい」
「つい……何をしたの?」
「その、名前を呼んでから揺すった」
「……えっ?」
ルツカは何とも言えない表示を浮かべた。もし、ヨルクがそんな彼女の顔を見ていれば、“ほっとした気持ちが半分、残念な気持ちが半分というところか”などと判断したことだろう。
「なんかごめん。変なことして」
「ううん、ハンスがしたことは変なことじゃないわ。というか、よく分からないのに謝らないで欲しいんだけど」
「そうか、ごめん」
ルツカは軽くこめかみを押さえた。もうこれ以上突っ込むまいと思いながら。
(ハンスが鈍いのは分かっていたし。それにそんな純粋なところが──)
心の中とはいえ、とんでもないことを口走りそうになったことにルツカは再び赤面した。そして、そんな自分の顔を見られまいと、両手で覆う。
「ル、ルツカ、大丈夫?」
ハンスが心配して様子を窺ってくるのを感じ、ルツカは立ってもいないのに、“大丈夫。ちょっと立ちくらみがしただけ”などと言って言い訳をした。
少しして気持ちが落ち着いた後、ルツカはハンスに自分を起こした理由を聞いた。
「それよりどうしたの? 交代には早いと思うけど」
「実は……」
様子のおかしな自分から注意をそらそうというのが目的の問いだったが、ハンスの話を聞くと逆にそれまで考えていたことが吹き飛んでしまった。
「勇者がついさっきまでいたの!? しかも明日決闘後って!」
「大丈夫。一対一で戦うからルツカやヨルクには手出しさせないよ」
「そうじゃなくて!」
青ざめるルツカを前に平然と答えるハンス。そんな、揺るがないのハンスを前にしていると、彼女は次第に動揺が収まっていくのを感じた。
そして、落ち着いたからこそ、ハンスに言いたくなることが出てくる。
「どうしてそんなに冷静なの、ハンス。死ぬのが怖くないの?」
ルツカは身を乗り出し、睨むようにハンスに迫った。実際、いい加減な返答をすれば、ルツカはハンスを殴ったかもしれない。そんなルツカの鬼気迫る勢いに、若干驚きながらもハンスは首を振った。
「そんなわけないよ」
「じゃあ、何で!」
「何ていうかさ、アイツと決着をつけることは俺の宿命なんだ。だから、いつも覚悟をしている。今回はそれが事前に分かっているだけというか」
ハンスの言葉から彼の覚悟が伝わってくるのだろう。ルツカはハンスの話を聞くと、身を引き、彼から視線を外した。
「それはお姉さんのため?」
「いや、姉さんの願いは別にあると思う。これは何ていうか、ケジメなんだ」
「……」
「理由は分からないけど、今の勇者は姉さんを殺した奴とは違う。マナの流れがあいつとは違うんだ。でも、同じ姿をしているだけなのに憎い。憎くて憎くてたまらないんだ!」
ハンスは一瞬何かを堪えるようにギュッと目を閉じるが、すぐに普段の様子に戻った。
「それじゃ駄目だってのは分かってる。分かってるけど、相手が俺の前に現れたら、気持ちを抑えきれない。俺はあいつを許せないんだ!」
「……」
ルツカは何も言わなかった。いや、言えなかった。
何故なら、ハンスがそれほどまでに今の勇者に激しい憎しみを持つ理由が彼女には分からなかったのだ。
(ハンスは、ついさっき目の前にいた勇者が、自分からお姉さんや村の人を奪った相手じゃないと分かっているのに、なんでそこまで憎いんだろう)
敵に連なるものは皆殺しという考え方をする人間なら可笑しくないだろう。しかし、ハンスはそうではない。姉を殺した勇者を倒した後に、勇者と再戦したのはあくまでも止めをさせていないと思っていたからだ。
(こんな八つ当たりをするような行動はハンスらしくない)
ルツカはそう思うが、何がハンスをらしくない行動にかき立てるのかは分からない。だがそれでも、彼女は自分のすべきこと、したいことははっきりと理解できていた。
(私はハンスを信じよう。彼がきっと何か答えを見つけることを。そして、そのために彼を支えよう)
そう思ったとき、彼女の唇は自然と言葉を紡いでいた。
「生きて帰ってくるよね?」
ハンスは力強く頷く。
「勿論。まだまだしなきゃいけないことがあるからね」
今はそれで満足しようとルツカは思った。少なくとも自暴自棄になって勇者と戦ったときのハンスとは違う。彼がこの先も生きて自分と旅を続けるつもりなら、今はそれでいい。
決断すれば、ルツカは早かった。
「じゃあ、早く寝て、ハンス。あなたは万全の体調で挑まなきゃ。私はヨルクと交替で見張りながら、あいつの能力についての仮説をいくつか考えてみる。起きたら、それを聞いて感想を聞かせて」
「え? でも、ルツカ」
ルツカは人差し指を立て、遠慮するハンスの口を塞いだ。
「決闘になっても何も出来ないから、せめてそれくらいはさせて。ね?」
そこまで言われると、ハンスは何も言えない。彼はルツカに礼を言って自分の寝袋に向かった。
「おやすみ、ルツカ」
「おやすみ、ハンス。必勝法を考えておくから、楽しみにしてて!」
彼の不安を和らげるためか、あえて強気な発言をしたルツカの気遣いに感謝しながら、ハンスは目を閉じた。
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