第二十三話 絆
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「ここは?」
ハンスが、意識を取り戻した時に目にしたものは、空だった。ただし、彼が最後に見た空とは違い、赤と黒が所々混じっている。間もなく日が落ちるのだろう。
「迷宮から少し離れたところ。今、リッツ達が野営の準備をしてくれてる」
傍に居たルツカが微笑みながらそう言った。ちなみに、膝枕はしておらず、ハンスは荷物を枕にして寝ている。ヨルクからは“膝枕のままでいいじゃないか”などと言われたが、勿論無視した。加えて、一発殴った。
(あれは別に変な意味はないんだから!)
ハンスが倒れたり直後はちょっと動転していたのだ。村を出る前にいくつかシミュレートした作戦とは言え、上手く行くかどうかは彼女も分からず、不安に耐えていたのだから。
「そうか。何だか寝てるだけじゃ悪いな」
「そんなことないよ。みんな、ハンスに感謝してるから」
「俺が寝ている間、何があったか教えてくれないか?」
「いいけど、体調はもういいの?」
「ああ」
ハンスの体調を気にしたルツカだったが、彼がそういうのを聞いて、ハンスが気を失ってからの出来事をゆっくりと語り始めた。
少し休んだ後、一行は地上に出た。ダンジョンイーターのせいで、迷宮は所々崩れ、崩落寸前であったため、帰りは時間がかかり、地上に戻ってきた時には、日は沈みかけていた。そのため、冒険者達は火を熾し、急いで野営の準備を始めた。
比較的疲労の少ないルツカは彼らを手伝おうとしたのだが、彼らは頑としてそれを拒み、ハンスの傍にいるべきだといって譲らなかった。尚、ヨルクは“薪を探してくる”といって出て行ったが、本当に探してくるかは怪しいものだ。
「俺のことはどう説明したらいいかな?」
「ありのままでいいと思う。彼らはいい人だし、ハンスに感謝してる。何を言っても悪いようにはしないと思う」
「そうか。じゃあ、聞かれたことは説明しようか」
ハンスの言葉にルツカが頷くと、弓使いの少年と軽戦士の少女が遠慮がちに彼らに近寄ってきた。
「あの、食事の用意が出来たので良かったら……」
「寝てただけなのにすみません」
慌てて立ち上がり、頭を下げるハンスに少年と少女は慌てて手を振った。
「あ、あ、頭を上げて下さい、ハンスさん!」
「困りますよ、ハンスさん!」
ハンスは少年と少女のかたい言い回しに首を傾げる。
「あれ、何かマズいことしたか?」
「「マズいだなんてとんでもないっ!」」
ますます首を傾げるハンスにルツカはこっそり耳打ちした。
「みんな、ハンスの精霊魔法を見て、びっくりしてるんだよ。だから、説明してあげた方がいいよ」
「なるほど!」
ハンスはようやく納得した。つまり、自分が凄いのではなく、姉が凄いのだと説明すればいいのだと。
「姉さんの精霊魔法の力を借りてるだけだから、俺は大したことないよ。凄いのは姉さんなんだ」
「あなたよりも凄い精霊魔法の使い手がいるというのですか!?」
軽戦士の少女が悲鳴にも似た声を上げる。ルツカは思ってもみなかった物わかりの悪さに焦った。
「ちょっと、ハンス!違うでしょ!」
「あ、違った。ゴメン」
ルツカはほっと胸をなで下ろした。ハンスは姉への憧れが強すぎるために、たまに、いや時々、よく分からない言動をするところがある。だか、ハンスもバカではない。こうやって冷静にしさえすれば……
「姉さんは凄いのは精霊魔法だけじゃないんだ。美人だし──」
やっぱりバカかも知れない。
ルツカはハンスに黙るように言うと、軽戦士の少女に向き合った。
「変なことを言ってごめんなさい。私達はちょっとワケありなの。そこらへんは、みんなの前で説明するわ。だけど、さっきみたいに気を使わないで貰えると嬉しいわ。だって、私達はあの窮地を一緒に乗り切った仲間でしょ?」
そういうとルツカは二人に微笑んだ。弓使いの少年はそんな彼女に見とれてしまい、隣にいた軽戦士の少女に小突かれる。
「分かった。恩人の頼みだ。聞かないわけには行けないな。だろ?」
弓使いの少年も小突かれた頭をさすりながら頷いた。
それから、ルツカとハンスは、未だ戻らないヨルクを待たずに、冒険者達に今までの自分達の行動を話した。
ハンスが聖霊によって救世主に選ばれたこと。帝国によってハンスの生まれた村が焼かれ、ハンスは姉と死に別れたこと。《死霊食い》の力で姉の力を受け継いだこと。勇者に捕まるが、ルツカと二人で逃げきったこと。そして、今は預言者に会いに旅をしていることなどだ。
尚、ハンスがかつての魔王と同じ力を持つという事実は流石にショックが大きかったようだが、それよりも感謝がまさったらしく、彼らの態度は変わらなかった。
そして、最後にルツカは付け加えた。
「私達は帝国をどうこうしようと思ってるわけじゃない。でも、帝国はハンスを追っている。だから、出来るだけ目立たないように旅をしたいの。だから」
「分かった」
リッツは唐突にルツカの話を遮った。彼は少し驚き、目を見開くルツカに彼はこう言った。
「返しきれない程の恩を受けた俺達に頭を下げて貰う必要はない。じゃあ、こうしよう。俺達は、無事最下層にたどり着き、魔道具を設置した。しかし、作動しなかったので持ち帰った。これなら、ただの事実だからな」
そう言って、リッツは傍らの魔道具を前に出した。
リッツは仲間とはぐれた後、恐怖心から滅魔霧の壺を起動したものの、滅魔霧の壺は故障しており、ガスは出なかった。為す術がなく、コボルト達に捕まったものの、武器を取りあげられ、拘束されただけで、コボルト達は再び眠りについたらしい。恐らく、冒険者達を完全に撃退したと思ったのだろう。
礼を言おうとするハンスとルツカをリッツは再び止めた。
「勿論、こんなことで恩を返せるとは思っていない。だが、今の俺達に出来ることはこんな程度だ。だから、俺達はもっと力をつける!」
リッツが立ち上がると、彼の仲間も次々に立ち上がった。
「あなた達に恩を返せるくらい強くなるわ!」
属性魔法使いの少女がそういうと、軽戦士の少女が頷く。
「だから、何かできることがあったら、言ってくれ、ハンス!」
リッツがそう言うと、ハンスは立ち上がり、リッツの手を握った。
「ありがとう。君たちに出会えて良かったよ」
※※
「だから、予想外の出来事で予定が狂ったって言ってるだろ!」
ヨルクがイライラした声を出した。【通念】で話している相手は帝国の人間、それも勇者直属の部下だ。彼は、救世主がヨルクが言っていた時間に到着しないことを責めているのだ。
当初の予定では森を抜けた開けた場所で、勇者とハンスが戦うことになっていた。それも移動で疲れた後でだ。しかし、ハンスがたまたま出会った冒険者達に力を貸すことにしたため、予定通りには行かなかったのだ。
ただ事実を言っているに過ぎないのに、相手が納得しないのはヨルクを信じていないからだ。包み隠さずに事実を報告しても、二重スパイであるヨルクは全く信用されていない。
「ルートに変更はない。あんた達は有利な場所で救世主を迎え撃てばいいさ」
“予想外のことが起きなければ、だろ”
思わずヨルクは舌打ちする。やり取りできるのは言葉だけだが、妙な間があったことで察しはつくだろう。
「あんたらと利害は一致してると思うんだがな」
“私もそう願っている。折角『反魂の笛』の準備も整ったんだ。無駄にはしたくない”
「本当か!」
ヨルクが姿の見えない相手に詰めよるように一歩足を出す。それと同時に耳元に壊れたスピーカーのような音が鳴る。ヨルクが使っている【通念】はどちらかが平静を乱すとその効果が失われる。そのため、ヨルクは急いで心を落ちつけた。
“動揺させてしまってすまないね。だが、是非伝えておくべきだと思ってね”
相手は悪いとは微塵も思っていない声を発するが、ヨルクにとってそんなことはどうでも良かった。
「とにかく予定通りだ。また、連絡する」
そういうとヨルクは【通念】を切った。その時に彼の胸には、念願が叶うかも知れないという喜びが半分、失敗出来ないという不安が半分あった。
(この機会を逃せば……いや、違う。上手くやってみせる)
自分を鼓舞したヨルクが視線を上げると、そこにはたき火の前で握手するハンスとリッツが見えた。経緯は分からないが、何某かの絆が生まれたのだろう。
(結局何もかも上手くやってのけたな、ハンス)
村を出る時は一人だったハンスの周りにいつの間にか人が増えていく。目的のために繋がりを切り、さらにはそれを売り物にしていくヨルクとは対称的だ。
(アイツの力は、精霊魔法じゃなくて、あんなところなのかも知れないな)
ふと、ヨルクはそう思った。だが、それは感傷ではない。
(時間をかければ、アイツの周りには次々と力ある仲間が集まる。倒すなら今しかない)
ヨルクは足元の枝を拾い、ゆっくりと彼らに近づいて行った。
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