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俺は救世主なんかじゃない!~転生勇者に最愛の姉を殺されたシスコン救世主の復讐劇~  作者: 赤羽ロビン
第一章 復讐者ハンス

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第二十二話 決戦

ブクマありがとうございます!

「ダンジョンイーターは滅魔霧の壺などで魔物を倒された迷宮を崩し、ただの砂に変える魔物だ」


「そんな魔物、聞いたことないぞ」


 弓使いの少年が声を上げると、ヨルクは彼の方を向いた。


「冒険者ギルドに依頼が出るような魔物じゃないからな。迷宮が崩されて困るやつがいるわけない」


「なるほど」


 ハンスがそう言うと、ヨルクは説明を再開した。


「滅魔霧の壺が発動して迷宮のモンスターが殺されると、近くのダンジョンイーターがやってくるそうだ。ちなみに、今みたいに中に生き残っていた魔物がいる場合はさっきみたいに倒してから、砂と一緒に呑み込む」


「飲み込んでからどうするんだ?」


「呑み込んだ後、魔物は自分の腹の中で吸収し、砂や土などの自然物だけを出すらしい」


「何のためにそんな魔物が? 迷宮は魔物を増やすためにためにあるんだろう? 迷宮を壊す魔物っていうのはおかしくないか?」


 ハンスがそういうとヨルクは首をすくめた。


「確かにそうだが、訳は俺も知らないんだよ。所詮、聞きかじりなもんでな」


「リッツは滅魔霧の壺を発動させたってことかしら? それで、あなた達が迷宮から出て、私達と三階まで下りてくるまでの間にダンジョンイーターがやって来たってことね」


 ルツカが確認するようにそうまとめると、ヨルクは“恐らく”と答えた。


「残念だが、このままじゃ俺達もコボルトの死体と同じ運命だ。奴はこの砂の中心にいて、周りの砂を吸い込み続けているから、俺達もどんどん引き寄せられているんだ」


 聞いたところで絶望が深くなるだけのような話であったが、ハンスは事も無げにこう言い放った。


「じゃあ、飲み込まれる前に奴を倒すってことだな!」


 ヨルクはもはや心中でさえ文句を言う気がしなかった。それが出来ないから窮地なのだが──


(見せて貰おう。俺が見抜けなかったお前の力を!)


 そんなふうに、ハンスがルツカとあれこれと指示を出しているのを第三者的に見ていたせいだろう。それに気づいたのは、ヨルクだけだった。


「おいっ!あれ、人がいるぞ!」


 ヨルクは人影かわすり鉢状の砂の流れの中心部近くへと流されていることに気づいたのだ。ヨルクに言われるがままに、彼が指した先を見た冒険者達は、真っ青になった。


「リッツ!」


 リッツはまだ生きていた。しかし、もうダンジョンイーターのすぐ近くまで行ってしまっている。彼には後数秒しか残っていないだろう。そんな状況下でもハンスは迷わなかった。


(姉さんならこんな時、こうするはずだ!)


 ハンスの合図で属性魔法使いの少女が砂の流れの中心部──つまり、ダンジョンイーターのいる場所──に雷のマナで出来た灯りを灯す。それと同時にハンスは精霊の真名まなを読んだ。


「【雷獣キテン】!」


 言うが早いか、大型犬位の大きさの四足獣がダンジョンイーターの近くに現れる。【雷獣キテン】はリッツを砂から拾いあげ、そのままハンスの元へと走りだした。


 しかし、ダンジョンイーターもそれを黙って見ているわけがない。コボルトを串刺しにした鈍色にびいろの槍を【雷獣キテン】に目がけて幾つも繰り出した。


「食らえっ!」


 それを見て、待ってましたと言わんばかりに弓使いの少年が弓を放つ。事前に準備していただけのことはあって、その集中力は凄まじい。彼の放つ矢は鈍色にびいろの槍を破壊しないまでも方向を微妙に変え、攻撃を【雷獣キテン】には触れさせない。


 【雷獣キテン】が現れてからここまでは全てまばたきするような時間しかたっていない。あっと言う間に【雷獣キテン】はハンスの元に戻り、かき消える。精霊が消えたことにより、振り落とされたように【土巨人アトラス】の元へと落ちるリッツを軽戦士の少女が受け止めた。


 すかさず、ハンスは次の手を打つ。


「“後悔と絶望より生まれし隼よ。今、くらき淵から飛翔せよ! 【紫炎鳥ロキ】”」


 【紅炎鳥フェーベ】を模した紫の精霊もどきが、ハンスの頭上に現れる。


(ここからが本番だ! 俺はやってみせるよ、姉さん!)


 すでにダンジョンイーターが眼前に迫る距離にいる。チャンスは一度。しくじれば、次はない。それを思うとハンスの胸に一瞬迷いが生じる。しかし、その瞬間、彼は緊張で冷えた指先に誰かの温もりを感じた。


「大丈夫だよ、ハンス。私がついてる」


 ルツカはハンスの死角を補うために彼と背中合わせになっているから、表情は分からない。しかし、しっかりと絡められた指先からはハンスへの信頼が伝わってくる。


(俺はやってみせる、いや、やる!)


 ハンスは心を決めた。


「“紫炎の化身よ、大地の申し子に更なる力を与えるくさびとなれ、【冥力付与アビスチェンジ】”」


 【紫炎鳥ロキ】がその形を失い、溶けるように土巨人の体へと降りかかる。紫炎は一瞬の内に土巨人に燃え広がった後、何事もなかったかのように消え去った。


「これはっ!」「やった!」


 土巨人の色が黒みがかった色に変わり、その腕には何やら魔法文字がびっしりと書かれた姿に変わったのを見て、ヨルクは驚き、ルツカが歓声を上げた。


 今のハンスが《死霊食い(ソウルイーター)》で作れるのは、下級精霊がやっと。それでは、ダンジョンイーターには通じない。しかし、創り出した上級精霊に《死霊食い(ソウルイーター)》で力を与えれば、精霊の力は上級を超える。


「行け、【紫炎巨人ティターン】!」


 ハンスの叫びに呼応し、【紫炎巨人ティターン】は、そのたくましい脚で砂流を蹴り、ダンジョンイーターの口内目がけて突っ込んだ!


「オイオイ!」


 ダンジョンイーターに突進するというまさかの攻撃にヨルクが動揺するが、それは彼に余裕があったからだ。冒険者達は、もはや何が何だか分からず、【紫炎巨人ティターン】にしがみついていることしか出来なかったし、ハンスの計画の全貌を知っていたルツカにしても似たり寄ったりだ。とにかく、今のハンスは規格外すぎるのだ。


 【紫炎巨人ティターン】は次々と加速し、ダンジョンイーターに迫ると、その口内目がけて右の拳を引く。


「いけっ! 【紫炎拳アビスフィスト】」


 【紫炎巨人】の右の拳がダンジョンイーターの上顎に突き刺さると同時に魔法文字が紫に光り、右の拳が爆発する。それは紫の光をまき散らしながら、ダンジョンイーターの上顎に大穴を開けた!


「う、うえ」


 ヨルクが訳の分からない声を上げる。そのため、彼は気づかなかった。今まで聞こえていたダンジョンイーター(ダンジョンイーター)に吸い込まれる砂の音が完全に途絶えたことを。


 しかし、ハンスの攻撃はこれで終わりではなかった。


「もう一発っ! 【紫炎真拳アビスクラッシャー】」


 【紫炎巨人ティターン】は左の拳を引くと、今度は喉元奥深くへと拳を叩き込んだ。そして、その瞬間、【紫炎巨人ティターン】の腕にある魔法文字が光りだす。


「まだやるのかっ!」


 ヨルクから漏れる声はもはや悲鳴に近い。そんな彼の声をかき消すように紫の光が爆発した!


 くぐもった爆音の後、砂の下に埋まったダンジョンイーターの体の一部やダンジョンイーターが飲み込んだ瓦礫が次々と地中から飛び出してくる。常識外の光景にその場に居たものは皆、呆然とする。したがって、消耗したハンスが倒れる音を聞いたのはルツカだけだった。


「ハンスっ!」


 ルツカが駆け寄り、ハンスを抱きかかえる。流石に力を使い果たしたらしい。心配するルツカと曖昧な返事をしながら、身を任せるハンスは何処にでもいるカップル、いや、バカップルにしか見えない。


(だけど、コイツは只者じゃない。コイツは常識とかことわりとかを壊し、造り変えちまえる力と意志を持っていやがる)


 自分の目利きが、聞かないわけだとヨルクは思った。


(レオル、コイツならひょっとしてお前のことも…)


 そんな思いが去来した時、ヨルクの目にハンスの攻撃で吹き上げられた瓦礫の一つが、ハンス達に降りかかろうとしているのが写った。


 瓦礫は彼らを押し潰し、命を押し潰すには十分過ぎる大きさだ。力尽き意識が朦朧としているハンスと彼の頭を膝に乗せているルツカには為す術がない。


(やばいっ!)


 ヨルクの足は何も考えずに彼らの元へと駆けだし、彼の拳は瓦礫をはじき飛ばした。


「大丈夫か!」


 ルツカがハンスから視線を外し、ヨルクを見上げる。


「ありがとう。あなた、かなり強いのね」

「──っ!」


 この時、ヨルクは始めて自分の行動がした行動に気がついた。ヨルクはスパイだ。だが、それは救世主ハンスに危害を加えないということではない。むしろその逆だ。救世主ハンスを首尾良く仕留めれば追加報酬が得られることになっている。


(まさか、俺は自分の決意を揺るがされたのか? 今一瞬、あの預言者の助言通りに、救世主に助けを乞おうと思ったというのか)


 ヨルクはかぶりを被った。そんなハズはないのだ。彼はもう迷わないことを胸に誓っていたのだから。


(いや、違う。俺はルツカを信用させるためにしたんだ。ハンスは救世主。こんなとこで死ぬワケがない。殺るなら一人の時に確実にしなきゃならん)


 何度も何度も自分に言い聞かせて動揺を静め、何とか平静を取り戻す。すると、黙りこくるヨルクを不思議そうに覗きこむルツカの顔が見え、彼は少し後退った。


「ヨルク……?」


 再び動揺した自分に苛立つものの、ヨルクは完全に立ち直っていた。いつものおどけた顔を作り、いつものデマカセを口にする。


「びっくりした。無我夢中でやったらこんなことに!」


「そう……だったの?」


「基本何も考えないのが俺のポリシーだからな!」


 いつもの彼女なら騙せなかっただろう。最も今も完全に信じ込ませた訳ではないようだ。だが、こうした窮地はヨルクにとってお手のものだ。


「俺って才能あるのかな? なーんてな! アハハハ」


 つられてルツカを笑い出した。何だかんだで神経を貼りっぱなしだったのだ。ふとしたことで緩んでしまうのは仕方がない。


「とにかく外に出ないか? もう迷宮は十分堪能したよ」

読んで頂きありがとうございます! 次話は12時に投稿します。

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