第二十一話 真価
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「まさか、アイツらにっ」
動揺する彼らにルツカは静かに語りかけた。
「待って……にしては変よ」
全員がルツカの方を向く。彼女は歯切れが悪そうに自分の考えを説明する。
「その、コボルト達がリッツさんをどうかしたなら、あの、もっとこの辺りの様子が違うんじゃないかしら」
ルツカはコボルト達がリッツの屍肉を食らったなら、辺りが血で汚れているはずだと指摘したのだ。彼女の言った通り、灯りの周りを見回しても血糊どころか、荷物さえ見当たらない。
「確かに、アレの破片さえ見つからないのはおかしい」
軽戦士の少女がボソッと呟くと、近くにいたハンスは反射的に聞き返した。
「アレ?」
「私達がギルドから支給された魔道具、『滅魔霧の壺』よ。それを使って奴らを全滅させるつもりだったんだけど、魔物だってそのことは知ってる。見つけたら最優先で破壊するハズよ」
魔道具とは、文字通り魔法を発生させる道具である。魔法言語がびっしりと埋め込まれたこの道具があれば、誰でも道具に封じられた魔法を使うことが出来る。
元々、コボルト達が寝ている昼間に迷宮に忍び込み、最下層に滅魔霧の壺をしかけるというのが、彼らのクエストの内容だったのだ。
「じゃあ、一体リッツはどこに?」
弓使いの少年がそう囁いたとき、突然耳障りな叫び声が響いた。コボルトの声だ。移動するときは光量を控えていたのだが、今は辺りを探るために光量を上げている。そのため、コボルト達に見つかってしまったようだ。
「逃げろっ!」
弓使いの少年が叫ぶと六人は一斉に出口に向けて走りだした。しかし、コボルト達は後ろだけでなく、左右からも現れる。
「囲まれるぞ!」
悲鳴に似た声をだす弓使いの少年に、ハンスは叫ぶ。
「とにかく走れ!」
しかし、しゃにむに走る彼らをあざ笑うかのように、前からコボルト達が現れる。数匹なら武器や魔法で押しのけられるものの、数が多すぎる。あっという間に彼らは足を止めざるをなくなった。
「「「もう終わりだぁぁぁ!」」」
弓使いの少年が、属性魔法使いの少女が、軽戦士の少女が叫び、天を仰ぐ。ヨルクの顔も蒼白だ。ハンスとて絶望的な気持ちだが、彼にはまだ終われない理由がある。
(俺はまだ、姉さんを解放させてない。俺が死ねば、姉さんは今のままだ。そんなことは、絶対駄目だっ!)
ハンスはそう思うと同時に叫んだ。
「諦めるな!こんなところで死んでたまるかっ!」
特に何ということのない絶叫だ。聞き方によっては、ただのやせ我慢でしかないだろう。しかし、ハンスの言葉には彼の強い意志がこもっていた。死ねない、諦めないという意志が。
それが、彼らにも伝わったのだろうか。
膝を折りかけていた三人が思わずハンスを見、それからお互いの顔を見合わせると、一つ頷く。その後、彼らは緩慢な動きではあるが、コボルト達に武器を構え始めた。そして、それに合わせたようにルツカもハンスに近づき、背中合わせになる。
「ギギッ」
抵抗する構えを見せた人間達を見て、コボルト達から笑みが消える。彼らも分かっていたのだ。窮地でも心が折れない相手の手強さが。
ハンス達の必死の形相とコボルト達が彼らを品定めする視線が交錯する。
「ギギギ……」
コボルト達は、ハンス達に数では押せない侮れなさを感じたのだろうか。数匹が間合いを計ろうと半歩下がる。
その時、爆音と共に地中から何かが突きだした!
「ギギッ!」「ギャッ!」
鈍色の槍のようなものが地中から飛び出すと、コボルト達が驚きのあまり飛び上がる。その動きに釣られるように鈍色の槍は次々に地中から姿を現すと、動揺して逃げまどうコボルト達をモズの早贄のように突き刺していく。
「これは!?」
ハンスの口から疑問の声がこぼれる。別にそれに答えるわけではなかったのだろうが、ヨルクの口から言葉が漏れた。
「最悪だ。ダンジョンイーターが来やがった」
※※
「諦めるな! こんなところで死んでたまるか!」
そのハンスの声を聞いた時、ヨルクは苛立ちを覚えた。何故なら、彼にはそれが現状が見えていない妄言にしか思えなかったからだ。
周りを囲むコボルトは二十匹弱。しかも、今なお多数の足音が聞こえており、コボルトの数が増えていく可能性は高い。
(詰みだろ、これは。この無謀な冒険者の方がまだ現状を分かってるぞ!)
諦めた表情で天を仰ぐ三人の少年少女を見て、ヨルクは思う。
(世間知らず、物知らずの結果がこれだ。つきあってられん)
ヨルクは懐に手を入れ、切り札を使おうとした。実は彼には預言者から渡された魔道具があり、これを使えば、この窮地を脱することが出来るのだ。
だが、魔道具を使おうとした正にその時、彼の手を止めさせる出来事が起こった。何故かハンスの言葉で冒険者達の怯えが止まり、緩慢な動きではあるが、コボルト達に向き合う姿勢を見せ始めたのだ。
(何だ? コイツらなんで)
ヨルクが自分の疑問に答えを見いだすよりも早く、それらを吹き飛ばすような爆音と共に迷宮内の床をぶち抜いて鈍色の槍が現れる。為す術なく貫かれるコボルト達を見ながら、ヨルクの口からそれらを屠るものの名がこぼれ落ちた。
「最悪だ。ダンジョンイーターだ」
※※
「ダンジョンイーター?」
ヨルクは自分の方を向きかけたハンスを制するように鋭い声をだした。
「動くな! こいつは音を察知して攻撃してくる。だから、動けば攻撃されるぞ」
今、コボルトが攻撃されているのは、ハンス達から間合いをとろうと半歩退いたためだ。
「じゃあ、動かなければ、安全なの?」
ルツカの問いにヨルクは首を振った。
「いや、ダンジョンイーターは迷宮ごと呑みこみ、破壊する魔物だ。動かなくてもいずれは奴の腹の中だ」
「じゃあ、動いても動かなくても同じじゃない!」
ヒステリックに叫ぶ属性魔法使いの少女。そんな彼女にハンスは顔だけを向けた。
「同じじゃないよ。動かなければ時間が稼げる」
いつの間にか、冒険者達やルツカだけでなく、ヨルクまでハンスの言葉に引き込まれてしまっている。ヨルクはそのことに対する苛立ちを隠しきれず、ハンスに向ける口調がきつくなった。
「結構な自信だが、何か具体的な策はあるのか? ダンジョンイーターは超級の魔物だ。コボルトの大群よりもはるかに厄介な相手だぞ」
魔物や魔法、精霊などはその力によって格付けされており、冒険者はそれによって自分の敵う相手かどうかを判断するのだ。ちなみに、【紅炎鳥】は上級精霊。超級であるダンジョンイーターの力はそれ以上ということになる。
(それでも、姉さんの霊魂を解放させるまでは、死ぬわけにはいかない!)
ハンスは何かを問うように小声でルツカを呼んだ。すると、彼女は“仕方ないと思うよ”と返答した。
実は旅に出る前、ハンスはルツカからいくつか注意を受けていたのだ。その内の一つが、なるべく人前で精霊魔法と《死霊食い》を使わないこと。あまりに目立つこの力は、安易に使えばハンスの居場所を教えてるようなものだからだ。
「俺は死ぬわけにはいかない。みんなもそうだろ?」
その時、迷宮が突然揺れ始めた。それにより、地面や天井に亀裂が幾筋も走り、崩れていく。
「ヤバイ、とりあえず固まれ!」
ヨルクの叫びに応じて、密集するハンス達。その数秒後には地面が砕けて陥没する。魔力で固められていた土壁や床は、その力を吸われ、吹けば流れる砂漠の砂のようになっていく。そして、それらはダンジョンイーターの力によってまるで蟻地獄の巣のような形態になっていく。
彼らの体はそんな所へ放り出されたが──
「【土巨人》】!」
ハンスが瞬時に発動させた精霊魔法によって現れた土の巨人の手によってすくい上げられ、事なきを得た。【土巨人】が彼らを頭の上に乗せると冒険者達が安堵の声を上げる。だが、その直後、【土巨人】の体が大きく揺れた。
(やっぱり、これだけじゃだめか)
小山ほどある【土巨人】でさえ、ダンジョンイーターからは逃れられず、徐々に真ん中へと引き寄せれているのだ。今は見えないが、あの先にダンジョンイーターがいるのだろう。
「何これ、まさか精霊魔法? しかも中級、いえ、土属性の上級精霊魔法! しかも詠唱なしってどういうこと!?」
「あ、あ─っ!」
「マジ? これ、マジでか!?」
属性魔法使いの少女が事態を理解しながらおののく一方、弓使いの少年はただただ口をあけるばかり。ただ、軽戦士の少女に至っては、初めて見る精霊魔法に感極まり、興奮気味にあちこち触り出す始末だ。
内心の驚きを抑えつつ、ルツカは彼らを抑えようとするが、効果はない。だが、無理もないだろう。彼らは今、奇跡を目にしたのだ。
「済まないが、聞いてくれ!」
騒いでいた冒険者達は水を打ったように静かになった。どんな熱に浮かされようと、いや、浮かされているからこそ、奇跡を起こした当事者の言葉に引き付けられる。
「俺に出来るのは時間稼ぎだけだ。だから、みんなで脱出するためにみんなの力を貸して欲しい」
「お、俺達の力? 俺達が、こんな神がかった力を持つ君を助けられるとは思えないんだが」
弓使いの少年がそういうと、冒険者達は一斉に頷く。そんな彼にハンスは被りを被った。
「俺だけじゃダンジョンイーターには勝てない。でも、俺達の力があれば、なんとかなる」
「ほっ、本当に生きて帰れるの?」
属性魔法使いの少女が、縋るようにハンスに尋ねる。彼はそんな少女に力強く頷くと、ヨルクに向き合った。
「ヨルク、あいつについて知ってることを教えてくれ」
「あ、ああ」
ヨルクは何とか返答したが、自分が少し動揺していることは隠せなかった。
(何なんだ、コイツは。わけが分からない内に冒険者達をまとめたと思ったら、次は詠唱破棄の精霊魔法だと? ただの世間知らずだと思ってたのに)
ヨルクの動揺、それはハンスの力を見抜けなかったことだ。自分が何てことはないと判断していたハンスが、この危機的状況でこれほどの手腕を見せたことに驚いているのだ。
(こいつなら、本当に何とかしてしまうかも知れない)
スパイである自分さえ、ハンスに取り込まれそうになるのを感じながら、ヨルクはダンジョンイーターについて知っていることを話し始めた。
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