第二十話 道中で……
興味を持って頂きありがとうございます!
(おいおい、マジかよ!)
ヨルクは表情筋を総動員して、いつもの飄々(ひょうひょう)とした顔を作ろうとするが、それも限界に近い。
ヨルクは帝国のスパイだ。しかも、元々、預言者と名乗る存在から、救世主の助けとなるように頼まれ、引き受けた後に帝国に味方しているため、実は二重スパイなのだ。そんなヨルクにとって、嘘をつくなんて朝飯前。面従腹背を地で行っている男なのだ。にもかかわらず、苛立ちを抑えられないのは何故なのか。
答えは、とうの救世主の行動にあった。
「ほ、本当に一緒に迷宮に行ってくれるのか?」
「ああ。でもルツカ、君は危ないから待って…」
ハンスがルツカに何かを尋ねようと声をかけるが、彼女はそれを遮った。
「私も行くわ!」
(アンタもかよ!)
ヨルクは心中で盛大に毒づいた。
ヨルクは常に周りの人間を警戒し、観察している。そんな彼にとって、ハンスは警戒するに値しない人間だった。お人好しというか、世間知らずというか、とにかく人を疑うということを知らない男だ。
(だけど、アンタはそうじゃないだろ!)
ヨルクにとって、ルツカは注意が必要な存在だった。目端が利くし、ハンスと違い、ヨルクのことを信用に値するか吟味している。たかが小娘と油断出来ない相手だ。
(こういう時はアンタがハンスを止めてくれよ!)
ヨルクがいくら心の中で強く訴えても、声に出来ない以上、ルツカには届かない。
「迷宮じゃ自然魔法は使えないけど、マッピングとか、灯りを持ったりとか、出来ることは色々あるでしょ」
「ルツカ、ありがとう」
「やめてよ。私は自分がしたいことをしているだけなんだから」
字面だけを追えば、彼女らしい快活な台詞だ。だが、頬を赤らめ、そっぽを向く仕草はデレ感満載だ。いや、デレしかない。
しかし、それにも関わらず、ハンスは彼女の気持ちに気づかない。鈍感とかいう以前の問題だ。
(何でコイツが救世主なんだ?)
やろうと思えば、直ぐにでも寝首をかける。そんな人間が救世主だというのが、ヨルクには腑に落ちないのだ。
「ヨルクは待ってるよな?」
ハンスがヨルクにそう尋ねる。これは予想できた質問だし、答えも簡単に分かる。しかし、正直、ハンスが自分のことをうっかり忘れてくれたらと虫のいいことを願ってもいた。
(迷宮に潜るとか、正気の沙汰とは思えんぞ!)
迷宮とは魔王ユリウスによって作られた魔物の城であり、家だ。そのため、魔物がわんさかいるばかりか、魔物に有利なトラップや地形が山ほどある。よくある冒険譚では、英雄が迷宮の果てで伝説の武器を手に入れたりするが、迷宮で金品を手にすることはほとんどない。
「迷宮なんて、わざわざ行かないよな」
ハンスの言葉が続く。彼の言うとおりだ。迷宮なんてものはわざわざ行く場所じゃない。だが、例外もある。それがハンス達が出会った冒険者だ。
迷宮は魔物を守り、増やす場所だ。従って、放っておけば、魔物が増え、周辺にに蔓延るようになる。そのため、魔物の数を減らす冒険者が必要になるのだ。
(実入りが少ない危険な場所にわざわざ行ってくれるお人好しがな)
勿論、こういったクエストには報酬が良かったり、パーティーのランクが昇格したりといったメリットも付与する。しかし、それでも危険なことには変わりがない。賢い冒険者はなるべくリスクを排除するもの。そして、それは旅人に必要な処世術でもある。
(なのに、自分から迷宮に潜る手伝いを申し出るだと!?)
赤の他人のために全くする必要もない苦労──しかもかなりの危険がつきまとう──をあっさりと背負い込もうとする二人の思考はヨルクにとっては不可解以外の何物でもなかった。
だが、それでも、ヨルクが出せる答えは決まってる。彼が被っている“調子が良いだけのいい加減な男”はこういうしかないのだ。
「物見遊山についてくよ。ハンスがいれば大丈夫だろ? 何たって──」
それより先は人差し指を立ててくるルツカを見てやめる。ヨルクはルツカが自分をきちんと止めてくれたことに安堵した。救世主だといって騒ぎを起こすのが、不利益しかない。そんなことさえ十分に理解できていないうっかりものが今のヨルクなのだ。
「そうか、ありがとう。ヨルクも結構人が良いんだな」
微笑むハンスを罵りそうになるのを必死に堪え、ヨルクは気楽そうな顔を作り、こう言った。
「そうか? まあ、ポリシーだよ」
※※
迷宮の名は『オグロ』。コボルトという小さな鬼の姿をした下位の魔物の住み処である。侵入者を知らせるトラップに引っかかった彼らは退却しようとしたが、すぐにコボルト達は集結し、パーティーに襲いかかったのだ。
「あそこでリッツを探しに戻っていればっ!」
歯ぎしりをする軽戦士の少女。焦りと後悔で視野が狭まる彼女を属性魔法使いの少女が声をかけた。
「あの時はああするしかなかったわ。それはあなたも分かっているはずよ」
パーティーは四人。そのうち、三人は迷宮を脱出できたが、リッツという少年とはぐれてしまったという。彼はパーティーのリーダーで、皆の殿をしていたのだ。姿が見えないことで皆は焦ったが、コボルトは次々に現れ、迷宮を脱出するしかなかったのだという。
「リッツはまだ生きている! 早く迎えに行かないと」
そう息巻くのは、弓使いの少年。だが、現実的にはその可能性はかなり低い。しかし、彼の仲間は誰もそうは考えていないらしく、属性魔法使いの少女と軽戦士の少女が一斉に頷いた。皆、年齢はハンスやルツカと同じくらいだ。
彼らが命からがら迷宮から脱出したときに、たまたまハンス達が出くわし、事情を聞いたハンスが協力を申し出たというのが、事の発端だ。泣く泣く仲間を諦めるしかなかった彼らにとって、ハンスの申し出は正に天の恩寵。差し詰めハンスは──
「本当、あなたは私たちの救世主よ!」
属性魔法使いの少女が魔法で灯りを作りながら、そう言う。彼らから発せられる感謝の念にハンスは少し戸惑っていると、彼女はおどけた様子でハンスに身を寄せた。
(悪いけど、俺はリッツを助けられると思っているわけじゃないんだけどな……)
ハンスもバカではないので、彼らが冷静な判断が出来ていないことやリッツが生きている可能性はかなり低いことは分かっている。正直、気持ちは分かるが、冒険者達のやろうとしていることはリスクしかないと感じていた。
(でも、リッツという冒険者は死霊と化している可能性が高い。それを未練から解き放つことができれば……)
ハンスは地下牢の死霊を解放させたときの経験とルツカ、セレーナとの話し合いを通して、死霊を解放していけば、リンダの霊魂を《死霊食い》から解放させられるのではないかと考え始めていたのだ。
(俺の《死霊食い》は死んだ人の魂に触れる力。亡き人の無念を晴らすことこそ、俺の救世主としての役割なんじゃないか?)
そして、自分が救世主として生きるようになれば、リンダの未練も払拭されて自分の中の霊魂が解放するのではないかという考えだ。ハンスの感覚では、善意どころか打算でしかない考えなのだ。
(自分のことしか考えてないのに“救世主”まで言われるといたたまれないな……)
そんな思いからお決まりの台詞がハンスの口を出るより早く、ルツカが二人の間に割り込んだ。
「ハンスは救世主なんかじゃないわ。私達にも事情があるのよ」
訳知り顔で乱入するルツカには、口にはしないハンスの思いが概ね理解できていた。彼女もだてにハンスのことを見ている訳ではない。
ただ、この時口を挟んだ理由は全く別で、それはハンスを除く全員が分かっていた。
「理由は何でも構わないさ。君たちに感謝する気持ちは変わらない」
あからさまなルツカの言動に軽戦士の少女が苦笑した。属性魔法使いの少女はイタズラが見つかった子どものようなリアクションをしながら、ハンスに謝ったが、勿論ハンスには何故謝られたのかが分からない。
その時、属性魔法使いの少女に何かが当たった音がした。それと同時に小さな灯火のような光が辺りにまき散らされ、少女は気を失った。
「ウィスプか、くそっ、油断した!」
ウィスプとは正式にはウィル・オー・ウィスプという名の下級の魔物だ。迷宮に入る冒険者が持つ明かり目がけて突進し、相手を昏倒させる。気を失うのはせいぜい数十秒といったところだし、それと同時に消滅するため、単体の危険度は低い。しかし、この魔物の真価は、消滅する時に放つ光で他の魔物に獲物の位置を知らせることにあった。
(やばい、侵入がバレたか!)
だが、幸いにも、属性魔法使いの少女が意識を失ったことで、灯りも消えている。皆は暗闇の中で不安に耐えながら、彼女の回復を待った。
「はしゃぐのは無事迷宮を出てからにしてくれよ。まだ、入ったばかりなんだから」
属性魔法使いの少女が回復するなり、軽戦士の少女がそう言って注意を喚起する。その言葉に属性魔法使いの少女は急に顔を引き締めて頷き、光量を落とした灯りを作り出した。
「リッツとはぐれたのは多分三階だ。引き締めていくぞ」
コボルトは夜行性のため、迷宮には物音一つないが、軽戦士の少女がそう言って、皆の気持ちを引き締める。皆は真剣な顔で黙って頷く。が、以後は何も起こらず、彼らは何にも邪魔されずに地下二階に降りた。
変化があったのは、地下三階。彼らがリッツとはぐれたという場所に着いたときだった。
「リッツがいない」
周りをうかがいながら、弓使いの少年がささやいた。
読んで頂きありがとうございました。次話は12時に投稿します!




