第十七話 相談
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次の日の昼前、二人は村に居座っている男に会うために広場でユーリを待つことになった。
尚、ハンスはユーリの家で一夜を明かした。ルツカとセレーナはハンスを家に泊めるつもりだったのだが、ハンスはユーリからの“そんな美味しい目に会わせてたまるか”という威圧に負け、二人の好意を断ったのだった。
「ねえ、ハンス。砦の追っ手絡みだと思う?」
不安げに尋ねるルツカにハンスは首を振った。
「砦の追っ手と考えるには辻褄が合わない点が多い。何よりも勇者がこんな回りくどい手を使う理由がない」
「確かにそうね」
「だけど、無視する訳にもいかない。何で俺達……というか、俺がここに来ることを知っているのかが分からないし」
「そうね。それは確かめた方がいいかも。ねえ、私がハンスの──いえ、救世主のフリをしようか?」
「え?」
「もし、嘘だとばれれば、最低でも救世主が男だと知ってることになるわ。でも、嘘だと見抜かれなければ、あまり具体的な情報を持っていないことになる。この違いは大事な情報だと思うけど」
ハンスは納得すると共に、自分の頭の中にはなかったアイディアに舌を巻く。が、ハンスはすぐに別の可能性に気づき、首を振った。
「それだとルツカが危険な目に会う可能性があるじゃないか。そんなの駄目だ」
「何で?」
「だって、やっと姉さんと二人で過ごせるのに!」
「え、あっ」
ルツカはそれを聞いて黙り込む。ハンスの言葉はルツカにとって予想外だったが、ハンスの発言のどの部分が意外感だったのが、自分でもよく分からなかったのだ。
(自分に危険が及ぶことに気がついてなかったのかな……それとも、ハンスが一人で旅を続けるつもりだということが意外だったのかな……)
ルツカが自身の思いに悶々としている内にユーリが姿を現した。
「すまん、待たせた。じゃあ、行こうか」
「よろしくお願いします」
ハンスはそういうとユーリについて歩き始め、ルツカもやや遅れて二人の後を追う。ユーリは村の中心の方へと歩き、やがてむらで一番大きな建物の前で止まった。
「ここって村長の家じゃん」
ルツカがそう言うと、ユーリは頷き、再び歩き始めた。が、ルツカはそんなユーリに抗議した。
「ちょっと、ユーリ! 入口はこっちでしょ。裏口から入る気?」
確かにルツカが指さした方には比較的立派なドアがある。ユーリが向かう方向とは九十度くらい逸れており、彼がドアに向かっていないことな明白だ。
「いや、例のよそ者は今、馬小屋にいるから」
「「馬小屋!!」」
「だって、村には牢なんてないだろ。……あれ、言ってなかったか? 村に居座ってるよそ者って言うのは、村長の家に食品を盗みに入った奴なんだよ」
「へ?」
肩透かしを食らったような顔をするハンス。そんな彼らに離れたところから、のんきな声がかけられた。
「おっ、やっと救世主が来たのか? 待ちくたびれたぜ」
恐らく馬小屋にいるという盗人の声だろう。ここまで来て引き返す訳にも行かず、ハンスとルツカはユーリに従って、馬小屋へと向かった。
馬小屋にいたのは、二十歳そこそこの細身の男だ。特段、人目を引く容姿をしているわけではないが、気さくさが全身から滲み出ており、無碍に扱うことが難しそうな人だ。
「やー、待った待った! 盗みが責められなかったのは良かったけれど、この村から追い出されそうで困ってたんだよ」
「それなら何で盗みなんてしたんだよ」
気色ばむユーリ。しかし、男はあっけらかんと言ってのけた。
「いや、悪かったと思ってる。だけど、もう腹が減って死にそうでさ」
「きちんと事情を話せば良かったんじゃないの?」
「そこはほら、俺は曲がりなりにも盗賊だし。特技を生かしたというか」
「つまり、何にも懲りてないと」
ルツカはとんでもないことをサラッという男の抗弁をばっさり切り捨てた。
「一事が万事こんな感じでな。結局何も盗られなかったし、村長も責任を問うのが、馬鹿らしくなったんだと」
ルツカはあきれた様子だったが、男は気にとめた様子もない。
「で、一体誰が救世主なんだ?」
男が目の前にいる三人の顔を代わる代わる見比べながら、そういうと、ここに来て初めてハンスが口を開いた。
「あんたは救世主に何の用があるんだ?」
質問を質問で返された格好だが、男はとくに気分を害した様子もない。良くも悪くも深く物事を考えないのだろうか。
「俺は伝言を預かってるだけだ」
「伝言?」
「預言者だと名乗る奴だ。奴は、救世主に“自分はお前の敵の正体を知っている”と伝えて欲しいと言っていた」
「!!!」
ハンスとルツカは絶句したが、ユーリには何のことやら分からない。
「誰かも分からないヤツに、そんなわけの分からない伝言を伝えにきたってのか。お前、その預言者とやらに弱みでも握られてるのか?」
「ポリシーさ」
「ポリシー?」
「俺は預言者に命を助けられた。だから、頼みをきいた。受けた恩は返すのが、俺のポリシーだ」
男がそう言った時、ハンスの目に何か陽炎なものが一瞬映る。すぐに消えたそれは薄く、輪郭さえ曖昧で、今まで見てきた死霊とは様子が違う。
(今は見えないが、死霊がいる。もしかして、この男に憑いているのか?)
砦から出て、死霊達が《死霊食い》から解放された際、地下牢にいた死霊は生前の未練が強すぎて、あそこに囚われ、地縛霊と化していたことをハンスは知った。
(場所じゃなくてと人にも死霊がつくことがあるのかも)
ただ、見えるときとそうでないときがある理由がハンスにはよく分からなかった。
「とにかく、俺の前に救世主を連れてきてくれ。じゃないと、村から出て行けないしな」
そういうと、男は横になり、目を閉じた。もう言うべきことは言ったということなのだろう。
その後、ユーリと別れた二人はルツカの家へつくなり、馬小屋の男が語った内容について話し合い始めた。
「あんないい加減な奴、絶対信用出来ない!」
ルツカは語気荒く、男のことを罵った。どうもあのいい加減さが気に入らないらしい。自分の住んでいる村で盗みを働いた上に、何の反省もない人間に対する反応としては至極全うなものだろう。
「まあ、聞いた限りだと、真面目とは言えない人ね」
ルツカとハンスから話を聞いたセレーナも決していい印象は持たなかったようだ。
尚、ハンスが救世主であることや今までの経過については、彼の了承を得た上で、昨夜のうちにルツカがセレーナに話している。
「だけど、勇者のことを知るチャンスかもしれないわ。今のところ、なんの手がかりもないわけだし……」
倒しても何故か蘇る勇者。その謎を解かなければ、戦いようがない。
「嘘かもしれないよ。ハンスをおびき寄せる罠かもしれないし」
「まあ、その預言者って人が信用出来るかどうかは全く分からないわね」
しばらく二人は黙り込む。その後、口を開いたのはルツカだった。
「ねえ、ハンス。そう言えば、死霊の気配を感じたって言ってたけど、砦を脱出した時みたいに力を借りることは出来ないかな?」
「それが、気配を感じたのは一瞬だけで今はいるのかどうかもわからないんだ。だから力を借りることは出来ないと思う」
最もどんな力を持った死霊かは分からない。借りたところでどうにもならない可能性はある。ただ、ハンスはそうしたことよりも気にしなることがあった。
「実は、今、馬小屋の男や預言者以上に、あの死霊のことが気にかかってるんだ」
「えっ、なんで?」
「多分、死霊のままでいるってしんどいことだと思うんだ。だから、出来たら未練から解放してあげたい。もっとハッキリと気配を感じられれば、何が未練なのか分かると思うんだけど……」
「未練というのは同情できるものとは限りませんが、それでもですか?」
セレーナは優しい声で厳しいことを言う。しかし、それはハンスも考えていたようだ。彼女の言葉にゆっくりと頷いた。
「その時はその時です。俺は死霊を自分の力に変えてしまうことも出来るみたいなんです。だから、人に害を与えるような未練を持つ死霊なら、責任を持って葬ります。でも……」
言葉が次第に尻すぼみになり、視線が下に向いていくハンス。本来の目的から外れ、余計なことを考えていることが自分でも分かっているのだろう。
そんなハンスを見て、ルツカは彼に同意するように肩を叩いた。
「なんというか、お人好しすぎるけど、まあ、ハンスらしくていいんじゃない? それに馬小屋の男や預言者のことは、今考えても結論がでないんだし」
「ルツカ、ありがとう」
ハンスが顔を上げたのを見て、ルツカが微笑む。そして、セレーナはそんなルツカを嬉しそうに見つめていた。
「死霊の気配のことなら、一つ考えがあります」
「本当ですか?」「本当!?」
驚く二人にセレーナは頷いた。
「確か、地下牢で死霊の声を聞いたのは、ハンスさんが“ここから出る”と思ったときでしたね」
「えっ……あ、そうです」
セレーナに指摘され、ハンスは初めてそのことに気がついた。確かに、最初は死霊の気配に全く気付かなかったが、ルツカの言葉に鼓舞され、再び戦うために脱出しようと決意した時に死霊達の声が聞こえたのだ。
「もしかしたら、あなたが死霊達の未練と関係がある言葉を言ったり、思ったりすると死霊の声が聞こえるんじゃないかしら」
「なるほど。確かにそうかもしれません」
セレーナの仮説なら、死霊達の気配が消えたり、現れたりすることにも説明がつく。つまり、ハンスの《死霊食い》は、死んでから時間がたった死霊達に対しては、未練を刺激し、活性化させないと使えないのだろう。
「あの死霊の未練を刺激する言葉や思いか……」
考えこむハンスにルツカはやや得意気に胸を反らせた。
「まあ、その手がかりは私にも分かるよ」
「えっ、何?」
「それはね……」
ルツカの答えを聞いてハンスに理解の色が広がった。
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