第十六話 先客
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夕方になると、二人の目の前に小さな村が見えてきた。リーモ村の規模はハンスの故郷、シイ村よりも少し大きい程度。つまり田舎の小さな村だ。しかし、村の入口には武器の代わりに鍬を持った村人が立っていたりと遠目に見ても物々しい雰囲気である。
「何かあったのかな?」
そう呟きながら、ルツカは近づき、入口にいた村人に手を振った。
「ユーリ! 今帰ったよ」
入口に立っていたのは純朴そうな顔をした二十代の男性。彼はルツカの顔を見ると、驚きのあまり、持っていた鍬を落とした。
「え! まさか、ルツカなのか!」
「もちろん!」
「みんな心配してたんだぞ! さ、早く姉さんに顔を見せてやれ」
「うん。ほら、ハンスも早く!」
「え、ああ」
ハンスがそう声を上げて初めて、ユーリはハンスの存在に気がついた。ハンスは礼でも言われるのかと思ったが、予想に反して彼の表情は不信感でいっぱいだった。
「あんた、まさか救世主か?」
「俺は救世主なんかじゃない!」
反射的にそう叫ぶハンス。まだ、何を為すべきかも分からない自分が一体何を救うというのか。
しかし、ルツカはそんなの心情を知ってか知らずか、彼をジト目で見つめた。
「いや、救世主でしょ」
「なんだ、どういうことだ?」
困惑するユーリと頑固に言い張るハンスの間に不穏な空気がながれ始めたことを察し、ルツカはハンスに代わってユーリに説明した。
「彼はハンス。私を地下牢から助けてくれたの。いわばわたしの救世主よ。しかも、わざわざここまで送り届けてくれたの」
「なんだ、そういうことか」
ユーリの警戒心が一気に溶ける。彼は気安くハンスの肩を叩くと、道を空けた。
「変なことを聞いてすまなかった。ちょっと今、村がピリピリしててな。気を悪くしないでくれ」
「ピリピリって、何があったの?」
ルツカはそう尋ねるが、ユーリは“後で話すから早く行ってやれ”と言いながら、二人をせき立てる。
二人はユーリに急かされるままに、村の外れにあるルツカの家についた。
「セレーナ、ルツカが帰ってきたぞ!」
ユーリはドアをノックしながら、そう言った。すると、それと同時に家の中で誰かが姿勢を崩して物に当たる音がする。
「お姉ちゃん!」
ルツカがドアを蹴破るように家に入る。ユーリとハンスも遅れて入室した。
「ルツカ、帰って来れたのね!」
家の中にいたのは、髪を肩まで伸ばした深窓の令嬢といった雰囲気の女性だ。
瞼を閉じた彼女は盲目なのだろうか。本当にそこにいるのかを確認するようにルツカを抱きしめる。ルツカは目にうっすらと涙を浮かべて姉の背に手を回した。
「お姉ちゃん、心配かけてゴメン。集めた薬草は盗られちゃった」
「そんなものはいいの。姉さんなら大丈夫だから」
ルツカの姉、セレーナはルツカの顔を確認するように手で触る。ルツカはくすぐったそうにしながらも、為されるがままになっていた。
「砦の兵士に連れて行かれたと聞いたときにはどうしたものかと思ったけど、元気そうね。よかったわ」
「そうだ。お姉ちゃん、実は紹介したい人がいるの」
ルツカはそう言うと、ハンスを手招きした。彼の手を引っ張って、自分の隣に座らせると、セレーナとハンスの手を重ねた。
いきなり女性の手を握らされたことに硬直するハンスを余所にセレーナはにっこりと微笑んだ。
「まあ! 男の子には興味なさそうだったルツカに彼氏が出来るなんて」
「違うから!」「彼氏?」
動揺するルツカとポカンとした顔を浮かべるハンスを余所に、セレーナは楽しそうに笑った。
「冗談よ。お世話になった人なのかしら?」
「お姉ちゃんったら……」
げんなりするルツカとは対照的に、ハンスは若干気後れしながら、自己紹介をした。
「初めまして。シイ村のハンスといいます」
ハンスは会った当初から瞼を閉じたままのセレーナを不思議そうに見つめながら言った。いや、見つめてしまったのは、ルツカとはまた違ったタイプの美人だったせいかもしれなかったが。
「ごめんなさい。私、目が見えないんです。ご不快だったら、すみません」
ハンスの視線を感じたのか、セレーナはそう言った。何やら悪いことをしたような気分がして、ハンスは慌てて弁解した。
「気を悪くしただなんて、とんでもないです。こちらこそ、すみません」
セレーナは“気にしないで”と言うと、ハンスの手を握った。彼は鼓動が早鐘のように打つのを必死に抑えようとするが、あまり役には立たない。
「真面目な方なのね。剣の稽古をなさっているのは、冒険者志望なのかしら? でも、ちょっと違うような。誰か目標になるような方がいたのかしら」
「えっ!」
戸惑うハンスにルツカが耳打ちする。
「お姉ちゃんは目が見えないけど、手を握ると色んなことが分かるの」
驚きで目を見開くハンス。だが、次々とセレーナから語られる話で次第に言葉を失っていった。そんなハンスの頬をセレーナの手が優しく撫でながら、彼女はハンスに温かなまなざしを向けた。
「でも、やつれているわね。最近、何かあったのね。ああ、それで行く先を迷っているのね」
「何でそこまで……」
ハンスは次々と言い当てるセレーナに絶句するが、不思議と悪い気はしない。むしろ、自分の状態を明確にして貰った分、モヤモヤしたものが晴れた気さえする。
「勝手にあれこれとごめんなさい。何か力になれたらと思って」
そういうとセレーナは手を引いた。
「でも、大丈夫。あなたからは強い意志を感じます。今は進む方向が分からなくても、きっかけさえあれば、前進できるはずです」
「ありがとうございます」
ハンスは思わずセレーナに頭を下げた。その励ましに心が熱くなったからだ。
ルツカはそんな二人をつまらなさそうに見ていたが、同じような顔をしていたユーリを見た瞬間、あることを思い出した。
「あ、ユーリ。そう言えば、村がピリピリしてるってどういうこと?」
「ああ、それか!」
今まで蚊帳の外だったユーリは自分が話す番が来たことで弾んだ声を出した。
「いや、“村に救世主が来る”とかいう奴が来ていてな。なかなか村から出て行かないんだ」
「「え!?」」
ユーリの話によれば、二日前にある男が村長に“やがてこの村に聖霊に選ばれた救世主がやってくる”などと言ったらしい。勿論、村長はまともに取り合わなかったが、その男は“救世主が来るまでこの村を出て行かない”などと言い、皆が困っているのだという。
「よそ者が村に居るってだけで、何が起こるか分かったもんじゃない。だから、みんなピリピリしているのさ」
「なるほど」
基本的に村人は自分の村からは離れない。移動が大変ということもあるが、生活は村で完結するものなのだ。ハンスもそういった事情は分かるので、頷いた。
──いや、頷いたふりだ。
内心、ハンスは動揺していた。自分が救世主として選ばれたと知っているのは、ルツカの他には勇者絡みの人間、つまり自分の敵しかいない。
(でも、二日前に来たって言うのは、勇者絡みの人物だと考えると手際がよすぎるな)
ハンス達が砦を脱出したのは丁度三日前の深夜。したがって、彼らが砦を出た直後くらいにルツカの村へたどり着いたことになる。
ルツカはそんなハンスの表情を盗み見ながら、ユーリに尋ねた。
「その人とはどうやったら会えるの?」
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