第百十六話 新たな旅立ち
ついに最終話です! ここまで来れたのも皆様の応援のおかげです。ありがとうございます!
「いいよな~ ユァリーカは」
ユァリーカとルツカの顔を見るなり、ヨルクはそう言った。
「エルにも言われたよ、それ」
「だろうな」
ヨルクはそう言って溜息をついた。彼らがいるのは近い未来に冒険者ギルドになるはずの建物だ。今までキャラベルでは魔物の討伐は兵士や司祭の仕事だったのだが、皆の話し合いの結果、カイゼル帝国のようにギルドを設置することになったのだ。
「神聖エージェス教国の冒険者ギルド本部長だって? 大出世じゃないか」
「何いってんだ。俺なんてクロエの影武者さ。あいつは表に出るのが難しいしな」
「クロエさんもそう思ってるかもよ?」
「まさか」
ルツカの言葉にヨルクは肩をすくめる。
「でも、高位司教とか特権階級から力を奪うために魔物の討伐は別の組織に任せるべきだ、って言ったのはヨルクでしょ?」
「まあ、それはそうだが」
ヨルクが無精無精頷いたその時、ノックと共にクロエが部屋に入って来た。
「クロエさん、お久しぶりです」「お元気ですか?」
「ああ、おかげさまでな。二人も元気そうで何よりだ」
クロエはユァリーカとルツカの顔を見ると、笑顔を浮かべた。
「分かってる。ヨルクは上手くやってるとも。冒険者ギルドの立ち上げは順調だ」
「相変わらずですね、クロエさん」
問われる前に答えを言うクロエに苦笑しながらユァリーカはそう言った。
「エルは……そうか。まあ、時間がかかるな」
「いや、一人で話を進めるなよ、クロエ。大事なことには手間をかけるのが俺のポリシーだ」
ヨルクがそう言うと、クロエはあははと笑った。
「すまん。まあ、癖が抜けなくてな」
そんな二人の様子を見て、ルツカは嬉しそうに笑顔を浮かべた
「仲良さそうですね」
「まあ、君たちほどではないけどな」
クロエはそう言うが、まんざらでもなさそうだ。
「で、やっぱり調べるつもりか?」
ほんわかした雰囲気がヨルクの言葉でガラリと変わる。
「よく考えたけど、やっぱりほっとけない」
「魔物が人を襲うようになった理由の調査、か」
「はい。これについても調べたり、しらべてもらったりしましたが、明らかに帝国の仕業ではありません」
「確かに私達がまだ知らない何者かの悪意が存在する可能性はあるが……」
クロエは続く言葉を飲み込んだ。実はこの問答は今まで何度も繰り返されたものなのだ。“後は任せろ”というクロエ達に対してユァリーカは“人任せには出来ない”の一点張りなのだ。
「大丈夫です。決して深入りしませんし、冬が来るまでには切り上げて、リーモ村の冬の感謝祭に出席するつもりです」
「まあ、ルツカがついているなら、な」
とりなすようなルツカの言葉にクロエも渋々頷く。何だか役割があべこべになっている気もするが、それに気づいて苦い顔をしているのはヨルクだけだ。
「念を押すが、無理はするな。いいな、ユァリーカ」
「分かってますよ、クロエさん」
そんな二人のやりとりを見ながらヨルクはげっそりとした顔をした。
(クロエはユァリーカに過保護過ぎるな)
その時、不意にユァリーカが誰かに呼ばれたような反応をした。ユァリーカは明らかに誰もいない方向を向いたまま、一つ頷いた。
(何だ?)
ヨルクが首を傾げた次の瞬間、彼にしか聞こえない声が聞こえてきた。
“ジル”
(なっ!)
思ってもみなかった声を聞いたヨルクは動揺するが、声の主はこの上なく落ち着いていた。
“良かったよ。ちゃんと前に進んでくれたんだ”
(っ!)
その時感じたヨルクの思いは複雑だ。だが、その声の主、レオルの顔は晴れやかだった。
“僕はジルの足を引っ張りたかった訳じゃないんだ”
(分かってる。分かってるよ、そんなこと!)
自らの命と引き替えに自分を救ってくれた相棒の思い。それが理解できないはずもない。
“生きて、幸せになって。それが僕の願いだ”
(っ!!!)
次第にレオルの声が遠ざかる。ヨルクはレオルの霊魂が
《死霊食い》から解放され、天に昇るのを感じた。
(レオル……俺は……)
言い知れない感情が胸に満ちるのを感じつつ、ヨルクはレオルの霊魂が消えていくのを見送った。
「どうした、ヨルク?」
しばらく黙ったままだったヨルクにクロエが声をかける。ヨルクがクロエの方を向いた時にはもういつもの彼に戻っていた。
「何でもない。それより──」
※※
クロエやヨルクと散々語り明かした後、ユァリーカとルツカはベルバーンに向かった。
「ごめんね。わざわざ足を運んで貰って」
「いえ、俺達には時間がありますから」
ユァリーカとルツカがやって来たのはスコットとティーゼが暮らす家だ。元々宿暮らしだった彼らなのだが、スコットがベルバーンで暮らすことを決めたことを機に、家を買ったらしい。
「素敵な家ですね」
「ふふふ。ありがとう、ルツカ」
スコットとティーゼの家は結構大きかった。というのも──
「スコットさんはベルバーン冒険者ギルド支部長、ティーゼさんは副ギルド長ですもんね」
ユァリーカがそう言うと、スコットは苦笑いをした。
「引き受け手のないクエストを片づける傍ら、事務仕事もこなすなんて悪夢だよ。ご丁寧に冒険者ランクも『上級』に上げられてちまったしな」
「まあ、これからは若者をサポートする側に回らないとね。今まで好き勝手にやって来たんだから」
「まあ、な」
そう言うと、スコットは頭をかいた。どうやらまんざらでもないらしい。最も、事務仕事が嫌なのも事実なのだろうが。
「で、ユァリーカ。これがこの辺りの迷宮の位置を書いた地図だ。ユァリーカが気にしていた凶暴化した魔物との遭遇した位置も書き込んでおいた」
「ありがとう、スコット」
ユァリーカは礼を言ってスコットから数枚の羊皮紙を受け取った。
「クロエの言うことも分かるが、俺はユァリーカに賛成だ。もし、俺が力になれることがあったら、是非言ってくれ」
「勿論!」
そう言うと、ユァリーカはスコットと固く握手をした。
※※
ユァリーカとルツカはスコットとティーゼと別れ、ムサシに戻った後、甲板に上がっていた。
「ルツカ、本当にいいのか?」
遠ざかるベルバーンを見ながら、ユァリーカはそっとルツカにそう呟いた。
「どうしたの、ハンス?」
「いや……その……」
ユァリーカはルツカを自分の旅に巻き込むことに若干負い目があるのだ。
(俺がまた巻き込んだせいでルツカが平和な生活から遠ざけてしまった……でも“巻き込む”という言葉も何か他人行儀で違う気がする……)
だが、ユァリーカにはそんな微妙な心情をどう言葉にしてルツカに何といったら分からないのだ。
「ハンスが気にすることはないの。あなたの傍にいるって決めたのは私だし」
「ルツカ……」
「それに私も知りたいことがあるの」
「もしかして【生命の樹】のこと?」
ルツカはハンスの言葉に頷いた。
「一度だけお姉ちゃんからこの魔法のことを聞いたことがある。私達の一族に伝わる魔法だって。でも、何で私達の一族に【生命の樹】が伝わっているのかはお姉ちゃんも知らないって」
「そうか……」
ユァリーカはそう呟くと、かつて自分が救世主としてすべきことに悩んだ日々について思い出した。それは今も続く悩みだが、最初の頃とは大分違う。
(それは仲間やルツカ、君のおかげだ)
ならば、今度は──
「じゃあ、一緒に答えを探そう。俺とルツカなら絶対出来るさ」
今度は自分がルツカの力になる番だとユァリーカは感じた。それは単に恩を返すという話だけではない。ユァリーカとルツカ、二人は助け合い、支え合うべき二人なのだから。
「ありがとう、ハンス」
ルツカがユァリーカの手を取る。見つめ合う二人の唇は自然と重なった。
読んで頂きありがとうございました! 現在次回作を構想中なので、よろしければまた読んでやってください( ´◡‿ゝ◡`)




