第百九話 万全の鎧
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「ここは?」
《異次元扉》をくぐった先はだだっ広い空間だった。
「ここはカイザル帝国にとって非常に重要な場所でな。ユァーリカ、そちにはここが何をする場所か分かるはずだ」
床や柱に用いられている建材は非常に豪華なものの、一見何があるわけでもない空間だ。が、ユァーリカのマナサイトには一面に魔法文字が刻まれているのが映っていた。
「この規模の魔道具、まさか勇者を……」
「そう。アルディナに勇者を呼び出す魔道具、『救済の門』だ」
「ここが……」
ユァーリカは思わず目の前の景色を見回した。飾り気のない柱がずらりと並ぶこの空間。これが存在するからクロエやロビン、その他多くの勇者と出会うことになったのだ。
「さて、ユァーリカ。そちの問いだが、私はこれで答えたい」
いつの間にか、皇帝の傍には金色の甲冑があった。そして、それも魔道具であることをユァーリカは一瞬で見抜いた。
「何故戦う必要があるのか……という疑問があるだろうが、ワシなりに考えた結果、これが最良だろうという結論になった。どさくさに紛れて始末しようと疑うならば、その時は勇者王、其方が割って入れば良い」
「つまりそれまでは手出しはするな、ということですな、皇帝陛下」
「相変わらず察しの良いことよ。どうだ、ユァーリカ?」
「聞いたのはこちらです。そして、答えがこれだというのなら、受けない理由はありません」
淀みなくそう言うユァーリカに皇帝は満足げに頷いた。
「では、始めよう」
言うが早いか金色の甲冑が吸い付くように皇帝の体に纏わり付く。それと同時にユァーリカも力を使った。
「【紫炎霊装】」
紫炎で出来た全身鎧がユァーリカの体を覆う。それは今までのような不完全なものではなく、確かな形を成している。ユァーリカは紫のマントをはためかせ、皇帝へ突進した!
「速いっ!」
思わずロビンがそう呟く。それは【紫炎霊装】の力を知っているロビンをしても驚くようなスピードだ。ようやく完成したこの技はもはや今までとは別物だ。
(行けるっ!)
が、その動きはあっさりと見切られ、ユァーリカの斬撃は皇帝の剣で止められた。
「速いし、重い。まさか、これほどとは……」
「くっ!」
ユァーリカはその場を飛び退き、距離をとる。皇帝も追撃しようとはしなかったので二人は距離をとったまま、向き合った。
「何故防げたのか疑問に思ってるな」
「ええ、そうですね」
皇帝の問いにユァーリカはそう答えたが、実はユァーリカには一つ心当たりがあった。ただそれは決して有り得ないことだったが。
「だが心当たりはある、そうだな」
「!?」
まるでこちらのことを見透かすような言動。ユァーリカにはよく馴染みのあるものだ。
(まさか、本当に? しかし、だとすると……)
自分の推論に徐々に確信を深めるユァーリカに皇帝はまたもや彼の思惑を見透かすような発言をした。
「そちの考え通りだ、ユァーリカ。この力は固有技能、《未来予想図(アカシック•レポート)》だ!」
皇帝がそう宣言する前に、ユァーリカは飛び出していた。相手がクロエの固有技能を使うことは有り得ないことだし、厄介なことでもある。しかし、対処法はあるのだ。
(やりづらいけど、クロエさんのと同じならとにかく手数だ! 分かっていても対応出来ないくらいの攻撃を叩きこむ!)
先程とは違い、今度は真っ直ぐ突っ込むと見せかけて上に飛び、【紫炎霊装】の一部を使って作ったナイフを飛ばす。その数は二十を越えた。
(クロエさん並みの達人じゃなきゃ、この数は捌けない!)
逆に言えば、目の前の皇帝がクロエ並みの達人なら防げてしまうのだが、それは有り得ないだろうとユァーリカは思った。
そして、確かにそれは正しかった。しかし、更に有り得ないことが起こる。ナイフが迫る直前、皇帝は虹色の盾を作ってそれを防いだのだ。
(何っ……まさかっ!)
皇帝が使ったのは固有技能だ。ユァーリカは同じ力を使えるだけによく分かる。それと同時に、ユァーリカは皇帝が身に纏う魔道具がどんな力を持っているかに気づいた。
「そちの考え通りだ、ユァーリカ。この鎧、『万全の鎧』は今までアルディナにやって来た全ての勇者の固有技能を使用出来るようにする魔道具だ」
再び退いたユァーリカに皇帝は恐ろしい事実を淡々と述べる。ユァーリカやロビンは複数の固有技能を使える規格外の存在だが、『万全の鎧』は使用者にそれを遥かに超える力を与えてしまうのだ。
「だが、それはまあ、オマケみたいなものだ。この『万全の鎧』によって使用可能にしたい固有技能は、たった一つだけだ」
「なっ!」
驚いたのはユァーリカではなく、ロビンだ。彼には、皇帝が今までアルディナに現れた勇者の固有技能全てを束によってしたよりも価値がある固有技能があるとほのめかしたことが分かったのだ。
「つまり、また隠し球があるってことですか」
しかし、残念ながらユァーリカが理解したのはこれくらいのことだった。
「そうだ。最初の勇者にして初代皇帝アルスの固有技能《虹の橋》」
「それはどんな……って、教えるわけがないですよね」
思わせぶりな皇帝の言葉につられて出た言葉を慌てて引っ込めるユァーリカ。だが、皇帝の反応は彼の予想を覆すものだった。
「《虹の橋》は望む世界へと移動する力だ」
「望む世界……?」
「願いを叶える力といった方が分かり易いか。望むものがある場所へと移動する力なのだ。どれだけ離れていても一瞬にだ」
正直、ユァーリカには《虹の橋》の力の凄さが今一つ分からなかった。何故なら、移動するだけなら《異次元扉》を初めとした様々な固有技能があるし、ぶっちゃけそこまで歩いて行ってもいいのだ。
「それのどこが凄いんだという顔だな、ユァーリカ」
「あ、いえ」
自分の思考を見透かされたような発言にユァーリカは焦るが、皇帝はそんなユァーリカを見て、口元に好意的な笑みを浮かべた。
「そうだ。そちにはこのような固有技能は必要ない。何せ、これは臆病者のための力だからな!」
その瞬間、皇帝の姿がユァーリカの目の前からかき消えた!
「!!!」
それと同時にユァーリカは背中に斬撃を浴びる。だが、【紫炎霊装】が身代わりとなるため、ユァーリカにはダメージはない。すかさず反撃するが、再び皇帝の姿は消え、同じように背後から斬撃を受けた。
「くっ!」
ユァーリカは距離を取ろうとするが、あまり意味はなかった。何処へ移動しても皇帝はユァーリカの背後にいるのだ。そんなことが二~三十回起こった後、皇帝は攻撃と移動を止めてユァーリカの前に姿を現した。
「つまりこういうことた、ユァーリカ」
「確かに……恐ろしい……力ですね」
流石にユァーリカも息が切れていた。【紫炎霊装】のおかげでダメージは軽微だが、必死で考えた対処が何の意味もなさずに次々と破られるというのは精神的にきつい。
「そうではない」
「?」
「ワシが言ったのは《虹の橋》の力のことではない。そちの問いに対する答えのことだ」
「……」
「何で帝国が今のように……恐らくは皇帝自身の思惑ともズレたものになっているかという話だ!」
理解が追いつかないユァーリカの代わりにロビンがそう言うと、皇帝はやや不満げな顔をした。
「手出しはするな、と言ったはずだが」
「手は出していない」
「屁理屈を。まあ、細かくあれこれ言うのも興が削がれるな」
「流石皇帝陛下! ところで、口出しついでにお尋ねしてもよろしいか?」
皇帝はロビンのあからさまなご機嫌取りに顔をしかめるながらも頷いた。
「その《虹の橋》とかいう固有技能、場所だけでなく時間軸も移動……言わば時空跳躍とでもいう力を持っているのでは?」
「じくう……ちょうやく、だと? その言葉の意味は分からんが、そちの言うとおり、場所だけでなく、過去や未来に移動することが出来る。よく気づいたな」
「移動してから攻撃するまでの速度が早すぎる。恐らく、移動と同時に数秒前の過去に飛んでいるんだろう。その気になれば、この戦い自体をやり直せる」
「そちらが部屋に来る前からやり直すことも出来るが……流石に喋りすぎだ。話が本題から逸れてしまうではないか」
皇帝がそう言うと、ロビンは黙った。皇帝とユァーリカの決着はロビンにとっても重要なのだ。
「分かるか、ユァーリカ? 私の言いたいことが」
「まさか手も足もでないとか? いや、そんな……」
ユァーリカが口にしたのは苦し紛れだ。問いに対する答えというより、今の思いがこぼれたに過ぎない。だから、ユァーリカは次の皇帝の言葉に非常に驚いた。
「その通りだ」
「え?」
「その通りだと言ったのだ。何をどうやっても思い通りにならなかった。ある選択をすれば、選ばなかった方から邪魔がはいり、あることをなそうと思えば、それに反対する者から邪魔を受ける。政治とはそう言うものだ」
「そんな……」
「結果、ワシはただただ周りの言うことを聞くしかないと悟った。それが今のワシだ。そちはワシは他の貴族と違うといったが、そうではない。何も違わないのだ。為すべきことわなさず、ただただ浪費する。これが今のカイザル帝国だ」
「……」
「だが、そんな帝国の在り方が間違っているのは確かだ。だからもし、そちがそれを正したいと思うなら、ワシの攻撃を破って見せよ」
ユァーリカが全身に力を入れる。それを見て、皇帝は身構えた。
「行くぞ!」
その言葉さえ置き去りにして、斬撃がユァーリカに迫る! ユァーリカはそれをかわすどころか、認識することさえ出来ない。
「どうした? ワシはそちの姉の敵だぞ。殺してやりたいとは思わんのか!」
攻撃自体は単純だ。ユァーリカの前なら消えて、後ろから攻撃が来る。ただそれだけ。だが、そこまで分かっていてもかわせない。
(くそっ……このままじゃ!)
焦るユァーリカをあざ笑うかのように皇帝の攻撃が一層激しくなり、遂にユァーリカは膝を折る。が、次の皇帝の攻撃で宙に浮かされ、そのまま落ちる間もなく攻撃を受け続けるはめになった。
「そちは今までどうやってここまで来たのだ! にっちもさっちも行かなくなったことなど一度や二度ではなかったはずだ。そんな時、どうやって乗り越えて来たのだ、救世主!」
「ここまで……」
ユァーリカは今までの旅を一瞬で振り返る。ここまで来れた理由、それは決まっている。
(仲間が、みんなががいたからだ! みんなは辛いときには傍にいてくれて、間違った時にはそれを指摘してくれた。だからこそ、ここまで来れたんだ!)
ユァーリカの瞳に力が戻る。彼は体を丸め、ハリネズミのように《【紫炎霊装】》の全身に細かな針を作ると、それらを一気に打ち出した!
「俺は救世主なんかじゃない!」
何故こんな訳の分からない事態になっているかも分からないのに世の中を救えるはずがない!
「凄まじい攻撃だが、ワシには効かん。ワシは攻撃を受ける前に戻れるからな」
そう言って皇帝がユァーリカの前に姿を現した。だが、何十回とユァーリカを攻撃したことで疲労したらしく、皇帝は息を乱している。
(考えろ……今までの旅で何があったのかを)
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