第百八話 ユァ―リカと皇帝
いよいよ終盤!
「引用:ロータリア島戦記 白魔法:キュアディジーズ」
ロビンがそう詠唱すると、エメリーの体にこの世界とは別の理に従う力が発現する。続いてロビンが別の力を使ってエメリーの病状が改善したかを確認したが……
「何故だ! 何故治っていない!」
ロビンの目には《オデッセイ》で引用した力により、エメリーの全身が腫瘍のようなものに冒されている姿が映っている。
「いや、何かをあるはずだ。引用:ラストファンタジー 回復魔法:エスラ」
今度はロビンのいた世界で有名なRPGだ。複数の状態異常に冒されていても一瞬で完治させる便利な魔法だったが、やはり結果は同じだった。
「それならっ!」
それからロビンは思いつく限りの物語を引用したが、結果は同じだ。しかし、ロビンはそれでも諦めようとしない。
「次こそは!」
「もう止めて、ロビン」
ロビンが二十一回目となる治療を試みようとした時、エメリーがそれを制止した。
「それ以上は駄目。ロビンは《オデッセイ》の弱点が分かっているはず」
エメリーが口にした《オデッセイ》の弱点、それは使えば使うほど弱くなるということだ。
実は《オデッセイ》で引用できる力は使える回数が決まっている。具体的には、物語で登場人物によって使われた回数と同じ、つまり、ある漫画で炎を出す魔法が三回出てきていれば、ロビンがその魔法を使える回数は三回になるのだ。
そして、力を使えば徐々にその物語のことを忘れ、引用できる力がなくなれば読んだ物語のことを忘れてしまう。再度読めば再び力が使えるようになるが、何を忘れたも覚えていない点がネックだ。
「勇者の固有技能はまた手に入る可能性がある。でも、あなたの世界の物語はもう手に入らない」
ログを何度でも見られる勇者の固有技能なら失った力を取り戻す可能性がある。だが、記憶にしかないロビンの世界の物語ではそうは行かない。
「キミのためなら物語を使い果たしてもいいんだ!」
「それは駄目。あなたにとって物語は友達で、力で、あなたそのもの。私は失って欲しくない」
「だがっ、しかし……」
ロビンにも分かっていた。このまま力を使っても望みが薄いということは。大体、ロビンが読んできた物語に腫瘍を無くすような力は出てこなかったのだ。
(医療系の漫画を読んでおけばっ!)
医療を題材にした漫画なら腫瘍の摘出などのシーンがいくらでもありそうなのだが、ロビンは読んだことがなかった。
(ないものねだりをしても仕方がない。他に出来ることを考えろ! 何か、何かあるはずだ!)
必死で打開策を考えるロビン。その鬼気迫る表情を見て、エメリーは首を振った。
「ロビン、もういい。私はあなたが苦しむ姿は見たくない」
ロビンが閃いたのはエメリーがそう声をかけた時だった。
「そうだ!」
「!?」
ロビンは驚いた表情を浮かべるエメリーの肩を力強く掴んだ。
「物語だ! 物語自体を“引用”すればいい」
「物語……自体?」
「つまりだ。俺が引用していたのは物語に出て来た能力や魔法、スキルだが、そもそもそれは物語の全てじゃない」
「?」
エメリーはロビンの言っていることが分からず首を傾げた。
「例えば、登場人物とか……抽象的なものになると世界感とか演出、物語には様々なものが含まれる」
「つまり、それを“引用”する?」
「そうだ。例えば……」
ロビンの話を聞き、エメリーの目が驚きで見開かれた。
※※
「そう来たか! それは面白い」
ユァーリカから話を聞いた時のロビンの第一声がこれだ。だが、ロビンはその直後に皆が自分をジト目で見ていることに気付き、慌てて手を振った。
「す、済まない。馬鹿にしたいわけじゃない。ただ、心の底から思ったことを口にしただけなんだ」
「より性質が悪いな……で、どうなんだ?」
クロエは役に立たない弁明をするロビンに釘を指しつつ、その可否を問うた。
「可能だ。早速準備にとりかかろう」
ロビンはそう言うと立ち上がり、《異次元扉》を発動させて姿を消す。その後、彼が再び姿を見せたのは数時間後だった。
「時間が決まった。明日の朝だ」
「随分早いな」
「この時期だ。皇帝と面会したいという輩は多くてな。で、そのうちの一人の記憶を操作した」
「酷い話だが、まあ私達も同罪か」
「表向きは帝都復興のための援助の提案ということになっているが、実際のところ、援助の見返りについて言質を取るのが目的だ。まあ、その辺りはあまり気にする必要はないかもしれんが」
ロビンがそう言った後、クロエと色々と打ち合わせてから姿を消した。
そして、次の日の朝、いよいよ皇帝との面会の時間になった。
「この扉の向こうに皇帝がいる」
豪華な扉を前にロビンはそう言った。今、彼らがいるのは前室と言って普段役人が皇帝への取り次ぎをするために待機する部屋だ。しかし、今はここにも誰もいない。
「分かった」
ユァーリカは短くそう答えると部屋に入る。
まず目に入ったのは豪華な調度品の数々だ。この部屋は皇帝の私室という話だったが、室内も一人で使うとは思えないくらい広い。
「どうした、カエサル卿? ワシはここだ」
ユァーリカが声をした方を向くと、金糸や銀糸で織られた衣服を纏った一人の老人がいた。
「すみません、俺はカエサル卿ではありません」
「ほう……?」
ユァーリカの言葉に皇帝が訝しげな声を出す。
「無理をいって代わって貰いました。俺の名はユァーリカといいます」
ユァーリカの言葉に皇帝が一瞬硬直する。が、すぐに冷静さを取り戻した。
「ロビン殿もいるのだろう? 姿を現したらどうだ」
「これは失礼」
そう言いながら、ロビンはユァーリカの隣に現れた。今まで《認識不能》を使って隠れていたのだ。
「さて、救世主。ワシの首を取りに来たか」
「いえ、違います。俺は救世主なんかじゃないですし、あなたの首を取りに来たわけじゃないです」
不思議なことに今、ユァーリカは救世主として皇帝に向き合っている訳では無かった。救世主としての役目、皇帝は姉リンダを自分から奪った元凶とも言える存在であることなどを一端脇に起き、一人の人間として向き合っているのだ。
「嘘ではなさそうだが、ワシに何のようだ? ワシはお主にとって見たい顔とは思えんが」
「あなたが何を考え、何を思っているのかを知りたいんです」
「ほう……」
「あなたは他の貴族達とは違う……気がする。だけど、それなら何で帝国がこんなふうになっているのかが分からない。あなたは何でも思い通りに出来るはずなのに」
「なるほどな。そなたの用件は分かった」
皇帝はそう言うと、今度はロビンに向き合った。
「ところで勇者王よ、そちは何を考えておる? 腹に一物あるとは思っていたが、まさか裏切り者とまでは思っていなかったのだが」
ユァーリカと話していた時と違い、皇帝の眼光は鋭い。
「オレにはオレの目的がある。それが一致している間は協力する、一致しなくなれば別の道をいく。それだけだ」
「ワシに忠誠を誓ったはずだか」
「志まで売った覚えはない。大体、勝手に異世界に召喚しておいて忠誠だ、服従だ何てことを言えると思うほどあなたは愚かではないはずだ」
ロビンがそう言うと、皇帝は眼光を緩め、ため息をついた。
「全くよくもまあそれだけ口が回るな。これだけ話せれば貴族を丸め込むのも容易よな。ワシよりそちの方がカイザル帝国の皇帝に向いておるな」
「ご謙遜が過ぎますな。いや、これは皮肉か」
皇帝が再びため息をつく。が、彼はそれ以上ロビンに何も言わなかった。
「さて、ユァーリカ。そちの話だが、若干込み入っておる。場所を変えて話したい」
「俺は構いません」
「分かった。では勇者王よ。私達を例の間へ」
「あそこへ行って何を?……いや、これは愚問か」
そう言うと、ロビンは《異次元扉》を発動させた。
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