第百七話 病巣
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「これは酷いな」「クソっ! 何だよ、あれは」
会議の様子を一通り見終わった後、ヨルクとスコットはそう唸った。
「自分達のことしか考えてない。帝都は今、あんな状態なのに!」
ティーゼもそう言って怒りを露わにする。だが、ユァーリカは黙ったままだ。というより彼は皆とは違い、会議が映し出されてから何も喋っていない。
「ハンスはどう思う?」
そうルツカがユァーリカに声をかけたのはそんな彼の様子を心配したからだ。
「あ、ああ。ごめん、心配かけて」
そして、そんなルツカの心配はそのままユァーリカに届いた。
「なんかいくら考えても分からなくてさ、それだけなんだ」
「分からない……?」
「何でこんなことになっているのかが分からないんだ。だって、俺一人を殺すためにシイ村を焼いたり、帝都の人達を犠牲にしたりなんて。どう考えたっておかしい」
「単に自分のことしか考えられない馬鹿なんじゃないか? 馬鹿の思考を深読みしないっていうのが俺のポリシーだ」
「いくらなんでもそんな答えは……」
ティーゼがそう抗議する。が、残念ながら、この場には似た考えを持つ人間がもう一人いた。
「貴族は贅沢で頭が腐ってるんだよ。クソっ! どんだけ金があればそんなふうになれるんだよ!」
「……」
ティーゼは自分の恋人の安直な思考にため息をついた。
「まあ、間違ってないかもしれないが、ユァーリカが気になっていることは違う。そうだろ?」
クロエの言葉にユァーリカは頷いた。
「ヨルクやスコットの言うとおり、貴族の発言は自分のことばかりだった。でも、一人そうではない人がいた」
「いたか? そんな奴?」
ヨルクがそう言って首を捻る。
「皇帝だ。皇帝は何も言ってなかった。自分の都合を口にすることも、貴族を止めようともしない」
「まあ、そうだな」
そう答えたのはスコットだが、彼にはユァーリカの言わんとすることがよく分かっていない。
「自分が一番偉いはずなんだから、好きなことを言えばいいのにそうしないのは変じゃないか?」
「金を持ちすぎてるから細かいことはどうでもいいんじゃないか?」
「貴族はお金をいくら持っていても満足しないわ。使い切れないほどお金を持ってもまだ欲しがるものよ」
スコットの言葉にティーゼがそう答える。
「つまり、ハンスは皇帝が今の帝国に疑問を持っていると思うと。そして、そのこととシイ村のことや帝都に起こったことに何か関係があるんじゃないかって思っているのね?」
「そう……だと思う。ルツカが言ってくれたほど俺は考えがまとまってないんだけど」
「「「「「……」」」」」
室内が静まり返った。ユァーリカの発言が的外れなようで核心をついていた。ユァーリカが知りたがっているのは、何故こんな悲劇ばかりが起こる世の中になっているのかということだ。
「皇帝が自分の欲の話ばかりするなら納得がいくんだ。でも、そうじゃない。それに……」
「それに?」
「何だろう、酷く疲れているように見えるんだ。何でも自分の思い通りに出来るはずなのに」
「なるほど……でも、どうすればそれが分かるかしら」
ティーゼはおぼろげながら、ユァーリカの言っていることを理解した。が、即座にそれを確かめる術がないことに思い悩む。
「会ってみればいい」
ティーゼが出せなかった答えを提示したのは、いままで黙っていたクロエだ。
「会うって皇帝に? 帝国にとってユァーリカは敵なのよ。それを……」
「ユァーリカを斬ろうとするなら、それも一つの答えだ。……分かってる。そんなことはさせないがな」
クロエの発言の後半部分はルツカに対してのものだ。
「会議を聞く限り、帝国の注意はムサシに釘付けだ。ロビンならその隙をつくことは可能だろう」
「まあ……それはそうでしょうけど」
ティーゼはクロエの提案がロビン任せになっていることに少々嫌そうな顔をする。しかし、それもクロエには分かっていた。
「分かってる。確かに全てをあいつに頼るのは危険だ。でも、ユァーリカと皇帝との面会はロビンの望みに近い。小細工をする可能性は低いんじゃないか?」
「ロビンの目的は、確かハンスに帝国を潰させて新しい国を作ること、そしてその過程を物語にすることでしたね」
「そうだ。そのためにこんなお膳立てまでしてくれているんだからな」
そう言いながらクロエは室内を指した。
「皇帝と会う……そうですね。それがいいかも知れません」
ユァーリカはクロエの提案にそう答えた。
「会って話をする、今までだってそうやってみんなとも分かり合えたんだから」
ユァーリカの言葉に皆が頷く。ただし、ヨルクだけは顔を背けて頭を掻いていたが。
「ロビンは明日の朝顔を出すと言っていたな。その時にでも話してみるか」
クロエはそう言って話を締めくくった。
※※
「ロビン、体の調子はどう?」
無駄な会議が終わり、ロビンがユァーリカ達と話してから部屋に戻ると、既に戻っていたエメリーがそう声をかける。エメリーにはキャラベルで仕事があるため、会議に出るロビンとは別行動だったのだ。
「大丈夫だ。治療もしたしな」
その声色からエメリーが心底自分を案じていることを感じたロビンは少し苦笑した。
「夕食はちゃんと食べた?」
「ユァーリカ達に持っていった時に食べたよ」
エメリーは何かを確認するようにロビンの目をじっとみる。が、やがて安心したように脱力し、ロビンの腕をとって近くのソファに座らせた。
「やけに信用されてないな。まあ、悪いのはオレだが」
「信用してないわけじゃない。心配してるだけ。ロビンはよく無理をするから」
ロビンは一瞬言葉に詰まる。
(本当によく見てるな……)
熱中すると疲れやしんどさが目に入らなくなるほど没頭してしまうのがロビンの悪癖だ。大体、召喚された時も丁度そんな感じだったのだ。
(オレのスキルどころか、性格まで見抜かれているとは)
びっくりすると同時に嬉しくもある瞬間だ。ロビンはどこか心が温かくなるのを感じたが、同時に自分もまた心配事があったことを思い起こした。
「オレはキミの体調も気になるけどな。最近、食が細くないか?」
「そんなことない」
「そうか?」
「そう。これが普通」
エメリーは首を横に振る。頑固なエメリーにはぐらかされそうに思ったロビンは若干の焦りを覚えた。
「や、それはないだろ。いくら女の子でも育ち盛りなんだから、夕食がスープとパン一個とか有り得ないだろ」
「子ども扱いは嫌い」
そう言うと、エメリーは体をロビンに預けたまま、そっぽを向く。ロビンは普段はしないような失言をしたことを悔いつつも、引き下がりはしない。エメリーは今やロビンにとって何より大切なものなのだ。
「いや、そうじゃなくて、オレはエメリーのことを心配してるだけなんだ。言い方が下手なのは分かっているんだが……」
ロビンが弁解するようにそう口にすると、エメリーは少し機嫌を直し、ロビンの方に顔を向けた。まだ、唇は尖らせているものの、目は怒っていない。
「私は──」
エメリーが何かを言おうとしたその時、その唇から出たのは言葉ではなく、鮮血だった。続いてエメリーは激しく咳き込む。ロビンは予想外の事態に一瞬、硬直したが、すぐに我を取り戻し、エメリーの顔を地面に向けるとその背中をさする。
幸いなことにエメリーは直ぐに落ち着き、起き上がった。ロビンはそんな彼女を支えながら、そっとタオルを差し出した。
「楽になった。ロビンは手際がいい」
「応急処置や緊急蘇生の研修は不人気でよく受けさせられたからな……いや、そうじゃないだろ!」
ロビンはエメリーが落ち着いたことにほっとして、ついつい無駄話をしかけたが、それは一瞬だ。
「今のは最後の発作。前のが大分前だから忘れてた」
「最後……」
その言葉に不吉なものを感じ、ロビンは思わず繰り返した。
「今までは薬で止めていた。それに限界がくると発作が起こる」
そう言うと、エメリーはぽつぽつと話し始めた。昔、自分がある病にかかったこと、その病は治らず進行を遅らせることしかできないこと、そして自分はあと一年くらいしか保たないだろうこと……
「そうか……」
エメリーの話を聞いた後、ロビンが言えたのはそれだけだった。我ながら情けないと思いはしたが、仕方がない。今まで手にしたことのない幸せを間もなく失うという絶望、それを前にして気の利いたことが言えなかったから何だというのか。
(だが、諦めないぞ)
ロビンは決意する。諦めるしかなかった転生前とは違い、彼の手には力があるのだ。
「エメリー、キミの病気はオレが治して見せる!」
「でも、治療法はない」
「この世界ではそうかも知れない。でも、オレの元いた世界の物語にはどんな病をも治せる魔法やスキルがある。それを引用すれば!」
ロビンは驚きのあまり目を見開くエメリーをベッドに寝かせた。
「引用:ロータリア島戦記 白魔法:キュアディジーズ」
読んで頂きありがとうございました!次話は明日の7時に投稿します!




