第百六話 帝国の現状
興味を持って下さりありがとうございます!
「これは一体……」
ユァーリカが目の辺りにしたのは、道端で倒れたまま死んでいる人々の山だった。
「これってまさか、エフレイアスの出したガスのせい……?」
ルツカがそう呟きながら、辺りを見回す。暴動が起きたらしく帝都の建物はどれも酷い有様だ。
「帝都はまた……っ」
ユァーリカの脳裏に浮かんだのは、かつて帝国がシイ村で起こした虐殺だ。
(俺を殺すため……たったそれだけのために!)
かつてシイ村を焼かれた時のようにユァーリカの心に怒りが満ちる。が、今のユァーリカは怒りと同じ、いや、それ以上に帝国に対する疑問が湧き起こった。
(帝国が俺をここまで殺したい理由って何なんだ?)
その答えは既にロビンからもたらされた情報の中にある。
(自分達の利益のために世界のマナを食い潰す、確かに悪だ)
ロビンがユァーリカ達に渡した異常気象についての情報は、エルが確かに真実だと証言した。エージェス教国の国土はもともと痩せた土地が多いのだが、近年砂漠化が進行しており、件の資料はエルが何度も目にしていたものらしい。
(そんな帝国が救世主として選ばれた俺に滅ぼされると恐れ、俺を殺そうとする……)
ロビンの話は筋が通っているとユァーリカは思う。だが、それでもユァーリカはどこか納得できないものを感じていた。
(それでも……だからといって……)
ユァーリカは何に引っかかっているのかを上手く言葉に出来ずに考え込む。が、それは直ぐに中断させられた。
(これは……エフレイアスのせいで死んだ帝都の人々か!?)
すすり泣く声や理不尽に対する怒声。様々な声と共に死霊が《死霊食い》に取り込まれていく。
「ハンス、大丈夫!?」
「だ、大丈夫。死霊の声が聞こえただけ」
心配そうな顔をするルツカとそれに応えるユァリーカ。周りをうかがっていたヨルクはそんな二人に声をかける。
「どうする? 見張られている気配はないが、安全とは言えない。とりあえず、ロビンと合流した方がいいと思うが」
「あ、ああ。ごめん。まだ息がある人がいないか探しながら、合流場所へ向かおう」
ヨルクにユァーリカはそう言うが、同時に生存者がいる可能性はほとんどないだろうと思っていた。エフレイアスの出したガスはそれほどまでに有害なものなのだ。
合流場所まではさほど時間がかからなかった。待ち合わせ場所として指定された商館に着くと、ユァーリカは事前に教えられた通りにドアを叩く。すると、外をうかかがいながら、エメリーがドアを開けた。
「早く入って」
ユァーリカ達は言われた通り、商館に入る。中は少し薄暗かったが、荒らされた形跡はなく、道中見てきた建物よりははるかにましな状態だ。
「無事についたようで何よりだ。まずは奥で寛いでくれ」
出迎えたのはロビンだ。そのままユァーリカ達はロビンに促されるままに室内に入る。案内された先は商館の職員達が使っていたと思しき食堂だ。立派とは言えないが、それなりに清潔だし、破損も少ない。
「こんな部屋で済まない。立派な部屋は大体略奪にあっているか、使用中だったものばかりでな」
ロビンは使用中だった部屋が今、どんな有様だったのかは説明しなかった。
「略奪って……一体何があったんだ?」
「エフレイアスの毒が撒き散らされた後、民衆の暴動が起こったらしい。普段から溜まっていた不満が爆発したんだろう。そしてその矛先はまず豊かな民に向いたということらしい」
ユァーリカの問いに対するロビンの答えは更にユァーリカを混乱させた。
「そんな……そんなことしてる場合じゃ……」
「確かにそうだけど、何かあった時に冷静に行動出来る人は少ないわ」
ルツカにそう言われ、ユァーリカは頷くものの、あまり納得はしていない様子だ。
「ちなみに犠牲になった人々はいざという時に貴族に矛先が向かないように、あえて優遇されていた人々だ。帝国は芯から腐ってる。このままほうっておけばどうなるかは明らかだろう、ユァーリカ?」
「確かにこのままほうってはおけない……」
故郷のシイ村を襲った悲劇はユァーリカにとって大きな悲しみと怒りを湧き起こす記憶だ。それが繰り返されるのを止めたいという気持ちはユァーリカの中に強くある。だが、同時に彼には疑問があった。
(一体どうしたらこんなことを世界から無くせるんだ? そもそも俺には何でこんなことが繰り返されるのかが分からない……)
帝都が、シイ村が破壊され、蹂躙された理由。そして、姉が死ななければなかった理由。ユァーリカには分からないことだらけだ。
「とにかく、一旦休んでからこれからのことを考えましょ。一度帝都に入ったんだったら、ハンスの力でまたここに来られるんでしょ?」
口ごもるユァーリカを見て、助け舟を出したのはルツカだ。
「ああ、《異次元扉》は一度行った場所なら移動出来る」
「なら決まりね。ここに寝泊まりするわけにはいかないし、情報収集も必要でしょ?」
「まあ、帝国内部は混乱が大きくてな。どちらかというと状況が整わないと出方が分からないという感じだが。しかし、待ってくれ。もっと良い場所があるから案内しよう」
ロビンは固有技能、《異次元扉》を使う。すると、目の前に突如として薄桃色の扉が現れた。エメリーがその中に入ると、クロエとヨルク、ルツカの順に続いた。
「ユァーリカ、何にせよ、古いものを壊さないと新しいものは作れないと思うぞ」
ユァーリカが扉をくぐる瞬間、ロビンはそう言う。それにユァーリカが何か反応する前に視界が切り替わった。
「これは……」
ユァーリカの目の前に広がったのは贅を尽くした部屋だ。見るからに高価な家具類に加え、床には豪華な刺繍が施された絨毯がしかれている。
「ここはある貴族の別荘だ。とある理由で今は使われていないから、しばらく様子を見るにはうってつけだろう」
裕福な生活とは縁のないユァーリカやルツカはこんな立派な設備を遊ばせているという話に軽く眩暈を覚えた。
「使われていなくても、誰かがいれば通りかかった人間とかには分かるんじゃないか?」
ヨルクがそう問うと、ロビンよりも早くクロエが彼の疑問に答えた。
「ここは密談用の別荘だ。周りから様子が分からないような場所にある。加えて、隠し通路が色んな場所につながっている。そうだな、ロビン?」
「そうだ。その辺の事情は百年経っても変わっていない。ついでに言うと、今はオレの固有技能で近づけないようにしているから、万全だ」
「近づけないようにしている?」
何のことか分からないという顔をしているユァーリカにエメリーは少し苛立った顔をした。
「ロビンは幻覚を見せている。あなたも同じ力を渡されたんだから分かるはず」
「《夢幻泡影》でここに近づいた人間に幻覚を見せるのか」
ユァーリカがそう呟くと、エメリーはそっぽを向き、ロビンは頷いた。
「まあまあ。ユァーリカに力を渡してから間がないんだ。それにキミ程オレのことを理解している人なんているわけがないだろ?」
ロビンがそう言うとエメリーは若干機嫌を直したが、ユァーリカとは視線を合わせようとはしなかった。
「まあ、そう言うわけで安心だろ? 最もこんな非常時にこんな場所をつかう余裕は皇帝にさえないと思うが」
ちなみに、《夢幻泡影》とは、他者の心にイメージを送り込む力である。送り込むイメージは自分の望むものでも、目の前の光景でも何でも構わない。簡単に言えば、相手に幻術をかける固有技能である。
「ここに来てもらったのは帝国が今、何を考えているのかを知ってもらうためだ。午後からは会議がある。オレも出席することになってるから、《夢幻泡影》でその様子をこの部屋に映し出す。よかったら見てみてくれ」
そう言うとロビンは屋敷を去り、程なく帝国の会議の様子が部屋に映し出された。
読んで頂きありがとうございました! 次話は十二時に投稿します!




