第百五話 帝都潜入
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ムサシについた後、半狂乱になるエメリーをエルとルツカが押さえながら、ロビンの治療が行われた。やはり傷口はなかなか塞がらなかったが、原因は傷口に入ったエフレイアス・オルタナのマナにあるとユァーリカが見抜いたおかげで出血は間もなく止まった。
血が止まったとはいえ、本来なら安静にしておくべきなのだが、勇者がいつまでもムサシにいるわけにはいかない。ロビンは《異心伝信》をユァーリカに渡した後、空間転移系の固有技能、《異次元扉》を使ってエメリーと共に自室まで戻ったのだ。
(まあ、どうやらその後ベッドの上で気を失ったらしいな)
ようやく見慣れた自室の天井を見ながらそう思っていると、室内にいたらしいエメリーが足早にロビンに駆け寄った。
「大丈夫?」
そう言うエメリーの顔は普段より近い。心配をかけているのだろうと思い、ロビンは起き上がろうとしたが、体に力が入らない。結局、ロビンには笑顔を作ることくらいしか出来なかった。
「大丈夫だ。随分寝たからな」
「嘘!」
エメリーはその整った眉をつり上げて怒った。
「私に嘘はつかないでって言ったのに!」
「ご、ごめん。だが、全部嘘ってわけじゃない。少なくとも大分楽にはなっている」
そう言いながら、ロビンは傷口をそっと触った。丁寧に手当てされている。ロビンはそれをエメリーがしてくれたのかもしれないと考えながら、周りを見回した。日差しの強さから見て、今は昼過ぎだろうか。
「オレはどれくらい寝ていたんだ?」
「三日」
「……そんなにか」
ロビンは唸った。元々体力に自信がある方ではないが、そこまで寝込んでいたとは思わなかったのだ。
「済まない。心配をかけたな」
「ロビンの嘘つき! 無事で帰るって言ったのに」
「いや、その──」
エメリーをなだめようと言葉を探すロビン。だが、目の前にいるエメリーが目に涙を貯めて嗚咽し始めるのを見て、ロビンの全身に雷が走った。
(俺は一体何をしてしまったんだ!?)
自分が犯した罪を理解できないままにロビンがオロオロしていると、急にエメリーの姿が消えた。
(!!!)
何が起こったのかをロビンが理解する前に、柔らかな感触を感じる。確認するまでもなく、エメリーがロビンの腕の中に飛び込んでいた。
「私、怖かった。あなたがいなくなってしまうかと思って怖かった」
「……」
「自由じゃなくてもいい。誰も私の名前を呼んでくれなくてもいい。一生エルの代わりでもいいの!」
「バカな、何を!」
ロビンがエルの言葉に激昂する。が──
「あなたさえ傍にいてくれたら、もう何もいらないの! 私は、私は、……あなたを愛してる!」
ロビンの心にあったはずの怒りはエメリーの言葉に跡形もなく消し飛ばされた。
「……」
生まれて初めて激情を解き放ち、肩で息をするエメリーを見て、ロビンは言い知れぬ思いを抱いていた。それは言葉に出来ない想い。物語を描こうとするロビンにとってそれは有り得ないばかりか、本来許容出来ないはずのものだが……
(これは……何だ?)
言葉に出来ない想い。いや、言葉に出来ないどころか、感じたことさえ出来ない。感情? 情動? あるいは衝動か。それとも……
(俺は一体何をしたら……)
何の解答も見出せないロビンの思考とは裏腹に、彼の体は素直に、そして正直で正しい行動を取った。
「っ!」
ロビンの腕が華奢なエメリーの体を強く抱きしめる。エメリーはほんの一瞬、その強さに身を固くするが、すぐにその身をロビンに委ねた。
「これが……愛という感情なんだろうな」
「疑問形?」
「や、未経験なもんで」
「それは私も同じ」
「そうか……」
頼りない言葉とは裏腹に、ロビンはエメリーを離さず自分の隣に横たえた。
「キミには敵わないな」
「それはロビンにとっていいこと?」
一点の曇りもない目でエメリーがロビンにそう問う。それに対する答えは考えるまでもなかった。
「勿論だよ、エメリー」
ロビンはベッドに横わったエメリーの髪を指で梳く。
「綺麗な髪だ」
「それはもうロビンのもの」
感じたことのない衝動に動かされ、ロビンがそっとエメリーの頬に触れると甘い吐息が彼女からこぼれた。
「綺麗な瞳だ……」
「それもロビンのもの」
本能のままに、愛しい人の存在を確認するように。ロビンはエメリーに触れた。
「オレはロリコンかな」
「………それはロビンにとって──」
エメリーの耳元でロビンがそう呟く。その声色にほんの僅かな不安が生じたエメリーは何かを言おうとするが、それはロビンの唇によって塞がれた。
「オレはロリコンでも何でも良い。キミが傍にいてくればそれで」
「ロビン……」
エメリーは瞳を潤ませてロビンを見つめた。
※※
「寂しそうね、エル」
ロビンがエメリーと帰った後、ルツカはエルにそう声をかけた。
「今回はせっかく会えたのに話せなかったけど、またすぐに話せるよ」
ルツカはそう言ってエルを慰める。しかし、そんなルツカの優しい言葉にエルは首を振った。
「エメリーは私のことを見てなかった。多分、次も同じ」
「え? 話してたじゃん」
そうは言いながらも、ルツカはエルの言葉に心中で“確かに”と頷く。ロビンがユァーリカ達と行った後はエルの元へ来たとはいえ、ルツカの目にもエメリーは久しぶりに会った妹よりもロビンの方を気にかけていたように見えたのだ。
「前はエメリーのことなら何でも分かった。でも、今は分からない」
「一緒に寝てないから……って訳じゃなく?」
エルは小さく頷いた。エルとエメリーは小さい頃から常に体験を共有してきた。それはつまり、お互いに相手のことをまるで自分のことのように知っていたということだ。そんな境遇にいたエルは、エメリーのことが全く分からないという状況に不安を覚えているのだ。
「今までも不安だったけど、それは離れ離れだったから仕方ないし、無事なのは分かっていたから。でも……」
「会って話しても分からなかったから不安になったってことか」
エルは泣きそうな顔で頷く。ルツカはエルを優しく抱いた。
「大丈夫。エメリーもエルのこと、大切に思ってるよ」
「そうかな……」
「うん。大丈夫」
そう言いながら、ルツカはそっとエルの頭を撫でた。
(多分、エメリーはロビンのことが好きなんだ)
お互いのことしか見ていなかったはずの姉妹、どんな感情も共有してきた二人なのに、エメリーは今、自分だけの思いを持とうとしている。エルは直感的にそれを感じているのだろう。
(だけど、人を好きになったからといって、家族を大切に思う気持ちを失う訳じゃない)
確かにそうかも知れない。が、ルツカは後にエルに言ったこの言葉を後悔することになる。
※※
開いたままの門から周りをうかがい、人気がないことを確認してからヨルクは皆に入ってくるように指示する。ここら広い帝都にも八つしかない門の一つだ。普段は帝都から出入りする人間を確認する兵士がいるはずだが、今は誰も居ない。
「案外あっさりいけたな」
エフレイアスとの戦いの後、ユァーリカ、ルツカ、クロエ、ヨルクはロビンの協力で帝都ネブカドネザルに潜入していた。ちなみにティーゼとエルは不測の事態について対応するためにムサシ内に待機している。
「油断は禁物だけど、確かにヨルクの言うとおりだな。ロビンの仕切りがいいのか?」
帝都の入り口にある大きな門には手形を確認するための兵士さえいないのを見て、クロエもそう言った。
尚、エフレイアス・オルタナとの戦いでロビンがユァーリカを庇ったことと、その後、約束通りに自分の固有技能、《オデッセイ》をユァーリカにコピーさせるためにムサシを訪れたことでムサシの仲間はロビンを多少は信用するようになっていた。
もっとも、ユァーリカが固有技能をコピーするためには攻撃を食らうか、相手を倒す必要があるので《オデッセイ》のコピーは出来ない。したがって、ロビンは《オデッセイ》で使えるようになった固有技能をユァーリカにコピーさせていた。
「ロビンの仕切りというより、単に余裕がないだけかもしれませんけど」
そう言うと、ルツカは人のいた形跡のない詰め所を指さした。いくらロビンに権力があっても門に詰める兵士をゼロにすることは不可能だろうと考えたのだ。
「確かに。まあ、その辺りはロビンに聞こう。使えるもんは使うのが俺のポリシーだ」
一度はそんな会話をしながらも、警戒して門を抜け、帝都に入った。目指すのは、ロビンとの集合場所になっている商館だ。
だが、帝都に一歩足を踏み入れた瞬間、皆の足は止まった。どこに監視の目があるか分からない以上、長居は無用だと誰もが理解しているにも関わらず、だ。
「これは一体……」
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