◆143・明日じゃダメですか?
副隊長さんに私たちが見えている原因は、恐らく、この所持スキルの影響なのだろう。それ以外に考えられないし……。
今更、もう一度寝てもらう訳にもいかず、とりあえずの無言状態を続けるも、それも長くはもたないことは明白である。
「で? アルベルトの知り合いか?」
「…………はい」
――アルベルト兄さん、観念するの早ぁ~い!
まぁ、ガッツリ目が合っちゃった時から、こうなる気配はしてたよね。
アルベルト兄さん、普通に私たちと話してたし。
どうしたもんかと思っていれば、ナツメさんたちが副隊長さんに絡み始めた。
「珍しいスキル持ちだにゃ」
「……は?」
「常に見えている訳ではなさそうね」
「にゃ? この眼帯は何のために付けているのだ?」
「あら、この眼帯、魔法陣があるわよ」
「ふむ、スキル隠蔽用か?」
「なっ……、待てっ! 何故、分かる!」
「にゃ?」
「それってスキルの話? 魔法陣の話?」
「どっちもだ! 大体、何で猫が喋って……いや、どう見ても普通の猫じゃねぇな。お前ら、一体何なんだ」
「ほう、吾輩たちが普通の猫でにゃいことに気付くか……」
「中々やるわね!」
――いや、どう見ても普通の猫じゃないでしょうよ。
ほら、副隊長さんも戸惑っちゃってるよ?
アオくんや小雪ちゃんはともかく、ナツメさんとクロは、そもそもサイズが『普通の猫』じゃないんだよ。しかも、今は獣人型だから、二足歩行してるし。
そんなドヤ顔で『よく気付いたな!』みたいなこと言われてもね……。
クロも『中々やるわね!』じゃないよ、一目瞭然だよ。
「にゃふふん! いいか、よく聞け! 吾輩はケット・シー族。妖精にゃのである!」
「……よう……せい……」
うんうん、まぁ、『妖精!』って感じではないからね。
脳内への読み込みに時間かかるよねー。ワカル、ワカル。
――こっち見んなし!
「副隊長」
「何だ、アルベルト」
「実は……」
私を視界に収めたままの副隊長さんに気付かないフリをしていると、アルベルト兄さんが、副隊長さんに何かを報告し始めた。
凄く小さな声で話しているから、何を言っているかは分からないけれど、このまま私のことは見なかったことにしてくれてもいいんですよ? うんうん。
腕の中でウトウトし始めたレイを撫でながら、そんなことを思っていたけれど、アルベルト兄さんと話し終わった副隊長さんは、ガッツリ私を見ていた。
――ですよね~。
「えっと……」
「とりあえず……、俺はヴィンセント・ファビーノだ。ヴィンスでも、ヴィニーでも、好きに呼んでくれ」
あれ? それだけ? アルベルト兄さんが、上手く説明してくれたかな?
そういうことなら、こちらも自己紹介をしておこう。
「リリアンヌで……」
「吾輩はニャツメだぞ!」
「私はクロよ」
「わたち! わたちは小雪にゃの!」
「俺はアオだにゃにゃ!」
「お、おう……」
自己紹介の途中で、割り込むように名乗り始めたナツメさんと、それに続く猫妖精たち。ポッケの中から、スライム二匹も顔を覗かせている。
ナツメさんは、今回も正しい自己紹介はできなかったけれど、アルベルト兄さんが副隊長さんに何かを耳打ちしているので、きっと正しく伝わったはずである。……多分。
「いろいろ聞きたいことはあるんだが、ここでゆっくりしている訳にもいかない。敵と仲間の確認に行くってんなら、俺も行く。ギドとリビオは、本当に大丈夫なんだよな?」
「傷は塞がっているようです」
「すぐには動けないと思いますが、命に別状はないと思います」
「そうか……」
そんなこんなで、駐屯地内の探索メンバーに、副隊長さんも加わることになった。副隊長さんは、右目に眼帯を着けていて、何だかワイルドな雰囲気の人だ。
どうやら、真眼のスキルは右目に宿っていて、それを隠すために眼帯をしているらしい。スキルの使用には魔力が必要らしく、常に何でも見えるという訳ではないようだ。……とナツメさんたちが言っていた。
ちなみに眼帯をしていても、普通に見えているらしい。そういう特殊な加工がされた魔法の布で作られた眼帯だそうな。とても興味深い……けれど、今は置いておくとしよう。
そんな副隊長さんには『好きに呼んでくれ』と言われたので、『副隊長さん』と呼ぶことにした。話している間に、提示された呼称の候補をド忘れしてしまったからではない。決して!
レイとアルベルト兄さん、ナツメさんとクロ、そして副隊長さんと一緒に外に出る。まずは、私が敵を眠らせて放置してきた場所へと向かう。
戻った場所の様子は、先ほどと変わっていないように見えた。私たち以外は、まだ誰もここには来ていないと思われる。
早速、アルベルト兄さんと副隊長さんに、眠っている人たちの確認をしてもらう。
「こいつは……」
「やはり、第二部隊の者ですね……」
「ああ、それと……、こいつは敵だ」
「……本当にポールの班の者も、全員、敵だったのですか?」
「ああ、しかも、ギドを斬ったのはコイツらしい」
「――っ! 分かりました。リリィ、コイツも拘束してくれるか?」
「ガッテンであります!」
「え、ガッテ……?」
「というか、これ、本当にこの嬢ちゃんがやったのか?」
「副隊長、その辺は深く考えないでください」
「そうは言ってもな……」
どうやら、味方の騎士さんだと思っていた中に敵がいたようだ。話を聞けば、元は第五部隊の仲間だったようだけど、襲ってきた敵と通じていたのだとか。
しかも、襲ってきたのは同じ聖騎士団の第二部隊の人たちらしい。複雑ぅ~。
第五部隊って、聖騎士団の中でもあんまり良い扱いはされていなかったみたいだけど、襲われるくらいなの? ああ、でも、この人たち、聖騎士さんたちを拉致しようとしてたんだよね? 拉致してどうするつもりだったんだろうか?
アルベルト兄さんや副隊長さんにも、敵の目的はよく分からないようだ。
しかし、敵を見る二人の目がスナイパーの目になっているので、目覚めたあとの敵に平和が訪れることはなさそうである。
その後、副隊長さんに敵だと判断された人は拘束。
味方かどうか分からない人たちも、一応、拘束しておくことになった。
敵か味方かは、副隊長さんのスキルで判別できるらしいのだけど、相手が眠っていたり、意識がなかったりすると、判別できないらしい。なので、この人たちが目覚めたあとに、スキルで確認するようだ。
今回は内部に裏切り者が出たということで、確認は必須だろう。
馬車周りにいた人たちの確認を終えれば、次は騎士寮へと向かう。
ここにはいなかった人たちも、寮の方にいるかもしれないという話だ。
そうして向かった騎士寮では、表にいた数名の敵を撃破して拘束。
外から寮の様子を窺えば、どこもかしこも閉め切られているように見えた。
アルベルト兄さんたちの話では、寮内に靄が発生していたらしいし、その靄を逃がさないために、窓や扉が閉められたのだろう。敵が口布を着けていたのは、睡眠効果のある靄を吸い込まないためのようである。
ナツメさんたちの話によれば、敵が着けている口布には、睡眠効果を遮断するための刺繍がされているとのことだ。異世界版の毒マスクみたいなものなのだろう。
寮の中には、まだ睡眠効果のある靄が残っている可能性が高い。
ということで、寮の換気を行なうとしよう。
まずは、みんなが入れる結界を作り、寮内から漏れ出るであろう靄を吸い込まないようにしておく。
準備ができたら、寮の窓や扉が一斉に開かれるイメージを込め込めし、両手を広げて呪文を唱える。
「〈開け、ゴマッ!〉」
――《バタバタバタバタッ! ……メシシッ、ガコッ、バタバタ、バターン!》
よしよし。何か途中で、ちょっと変な音が聞こえた気がしないでもないけれど、窓や扉が上手く開いたようである。
「なっ……」
「何だか、無理矢理開けたみたいな音したね」
――シッ! レイちゃん、それは言うてはならんのだ!
寮内に風の通り道を作ったあとは、風魔法で寮内をくまなく換気だ。
室内の物が飛ばないように、ゆる~く、ゆる~く、風を通していく。
これだけバタバタと音を立てていても、それ以外の音や声が聞こえないということは、この辺りに動ける敵はいないのだろう。
換気が終われば、いよいよ寮内の確認だ。
「フラヴィオッ! ……サンテ、――隊長っ!」
副隊長さんが見つけた聖騎士さんは三名。内、二名が重傷のようである。
私は怪我をしている人の治療をすることにした。
その間に、クロとアルベルト兄さん、副隊長さんが寮内の確認へと向かっていった。ナツメさんは私の横で待k……、うん、待機である。
亜空間から、何だか香ばしい匂いがするものを取り出しているが、問題なかろう。
結果、寮内にいたのは合計で十一名。
最初に見つけた重傷者二名以外は、軽傷者が数名。
あとは、魔道具の影響で眠っているだけのようだった。
十一名の内、三名が敵と通じていた裏切者。
この三名は眠ってるだけのようで、無傷だけれど、他の聖騎士さんたちと一緒に眠らされていたことで、敵側にも裏切られていたのではないかと思われた。
馬車の方で見付かった裏切り者二名も同じだろう。
まぁ、それでも、敵と通じていたことは覆らないし、寮内に襲撃者がアッサリ侵入できたことは、彼らの手引きであろうとのことである。
敵の処分云々に関しては、私が関知するところではないので、全てお任せだ。
その後、駐屯地内を確認して回り、結果的に捕縛した敵は全部で十六名。
全て、聖騎士団第二部隊の者で、第二部隊の隊長もいたようだ。
あとは、第五部隊からの裏切者が五名。裏切者五名も、捕縛した敵と共に拘束。
襲われた第五部隊の人たちにの中には、重傷者もいたけれど、死者はいなかった。重傷だった人たちは、全て治療済みで、命に別状はない。
地下の隠し部屋で眠っていた人たちも地上へと運び出され、魔道具で眠らされていた人たちと共に、寮内の広間で就寝中だ。みんな、その内に目を覚ますだろうとのことで、ひとまずの一件落着である。
――よし、帰ろう。
「おい、ちょっと待て?」
「……………………」
シレッと帰ろうとした私を目ざとく見つけ、呼び止めたのは、副隊長さんだ。
分かってる、分かってるよ~。
でも眠いんだ、帰らせてくれぇぇぇ~!
ジタバタと駄々っ子モーションによる抵抗を試みるも、敢え無く、私、リリたんは、親猫に運ばれる仔猫の如く、副隊長室へと連行されたのであった――。




