◇138・仲間の目覚め/side:ルーファス
「んっ……」
「……………」
リリィと一緒に連れ出した傀儡人形部隊五人の内の一人、ロメオが目を覚ましそうだ。ロメオは隊の中でも最年長で、一番最初に話をするのに丁度いい相手かもしれない。
強制隷属魔法にかけられている間、会話内容に制限があったとは言え、待機部屋で仲間と少し話すくらいはできた。とは言っても、逃げられない現実に打ちのめされた人間同士が楽しく会話をするなんてことはなく、誰かの死を報告し、または報告され、お互い『そうか』と頷くだけのことがほとんどだった。
だけど、今日からは違う。
まだ強制隷属させられている仲間も残っているけど、それはもう『逃げられない現実』ではなくなった。
「…………ルー……ファス?」
「うん」
「…………! お前、死んだって……」
「生きてるよ」
「…………俺が死んだんじゃなくて?」
「ロメオも生きてるよ」
目を覚まし、俺の顔を視界に入れたロメオは飛び起き、死者を見た時のような顔で俺を見ながら、そんなことを言った。
「ここは? あれ? みんなもいる?」
「全員って訳じゃないけど、あの時、部屋にいたみんなは連れてきた」
「……えっと? 何で……」
「順番に話す。まず、ここは待機小屋から少し離れた場所にある簡易小屋。待機小屋に監視者は一人しかいなかったけど、ソイツは処分済み」
そう、監視者は処分済みだ。
リリィには騎士か衛兵にでも突き出すと言ったけど、元々処分するつもりで連れ出したのだ。きっと、あの場にいたリリィとアルベルト以外はそれを分かっていただろう。
奴らは持っている情報が少ない上に、今の時点で突き出せば、逆にこちらの情報が漏れる可能性が高い。元々、自分の意思でデルゴリアの下に付き、監視者の立場を利用して孤児たちを甚振る趣味がある奴らばかりだ。生かしておくより、さっさと処分するに限る。
「――処分済みっ!? え、どうやって……。てか、そんなことしたら!」
「大丈夫」
「大丈夫って何が! どうやったかは知らないけど、バレたらタダじゃ済まないぞ! そもそも、お前が生きてることも、バレたら何されるか! 死んだ思ってたんだ。そのままどこかに逃げれば……いや、それができないから戻ってきたのか……? ん? あれ……?」
「落ち着いて。俺もロメオも、それにここにるヤツらも、みんな強制隷属魔法は解けてる」
「………………は?」
「ああ、そう言えばジルたちも無事だよ」
「…………何……言って……」
いきなり『強制隷属魔法は解けてる』と言われても、すぐに呑み込めない気持ちは分かる。俺もそうだったから……。
「ロメオ、『デルゴリア』って言ってみて』
「……は? だって………………」
「言ってみて」
「……デル……ゴリア……。――っ! 言える? 何で……、デルゴリアッ!」
強制隷属魔法がかけられた時、俺たちから名前が漏れないようにするためだろう、俺たちはデルゴリアや、関係する奴らの名前を口にすることを封じられていた。それが言えるようになっていることに驚くロメオの顔が新鮮だ。強制隷属させられていたみんなは、俺も含めて『表情』なんて無くなっていたのだから。
「頭の中を握られているような感覚も消えてると思うけど……」
「――っ! ホントだっ! ホントに? ホントに魔法が解けた?」
「うん」
「何で! ルーファス? ルーファスがやったのか?」
「魔法を解いたのは俺じゃない。俺たちを救けてくれる人がいるんだ。まだここにいない奴らの強制隷属魔法も解いてくれることになってる」
「そんな人いるのか……? 一体誰が? どこにいる?」
「ここにはいない」
「いつ会える?」
「それは分からない」
「なら、分かったら教えてくれ!」
「うん……」
悪いけど、ロメオにも他のみんなにも、リリィに会わせるつもりはない。
リリィのことを知る人は少ない方がいい。
リリィのことを聞きたがるロメオを宥めすかしながら、残りの仲間たちのことを聞く。俺やジルたちが死んだと思われ、『補充する予定』だと漏れ聞いたらしいけど、まだ新たに傀儡人形に配属された奴はいないらしい。だから、強制隷属させられている残りは、俺も知っている十人。
特殊な任務でもない限り、夜明け前までには待機小屋に戻るのが常だ。
監視者は常に付いてくる訳でもない。
近場の任務なら、以前の俺のように一人で動くこともある。
だったら、待機小屋の近くで待ち伏せして連れてくるか?
ロメオたちにも手伝ってもらえば、難しいことでもないだろう。
既に部屋に戻ってしまっている奴がいるなら、俺が気配遮断のスキルを使って、こっそり連れだしてくればいい。
ロメオにも『協力してほしい』と言いかけたところで、傍で寝ていた二人も目を覚ましようだ。起きたネドとルイジも、ロメオと似たような反応で、俺の顔を驚いた顔で見たあと、『生きていたのか』と詰め寄ってきた。その声を聞きつけてか、隣の部屋で眠っていたリザとラウラもこちらにやって来て、二人もまたロメオたちと似たような反応をした。
みんな、俺と、それからロンダンで見つけたジル、ジュゼ、ヤニック、エリオは、死んだと聞かされていたらしい。
ジルたちも無事であることを伝え、みんなにかけられていた強制隷属魔法が解けたことを話す。
それを聞いて『信じられない』『何を言ってるんだ』という反応をしながら、それが本当だと気付けば、みんな大騒ぎだ。泣いて喜びながらも、『本当に現実か』『これは夢なのか』と呟いている。
みんなが少し落ち着き始めたところで、残りの十人の仲間をここに連れてくる協力をしてほしいことも話した。
「もちろん! アイツらも助けるぞ!」
「任せろ!」
「ボクもやる!」
「ア、アタシもやるわ!」
「私も」
「なぁ、ソイツらにかけられた魔法も解いてもらえるんだよな?」
「うん」
「だったら! その時に、俺たちを助けてくれたって人に会えるよな!」
多分、リリィは姿を見られないように魔法をかけてくるだろうけど、一応、リリィを呼ぶ前に、みんなには寝ててもらうことにしよう。
一通りの話し合いをしたあと、まずは腹ごしらえをしようと、リリィが置いていってくれたシチューを魔法で温め直す。
「ルー、魔法なんて使えた?」
「最近使えるようになった」
「そうなの? 凄いね! ねぇ、アタシにも教えてくれない?」
「俺も覚えたばかりだし、大した魔法は使えないんだけど……」
「簡単なのでもいいの!」
「ボ、ボクも! ボクにも魔法、教えて、ルー兄!」
「ちょっと、ネド! 横入りしないでよ!」
「いいだろ、別に! リザは何でも一人占めしようとする癖、直せよな!」
「なっ……、そっ、そんなことしてないでしょ!」
「してるしっ!」
「おい、リザ、ネド、ケンカすんな」
「「ルイジは黙ってて!」」
「この子たちがケンカするところなんて、何年ぶりに見たのかしら……」
「ラウラ……」
「ロメオも、みんながこんなにお話するところ、久しぶりに見たでしょ?」
「……そうだな」
「ロメオ、泣くなら、これ食べてからにして」
「泣いてねぇよ!」
「そう? でも、これ食べたら、泣くだろうけど……」
「は? どういう意味だ?」
「さぁ……」
案の定、リリィの料理を食べたロメオは泣いた。
ルイジとラウラも泣いていたけど、ネドとリザは驚き過ぎて固まったらしい。
そもそも『温かい料理』なんてものに縁遠い俺たちだ。
堅いパンに、野菜のクズが入っているかいないかの冷たく味のしないスープ。
肉は魔獣を狩れば食べられるけど、俺たちが食べていい肉はネズミかカエル、あとはヘビだけだった。それもそんなにたくさんは獲れなかったから、干し肉にして分け合い、何日、何十日かけて、少しずつ食べる。
だけど……。
これからは獲った魔獣は、自分たちで好きなだけ食べられるし、何を食べるのも自由だ。残りの仲間たちにも、早く自由に食べさせてやりたい。
そんなことを思いながらロメオたちの方を見ると、ロメオたちも俺の方を見ていた。きっと同じようなことを考えていたのだろう。顔を見合わせた俺たちは、目配せし合いながら頷いた。
自由に動けるようになって、いろんなことができるはずなのに、『食べること』ばかり考えているのは、あの食いしん坊な猫の妖精たちのようで、少し可笑しい。
でも、リリィも『美味しいものは心の栄養。食に妥協してはいけないのだ!』って言ってたし……。
夜明け前までには、きっと全員を助けだす。
そうしたら、みんなで美味いものを食べよう――。
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「傀儡人形の反応が消えた?」
「はい、かけていた魔法の反応が五つ同時に消えました」
「五つ同時?」
「はい、恐らく五体同時に死亡したのかと……」
「魔法が解かれたのではないのだな?」
「ええ、以前にも申し上げましたが、それはあり得ません。一体分だけならば可能性がない訳ではありませんが、それができる者も、この世に数人いるかいないか……。たとえアーティファクトを使ったとしても、他人がかけた魔法を五体同時に解除するなど不可能です」
「~~~っ…………。例の計画に必要な魔石はもう用意できたのか?」
「八割……といったところです」
「ならば、そちらを優先して進めろ。人形の補充など、あとでいくらでもすればいい。ったく、あと少しで計画が成るというのに、大公めっ……、ロンダンの皇子の相手をこの私にさせようとは。マッテオがロンダンにいたことは私とは無関係、むしろ我が国の大司祭がロンダンで死んだ責を、ロンダンに取らせるという話ではなかったのか!」
まぁ、いい。魔法も碌に使えぬ大陸の皇子だ。
魔石をいくつか融通してやれば、尻尾を振って喜ぶだろう。
もしもの時は、全員を魔石にしてやればいい。
来た者全員が跡形もなく姿を消せば、捜しようもないからなっ! ふははっ!




